創造主の憂い
ソウシをあらかじめ決められていた地点へと送り届けたことを確認するとエイグリットはその小さい体を地面に降ろした。
いや、その表現は正確ではないかもしれない。
その顔は先ほどまでの快活さを失い青白く染まっており、重い風邪でも引いてしまったように玉のような汗が浮き出ている。この状況を見れば誰もが体の不調により倒れたと感じるであろう変貌ぶりである。
「……全く。神を敬わぬ不敬者め……まぁ、体力は使ったが辺に気を張らなくてよい分、楽だといえるかの」
先ほどのソウシの反応を思いだし、青白い顔に優し気な笑みを浮かべると体を引きずるようにして背後の神殿へと歩み寄る。
そうしてたどり着いた中心部も彼女の変化に呼応するように大きく変わっていた。
中心の大水晶球はその半分以上を黒い靄のようなものに遮られ、回りを取り囲むように配置されている十二個の水晶球もその半分が漆黒に染まっている。黒く染まった水晶球の中には大きな罅が入っているものもあり、先ほどまで神聖な雰囲気を抱えていたこの場所に暗い影を落としている。
「ふう……」
そういった周りの惨状を見つめながらエイグリットは初めて異世界人との会話を振り返る。
彼に説明したことに一切の嘘はない。この世界に異世界人を迎えるのはツチハラ・ソウシが初めてであり、この世界と異世界人との親和性を少年の手で見極めようとしているのは事実だ。
だが、その目的の全てを語った訳ではない。
まぁ、語ったところで理解できることではないか……まさしく運命といって差し支えないものじゃからの。
とはいえ、彼がなぜこの世界初の異世界人なのか。なぜ、今までこの世界が異世界人を受け入れてこなかったのか。その危険性は説明してもよかったかもしれない。
……いや、やめておこう。ただでさえライラという枷を付けざるを得なかったのじゃ。これ以上その可能性にたどり着くような要素は排除すべきじゃな。
そう心の中で区切りをつけると気力を振り絞って、中心にある大きな水晶球へと手を翳す。
すると表面を覆っていた黒い靄が彼女の右手へと寄り集まりその白い肌を黒く染めていく。
まるで、彼女の体を食い尽くさんとするかのように。
その常人にはおぞましい光景を見たエイグリットは恐れるどころかその口元を不敵に吊り上げる。
「生憎とにまたあのメイド狂いに合う予定があっての。まだ大人しくしてもらおうか」
その言葉を最後にエイグリットの体は水晶球の中へと吸い込まれ、森の中は数分前の出来事が嘘のように静寂を取り戻した。