第一章4: 他力本願スタート
光で塗りつぶされた視界が晴れると、そこは先ほどとあまり変わり映えしない森の中だった。
「送り出すって言ってたけど、これ本当に別の場所なんですか?」
〈エイグリット様による転移は無事完了しております〉
確かに目の前にあった筈の神殿は消えているが、森の中だと、どうにも実感が沸かない。
「それよりも、ここからどうするか……自由に暮らせって言われてもこの世界のことメイドさんがいるのと、魔法があるくらいしか分からんないし。そこのところエイグリットから何か聞いてませんか?」
〈いえ、エイグリット様は送り出せば後は状況が運んでくれるとしか〉
「随分と投げやりだなぁ……」
〈創造主であるあの御方がそこまで無責任ではない筈ですが〉
なんだ、ライラさんにも何処に送ったのか伝えていないのか。
第一印象で見ればまず確実に肩書通りじゃないと言えるからな、あのロリ神メイド。
いや、ある意味投げやりな方が神様らしいのか?
「まぁ、あんまり考えててもしょうがないか。とりあえずどこかの町へと繰り出したいんでライラさん案内できますか?」
〈では、まず周辺を少し歩き回ってください。この場所が世界におけるどの森か特定すれば何処へでもご主人様を案内することが出来ます〉
流石は万能メイドっぽい雰囲気のあるライラさん。どうやらこの世界において俺は地図要らずという事らしい。
というか、こんな感じでこの世界に放り出されるなら、むしろライラさんのような存在は必須なのでは?なにしろ遭難状態のようなものだし。
ある意味、炎が扱えるようになるとか、時間を止められるとかよりもよっぽど有用な能力かもしれない。
という訳でライラさんという頼もしい味方を伴なって歩き始めようとした矢先、そんな俺の歩みを止めるように静かな森に何かが走り回るような音が響いた。
「……動物?」
確かにここは森の中、野生動物の一匹や二匹居てもおかしくない。
「――って、この音はヤバくないか!?」
小動物くらいなら大きな危険はないかもしれないが、地面を重く踏みしめるような音は明らかに大型動物のもの。
この世界に居るか分からないが、仮にクマにでも出会ってしまったなら肉体のステータスは至って平均的な俺に勝ち目はない。
しかも、足音は段々と大きくなっている。うん、これは間違いなく、こちらに向かってきているな。
「よし、方針転換。とりあえず逃げようそうしよう」
俺はすぐさま回れ右をして、音から逆方向へ全力疾走。
見下してすまん、これから来るであろう転生者諸君。
右腕に封印された漆黒の龍は道を教えてくれないけど、命の危機は救ってくれるもんな。
そんな謝罪をしながらも森の中を走っていたのだが、背後の足音は一向に消える様子はない。
最初は都会育ちの俺が森を走るのに慣れていないだけでいずれは遠ざかると考えていたのだが、右へ折れても左に折れてもその足音が一向に消えないことから流石に理解した。
「なんで追ってくるんだっ!」
〈理由は私にも分かりません。ですが、この雰囲気はまさか……〉
ライラさんが何かを呟いていた気がしたが、それなりに合った距離を確実に詰められているのを感じている俺には返す余裕がない。
これだけ執拗に追ってくるならば、確実に友好的な動物とは言い難いだろう。死因と言い俺はストーカーととことん縁がないらしい。
フェロモンでも発してるのか?それならばメイドさんを引き寄せたいに一票。
そんな事を嘆いてる内にいよいよ視界捉えられる範囲まで追跡者が迫ってきた。
「こうなったら、第二のストーカー野郎の顔を拝んで――」
意気揚々と続けた言葉は驚きによって最後まで続かなかった。
俺を追いかけていた動物の正体はオオカミだった。ここまでは良くないが驚くべきことじゃない。
問題はその体の大きさだった。
狼とは普通、大型犬と同じくらいのサイズのイメージを持っていたがこいつらは違う。
その漆黒の毛に包まれた全身は三~四メートルほどで、大型の熊と引けをとらない太さと大きさを兼ね備えている。口から覗く大きな二本の牙はあらゆるものを切り裂かんとするような鋭利さだ。
明らかにこれは通常の狼ではない。それが集団でこちらへと殺意を剝き出しにして襲ってくるのだからもう大変である。
「あの……絶対、あれ、狼じゃないんですけど……」
〈やはりでしたか――あれは魔獣でございます〉
「魔獣ですか?」
〈はい。この世界の成り立ちから居るとされる、人間に害を成す獣の総称です〉
「あっ、はい。テンプレ説明ありがとうございます」
こんなことで異世界らしさを感じたくは無かった。(異世界での感動の)初めてはエルフ耳メイドだって決めていたのに。
そうか、エイグリットは確かに危険なことはしなくても良いと言った。だが、この世界が普通のメイド好きにとって過酷な環境じゃないとは一言も言っていない。
……やっぱり泣かそう、あの神様。
メイド服着させて、神様メイド化計画で完璧なメイドとして仕上げよう。我とか、のじゃとか二度と言えない体にしてやる!
