第一章3: 祝!メイドありの異世界転生
異世界転生となると真っ先に思いついたのはPCの「メイドさんの秘密」フォルダは消去して欲しいということだ。
基本、メイドのことなら引かれても問題ないと思ってるが、あれは他人に見せたら不味い。メイドを庇った名誉の戦死の評価が一転、犯罪者扱いされかねない。
その他にもこれからカホちゃんはどうなるのか、俺のメイドグッズはしっかり墓の中に埋めて欲しいなどの懸案事項は尽きないが。
「なんじゃお主、結構冷静じゃな?別に無理せんでも自分の死を嘆くでも、死別した家族や友人を思って泣いても良いのじゃぞ?それくらいの時間は取る」
どうやらこの創造主様は見た目だけではなくその中身もその尊大な名前とはかけ離れているらしい。随分と人間っぽい神様である。
「いや、死んだことはめっちゃショックだけど、だからと言って何か出来る訳でもないしなぁ」
「それはそうじゃが……」
死んでしまった以上、前の世界でのことを気にしたとしても今の俺に出来ることは何もないだろう。
ならば、精々前向きに生きてやるだけだ。
それに夢にまで見た異世界召喚だ。よっぽど特殊な理由が無い限り誰もが憧れる経験してみたシチュエーションである。
「それと変身したってことはメイドさんの概念あるんだろ?それとも俺の記憶の中の衣服を再現したとかいうパターンなのか?」
「まぁ、この世界にもメイドの概念は存在する」
「なら、むしろ大歓迎だ」
何よりも目の前のメイド服が俺を前向きにさせてくれている。
もし、メイドさんが存在しない退屈な世界ならば俺がこの世界にメイド文化を広めるまでだが、既にあるというならば俺は安心してこの世界で第二の人生を過ごせるというものだ。
「そうなると、エイグリットには感謝しなきゃだな。まだ生きてメイド文化を楽しむことが出来る訳だし」
「我は創造主と名乗ったろう!礼節には期待せんから、せめて、様くらいは最低限付けろ!」
「そうは言っても、エイグリットって本業は神様だろ?だったらメイドのコスプレをしてるだけであって真のメイドさんとは程遠いしな」
可愛いのは認めるが。悔しいけど。
「なんじゃそのよく分からん理論は……もう良い、時間も惜しいのでな。それと感謝などしなくても良いぞ。我もお主を戯れで助けた訳ではない、きっちりとこの世界で働いてもらうぞ」
どうやら俺の異世界転生はただエイグリットの善意で行われたものでは無いらしい。
まぁ、転生モノにはお約束の展開か。
「まぁ、助けてもらった以上引き受けるけど、俺に魔王を倒せるとかの特殊な力なんてないぞ?転生者特典とかで超能力貰ってるんならメイドさん次第で考えるけど」
メイドの歴史なら十八世紀ごろの登場から近代のメイド文化へと至るまで事細かに語れるが、生憎と特殊な力とは前の人生では無関係だ。
先ほどエイグリットが実演していたように、この世界には当然の如く魔法という超常現象が存在しているようだし至極一般的な高校生である俺にはまず太刀打ちできないだろう。
それこそ、転生モノの醍醐味であるチート能力でもあれば別だが。
「なに、そんな力が必要になるような物騒なことを頼んだりせん……端的に言えばお主には実験体になってほしいのじゃ」
「……いや、大分物騒な単語が出て来たぞ?」
暗に異世界転生チート無双の線が消されたが、それが気にならないくらい俺の今後の人生が怪しそうなことを言い放たれた。
あれ、実はバッドエンドルート入ってる?ヤンデレメイド監禁エンドぐらいなら許すけど。
「話は最後まで聞けい。まず、お主を我の元へ直接、連れて来た話をしよう。端的に言うとお主はこの世界、初の異世界人なのじゃ」
そう言うとエイグリットは俺がここに至るまでの経緯を語ってくれた。
この世界の創造主であるエイグリットは俺の世界を含めたさまざまな別の世界を見通すことが出来る。
そんな中、多くの世界が自分とは別の世界から強力な魂を呼び寄せ転生した折に力を与えるという手段を取り始めた。
彼らはその世界の脅威に対抗したり、その世界を大きく発展したりと様々な形で貢献しその世界は豊かにしていく。
そのような世界を自分たちも作り上げたいと思ったエイグリットは、まず試金石として土原創仕という人間をこの世界に転生させたのだ。
「つまり、他の世界みたいに色々発展させたいけど、まだ不安だからとりあえず俺を転生させたと」
「そういうことじゃ。異世界人という存在が見通せない以上、これでも警戒しておったのじゃぞ?まぁ、そんなものはすぐに露と消え去ったが」
