第一章2: 森の女神様
そんな訳でライラさんの声に導かれるままに森を進んでいたのだが、目的地に着く前に一つ大きな発見があった。
――俺、顔変わってね?
十六年間毎日見続けていた俺の顔だが、お世辞にもイケメンだとは言えない。
周りからの評価を総括すると可もなく不可もなくという感じだ。
例として挙げるなら学園モノのゲームで「なんだ、あれ?」と言ってイベントの時に主人公の注意を引く感じの覚えられないモブ顔である。
それが、なんということでしょう。
道中の小川に映ったその顔は自分でも驚くほどに整っており、しかも男性らしい顔つきというよりはどちらかというと中性的。
一瞬、この顔でメイド姿を頭に思い浮かべたが、普通に可愛いと思ってしまった。
当然如くこの事をライラさんへと問い詰めたのだが。
〈自分の所に連れてくるまでは、あらゆる説明は避けるようにと申し付けられています〉
先ほどは人間らしさが目立つ声だったが今は機械音声のようにこの答えの一点張りだ。
それよりも顔が変わったのを見た時点である一つの荒唐無稽な可能性が自分の中へと浮かんできたのだが、それを具体的な形にする前にライラからのナビゲーションが終わりを告げた。
〈もうすぐ目的地周辺です〉
「いや、もうナビっぽいのわざとじゃないの――って、なんだこれ、神殿?」
思わず抑揚のない声とセリフのベストマッチに突っ込んでしまったが、それよりも目の前に現れたその存在に意識を持っていかれた。
木々が深く生い茂っている森の中にそこだけ隔絶されたように開かれた広場。
そこに大理石の柱で円形に囲まれた神殿としか形容できないものがあった。
柱は半ばで折れたり、石畳には亀裂が走っていたりとその大部分は朽ちかけてはいたがその中心にある十二個の水晶球と真ん中に据えられた一つの巨大な水晶球はその美しさを保っていた。
周りが相当の年月を感じさせる分、その水晶の真新しい輝きはより際立っている。
俺がその神殿に目を奪われていると中心の水晶に変化があった。いきなり目を開けていられないほどの光を発し始めたのだ。
その太陽の輝きのような光は数十秒続き、やっと光が収まったかと思うと。
そこには幼女がいた。
何を言っているか分からないかと思うが、紫紺の長い髪に金色の瞳を持ち白い薄布に身を包んだ美幼女が大きな水晶球を背にしてこちらを見つめている以外に説明のしようがない。
彼がそんな超常現象に口をポカンと開けていると、その幼女がこちらへ向けて歩み寄り――、
「我はこの世界の創造主である。跪いて頭を垂れよ、人間」
さぁ、ここで問題だ。
今のセリフ、この厳かな雰囲気で言われたら何が何でも圧倒されてしまうだろう。
では、この声が威厳も何もない、まさしく幼女の舌足らずの声で再生されたとしたら?
答えは簡単だ。その雰囲気は跡形もなく砕け散ってしまう。
「そうか……俺は土原創仕。これは助言だがまだ年齢的に早い気がするぞ。その感じは中学二年生が持つ特権にして黒歴史らしいからな……」
「何を言うておる?ささっと跪けと――」
「いや、確かに可愛いけどその容姿で神を名乗るには本物の神様に失礼だと思う」
先程光ったのも何か壮大な演出だろう。そもそも、これがテレビのドッキリの演出なのかもしれない。
そんな俺の言葉に自称創造主を名乗る痛い幼女はその表情を怒りに歪ませた。
「――ええいっ!神である我に容姿の幼さなど関係のないことだというのに!」
その言葉と憤慨する姿によりさらに幼女らしい可愛さが増したのだが、本人はそれには気づいていない様子。
「流石に神を名乗る幼女を信じろと言われても」
「誰が迷子の幼女じゃ!我は創造主じゃぞ、神の頂点じゃぞ!どいつもこいつも好き勝手いいおってからに!」
どうやらその優しさはむしろ火に油を注いだようで、その怒りはさらにヒートアップ。
しかも、最後のは常日頃完全に別の人間にも言われていることの証明である。
「じゃあ、それだけ神様って言うんだったら、ここでメイドさんにでもなってくれよ」
神様だと言うならばそれくらいの芸当が出来るだろうと俺は面白半分にそんな事を提案した。
この幼女、見た目は神に相応しい程のハイスペックなのでメイド服着れば絶対に可愛い。というか、その姿を見てみたい。
その言葉に今まで威嚇のように唸っていた幼女は虚を突かれたような顔になって。
「はぁ?神だと証明しろというのは分かるが……なぜメイドなのじゃ」
「好きだから」
そんな分かり切った答え、考える必要もなく即答。
俺の超反応を見た彼女は今度は困惑した表情を浮かべる。
「魔法の類は見せる必要があるとは思っていたが、メイド服、メイド服じゃと。我は神、しかもこの世界の創造主……」
「何だ出来ないのか?創造主なんだろ?」
出来る筈もないのに真面目に葛藤している幼女をさらに煽ってみた。やっぱり神様を名乗る変人にしておくのはもったいない。
その言葉は彼女に刺さったようで、今までの葛藤していた表情を再び怒り顔に戻すと。
「――では、お主の望む通りメイドになって神であることを証明して見せようではないかっ!」
極まってるなぁ……と思いながら叫び出す幼女を温かく見守っていた俺だが、次に起こった変化により目を見開くことになった。
早着替えという次元ではない。
幼女が指を打ち鳴した瞬間、瞬きも許さぬ間に彼女が纏っていた薄布が宣言通りフリル多めの可愛らしいメイド服へと変貌を遂げたのだ。
というか可愛いな……美幼女のロリメイド……いや、今はロリ神メイドなのか。
大丈夫メイド服を着ているロリに萌えるのはロリコンに入らないから問題ない。
俺はロリコンじゃないっ!
「どうじゃ、これで分かったであろう?我が見た目通りの存在ではないことが……そう思ったらささっと跪くが――」
「メイドさんの命令なら仕方ないな」
言われた通りすぐさま地面に膝を付いておく。
良いメイドさんを見られたのだからこちらも敬意を返さなければならない。
「なんという変わり身の早さじゃ……だが、理解したようじゃな」
「ああ、その超絶可愛いロリメイドになったのが答えだろう?それにさっきから違和感があったしな」
否定していたのはそんな事はありえないという理性の現れか。だが、目の前で超常現象を見せられたら流石に現実と向き合わなければならないだろう。
「よく分からんが俗っぽい言い方をするでないわ……全く」
そうしてメイド服の幼女――改め、本人が名乗ったように本物の神であろう彼女は創仕に向けて決定的な一言を言い放った。
「ようこそ異世界からの客人よ。不幸にも凶刃に倒れたお主の第二の生をこの世界の創造主であるエイグリットが歓迎しよう」
そう、メイドを庇って死んだあの出来事は夢などではなかった。
土原創仕はあの場で死に、そして――異世界へと転生したのだった。