〈ちなみにあの魔獣の個体名はヴォルガ。常に集団で襲い掛かり、その類稀なる連携を持って自身よりも大型の魔獣を倒すほどの力を秘めています〉
「俺のどこをどう見たら大型の魔獣に見えるんだよっ!」
〈――――ご主人様正面です〉
完全に後ろに意識が行っていた俺に対し、ライラさんが警告を飛ばしてくれた。
正面に目を凝らすとそこには追ってくる個体とは別の狼が居る。どうやらいつの間にか先回りをされていたらしい。
周りを見渡してみても逃げる隙は無い。そもそも、大きなリードがあったからここまで鬼ごっこが成立していただけで、単純な速さ比べでは勝負にもならないだろう。
「ちょっ、まっ――」
そのまま、勢いよく飛び掛かってくる狼。
大好きな飼い主に縋りつく忠犬のようなシチュエーションだが、飼い犬を名乗るにはその牙もその大きさ、そして何よりもご主人様への愛情が絶対的に足りない。
慣れない森の中を走ったせいで疲労と怪我が蓄積した足を緊急停止させて、生存本能のまま体を横に投げ出す。
自分にサムズアップしてやりたいところだが、あくまでこれは一時しのぎ、全員で飛び掛かられたら今日の晩御飯に並べられること確定だ。
「なんか打開策ありませんかね?」
〈……申し訳ございません。私に直接戦う力は与えられていないのです〉
足を止めた俺にじりじりと距離を詰めてくる狼。そんな状況の中、一縷の望みを賭けてライラさんを頼るも申し訳なさそうな声音で返事を返されてしまった
〈ですがエイグリット様がご主人様を見殺しにする筈がございません〉
「絶体絶命に追い詰められている時点で怪しいですけどね」
とはいえ、あの人間らしい創造主がこうも簡単に俺を殺そうとするのはあり得ないと思う。
仮にあれは演技で実は邪悪な神様だったら話は変わるかもしれないが、それはそれで俺を転生させて直ぐに殺すような二度手間を掛ける理由がないだろう。
そして、その考えを証明するかのように俺の後ろから狼の悲鳴が上がった
「燃えてる……」
視線を移すと背後から俺を追って来ていた狼の一匹が突如、炎に包まれて悶え苦しんでいる。
〈これは……魔法の反応です〉
ライラさんがそう報告してくれると視界が一気に明るくなった。
燃えているのは背後の狼だけではない。
俺を取り囲んでいた狼の全てが一斉に炎に身を焼かれて灰になっていく。
しかも不思議な事にその炎は草木へ燃え移ることはない。
「まさか、本当にいるとはね」
その声に頭上へと視線を移すと、スーツのような服装を身に纏った二十歳くらいの女性が空中からこちらを見下ろしていた。