「……参考までに聞くけど、何で俺が選ばれたんだ?」
「強力すぎる魂は転生させるだけでこの世界に影響を及ぼすかもしれん。そこで程ほどの輝きを持ち、なおかつ我の目にも留まるような面白い魂としてお主が適任だったという訳じゃ」
別に自分が特別な力を持っているとは思っていなかったが、自分が特に何も秘めていない普通の人間と断言されたようで、メイド好きである前に男である俺には大変ショックである。
実は一流の剣の才能があるとかで、異世界メイドさんにチヤホヤされたいなぁ。
「それで具体的に俺は何をすれば良いんだ?」
「お主はただ第二の人生をこの世界で謳歌しておればよい。我はそれを観察して転生者が世界に与える影響を読み取るという訳じゃ」
とはいえ少し不安に思っていたのだが、エイグリットの口から出たのは特に目的のない異世界ライフ。
異世界転生って辛い使命とか宿命とかを背負わされて大変だけど、案外俺の転生はイージーモードなのかもしれない。
「そうじゃ、ライラのことも紹介せねばならんの」
〈改めまして、自己紹介を、ご主人様。私はこの世界における補助役としてエイグリット様に創造されたライラと申します。〉
「この子は我の作り出した疑似魔法生命じゃ、お主の魂に結び付いておる。この世界の言語を聞く、そして話すことはこの子が行ってくれるし、足りない基本的知識を埋めてくれる有能な子じゃ」
そこで今まで謎の声扱いだったライラさんの紹介も入る。
どうやら俺の感覚で行くとナビゲーションAIというのが一番近い感覚らしい。
ご主人様呼びがデフォルトでついているなんて目の前のロリ神様も良い仕事をするものだ。
「これからお世話になります。ライラさん」
〈はい。ご主人様の生活をお助けしますのでご期待くださいませ。それと、この声はご主人様のみにしか届かないのでわざわざ言葉を発する必要はございません〉
傍から見れば虚空にお辞儀して、独り言を垂れ流す危ない奴となってしまう訳か。
まだ、この感覚に慣れていないので口から言葉が出てしまうが、ライラさんと話すにはなるべく早く頭の中で会話できるようにならないとな。
だが、そんなやり取りを見てまたもや不機嫌になる幼女が。
「一応、お前が我を呼び捨てるの考えを少しは理解した。許してはいないがな。だが、なぜライラにはさんを付けるのじゃ!」
「さっきは突っ込まなかったけど、なんでライラさんと喋れるんだ?」
「我はライラの生みの親だから当たり前じゃ!それよりも理由を問うておる!」
「当たり前だろ、俺の世話してくれて、ご主人様って呼んでくれるならメイド要素揃っているじゃん?それに姿が見えないのがメイド服の創造を掻き立てて……あぁ、可愛いなぁ」
どうにかしてライラさんをメイドとして実体化できないだろうか?とりあえず、この異世界における目的の第一歩としよう。
無表情だけど献身的って、普通のメイドさんのイメージよりも良いよね。
〈…………〉
なんだか、ライラが突っ込みを入れたがっている感じがしたが、きっと気のせいだろう。
そんな風に妄想の翼を羽ばたかせる俺に呆れたのかジト目を向けると、エイグリットが俺に向けて手を翳して来た。
「もう、怒るのが馬鹿馬鹿くなってきたわい……ともかく、お主を呼び出し趣旨は理解したな?。では、お主を人の生きる場所まで送り出すぞ」
「実は言うほど心の準備が整ってないんだけど……」
「この世界の創造主である我に謁見できるお主が特別なのじゃ。次の転生者からは世界のどことも知らぬ場所へ放りだす予定じゃし」
確かに諸々の説明を受けている俺はある意味幸せなのかもしれない。
死んだと思ったら、いきなり知らない光景が広がっているのは恐怖でしかないだろう。
まぁ、そいつらはちゃんとチート能力とか持っているんだろうが。
「それに安心せい。お主の元には経過観察としてちょくちょく見に行くからな」
「今、謁見できるの特別って言ったばかりじゃん。神様らしさは?」
「我から出向くのは関係ないのじゃ―――では、ライラ、後を頼んだぞ」
〈お任せ下さい、エイグリット様〉
その言葉を皮切りに、エイグリットの翳した右手に光が集まっていく。本当にとんとん拍子で状況が進むなぁ。
あまり自覚は起きないが、どうやら本当に俺の異世界生活が始まるらしい。
まぁ、そうは言ってもエイグリット曰く危険なことはしないでいいとのことだし、精々、第二の人生も充実したメイド愛でるをライフを送らせて貰おう。
そんな幸せなひと時を想像しながら、俺の視界は眩い光に包まれた。