第一章5: 魔女の勧誘
数分と経たずに俺を取り囲んでいた狼たちは一掃されしまった。
その体の一片を残らずに灰にされており、その終わりに殺されそうになったにも関わらず同乗してしてまった程だ。
だが、俺に狼さんを憐れんでいる暇はない。
静寂を取り戻した森でおそらく、あの凶悪な魔獣を一瞬で燃やし尽くしたであろう美人がゆっくりと俺の目の前に着地してきたのだ。
俺の着ている学生服も大概だが、この女性もかなり森の中には場違いだ。
「えーと。とりあえず、ありがとう?」
とりあえず、助けてもらったのは確かなようなので俺が礼を述べると、彼女は首を横に振って否定した。
「いや、感謝されるようなことではない。私は頼まれてこの場所に来たに過ぎないのだから」
「頼まれて?」
「ああ、昨日フードを被った人物から、このアーリーの大森林にて魔獣に襲われる人間がいるから助けて欲しいと伝えられてな。もちろん信じていなかったし、この広大な森でどうやって見つけろと思ったのだが……どうも気になってね。こうして出向いてみれば派手に騒いでいる君を見つけたという訳だ」
新たに現れたその人物に対して警戒していたのだが、その心配は杞憂のようだった。
どうやら、この目の前の美人さんが俺を助けてくれる救世主らしい。しかも話を聞く限り、頑張って逃げていた甲斐があった様子。
問題はその、いかにも怪しげな黒フードとは誰なのかだが。
〈推察ですが、その人物こそがエイグリット様が遣わしてくれた人間なのでしょう〉
俺のふとした疑問にライラさんが答えてくれる。
エイグリットも大概回りくどい真似をするものだ。事前に伝えていたら俺も楽な面持ちで追いかけられたというのに。ロリっ娘扱いに対する意趣返しのつもりか?
「しかし、あの黒ローブを逃がしてしまったのは残念だ。尋問という形で合法的に色々出来る相手だったのだが……まるで私の事を完全に把握しているかのような用意周到ぶりだったな」
……黒ローブの誰かは分からんが強く生きてくれ。
というかボソッと呟いたことが、凶悪だなこの人。
まさか、最初にエンカウントしてはいけない類の人間だった……?
「さて、少年、私はあくまで魔獣に襲われる人間が居るとしか聞いていない。君はここで何を?この大森林は基本的に魔獣が集う危険な場所の筈だが」
俺の背筋に寒気を立ち昇らせた彼女だが、表情を切り替えると当然の疑問をぶつけて来た。
「あの、黒ローブの関係者には間違いはないのだろう?」
「あーえーと……」
これ、どうすれば良いんだ?
異世界から来ました!イエイ!という感じで言っても素直に信じられない可能性の方が高い。
出来れば第一(魔獣とかよりも強い、美人の)村人に不審がられるのは良くないのだが。
〈ご主人様はまだこの世界の知識が著しく欠けています。勿論、足りない知識はこちらで補いますが会話時に不備が出て相手に不信感を抱かせるよりは全く知らない状態で認識してもらった方が良いでしょう〉
と、ここでライラさんからの後押し。
やはり全てを包み隠さず話すよりは、全てを知らないと思ってもらった方が良いだろう。
「いや、気づいたらこの森の中に居たんだ。そして、あいつらに襲われて―――」
噓は一切言っていない。
ただその前に別の世界で刺されてエイグリットというこの世界の創造主に異世界転生してもらって、森の中に放り出されたという壮大なストーリーが備えられているだけだ。
「転移魔法で飛ばされたのか。少年、出身地は?」
「あー……自分でも分からないくらいの田舎だよ」
正確には田舎どころか別世界だが、それを言ったら話がさらにややこしくなる。
「他国の人間か?確かに見慣れない服装をしている――では、名前の方は?」
「えーと、創仕だ」
「ソウシ……それも聞かない響きだな」
どうやらこの世界では俺のような日本人らしい名前は珍しいようだ。
こう考えると異世界において亜斗夢とか月とかのキラキラネームはあまり違和感なくて大いに役に立ちそうである。
違和感ないからと言っても本人の心情は別問題だ。
そのまま、しばらく考え込んでいた彼女だが。
「怪しさ満点だが……邪気の類は特に感じない。それに、いざとなれば対処は容易だろうしな。大方、魔人の戯れに巻き込まれたところだろう」
一応、あの狼を全滅させた存在だけあって内心ひやひやしていたのだが、どうやら信用されることには成功したようだ。
決め手はどちらかと言うと俺に襲われても大丈夫という力の優劣が分かったからっぽいけど。
明らかに強者の類であろう人間と比べないで欲しいのだが。俺は善良な元異世界人だからね。
しかし、魔獣だけでもうお腹一杯なのに、魔人とかいう超絶強そうな存在を示唆しないでくれ。
もしかしなくても、この世界かなり物騒なのか?
「しかし、このタイミングで……なるほどあの黒ローブはここまで想定してこの少年を保護させたのか」
俺がついに分かり切った結論を出そうとした時、美人さんはそう呟くと顔からつま先までを舐めまわすようにゆっくりと観察してきた。
しかも、なんだか目の色が怪しい光を帯び始めたような……。
「顔は良し。性格はおそらく問題ない。それでいて、私の自由にして良い人間――」
なんか不穏なことを呟いてないか?明らかに嫌な予感しかしない。
メイドさんではないとはいえ美人が笑っているのに、魅力どころか恐怖の方を感じるのも、それを裏付けている。
「では、少年――私の学園に来ないか?」
「ああ、俺はメイドさんと楽しく時にはいやらしく暮らしたいだけで――って、学園?」
身構えていた俺は意外な単語が飛び出てきて思わず目を見開いた。
異世界の学園というと魔法学院とかだろうか?異世界に来てまで勉強の類をするのはどうかと思うが、魔法を使ってメイド服グッズとか再現できるなら案外、良い選択肢かもしれない。
だが、次に告げられた言葉でそんな妄想は吹っ飛ばされる。
「自己紹介がまだだったな、私はシャウラ・クロウリー。この大森林を北上した先にあるメイヘムというメイドや執事を養成する学園の理事長をしている」
色々警戒心を抱いていた俺がこの一文を聞いた時の心情を答えなさい。
はい、これ最高の異世界転生っ!
「ちょうど生徒が欲しくてな。不安はもちろんあるだろが、悪いようにはしないと――」
「はいっ!ありがとうございます!ぜひ付いていきますシャウラさんっ!」
メイドじゃないとタメ口を使っていたが、手首がねじれるくらいの手のひら返しを行う。
ごめんエイグリット。ロリ幼女とかコスプレメイドとか呼んで。その評価は取り消すつもりは一切ないけど今は最大級の感謝を。
よりにもよって俺をメイドの園へと導いてくれるとか……しかも、メイド喫茶とかじゃなくて本場のメイドを育てる場所という至れり尽くせり。
なんだ神か?いや、神だったわ最高かよ。
〈ご主人様。私もおそらく安全だと思いますが、せめてもう少しご考慮を――〉
ライラさんが即断した俺に苦言を呈してくるが、こればっかりは考えるまでもない。
この機会を逃したら絶対に一生引きずる後悔になるだろし、何とかなるだろう。
「……まぁ、やる気があるなら構わないか。では、さっそく向かうとしよう」
俺は今違いなく無敵。堂々としていれば良い。
明らかに悪いようにしようとしているシャウラさんの笑顔には気づかず、有頂天になったまま学園行きが決定したのだった。