第一章11: 少女との邂逅
メイドさんでの学園生活が決まってしまった後、退出する寸前シャウラさんはこんなことを言い出した。
「ああ、そうだ。今後は私の屋敷から通うことになるから、そのつもりで」
この提案は完全に善意の物なのだろうが、俺としては追い打ちを掛けられたようなものだ。
まさか、フレアとこれからも過ごさなければならないのか。昨日のようなメイドとは思えないお世話を受けながら?
「待ってください!この学園、寮とかはないんですか?」
メイドはもう避けられない定めだとしても、せめて生活環境くらいは少しメイドを感じられるものが良い。
「もちろん王都以外の王国民も受け入れているから寮は存在するさ。でも、少年は四六時中メイドの格好をしながら過ごすつもりか?」
「あっ……」
俺がメイドとして学園に入るのなら当然、入る寮に関しても女子寮。
バレない為には学校生活どころか、日常生活すらも男としての生を捨てなければならなくなる。
「でも、フレアは屋敷の管理で手一杯だって……」
「その点は問題ありません。先程も申しましたがソウシ様のお世話は手間がかかりませんので」
それでもなお否定しようとした俺に今まで影のように黙って話を聞いていたフレアの横槍が入る。
そりゃ手間かからないでしょうね。だって、ある程度用意はしておくから後は自分でやれってスタイルだもの。
「ふむ、フレアの負担は少し心配していたのだが本人が言うならば問題あるまい。それに随意と打ち解けている様子だしな」
「これは打ち解けている訳じゃなくて――」
「では、フレアこれからの世話は任せる。私はしばらく手が回らないのでね」
「承知しました」
俺のささやかな抵抗も空しくそうして屋敷への本格滞在も決まってしまったのだ。
無論、入学自体は嬉しいがまさかメイドさんとして入ることになるとは誰にも予想出来ないだろう。
こればかりは目先の欲に釣られた俺でも情状酌量の余地はある。俺は悪くない筈。
〈ライラさんはなんであんな後押しを……〉
〈ご主人様のソレシア王国での生活において一番、最良だと判断したことですので〉
部屋を出たところでライラさんへと非難した瞳を向けてみるが極めて冷静に返されてしまった。
確かに牢屋暮らしなんてものは御免だが、メイド服を着せられるのは精神衛生上良くないのではないのか。
とはいえライラさんなりに俺のことを考えてくれた結果だろうから強く言えない。それにどちらにせよこうなるのは避けられなかった訳だろうし。
「似合ってないのを想像してたんだが……予想以上に似合っててやっぱり面白かったな」
そんな事を誰もいない静かな廊下で話し掛けながら、たいそう可笑しそうにこちらへと笑みを向けてくるのはフレアである。くそっ、楽しそうにしやがって。
さっきも思ったけどやっぱり軽率に素を出し過ぎなのでは?これで良く俺にバラすなとか釘を刺してきたな。
「というか俺が屋敷に居るの、お前としては良いのか?」
昨日、あれだけ俺に世話しない理由を語ってきたのに一体どういう理屈なのだろう。
「まぁ、シャウラ様の決めた事だから異存はねぇよ。お前のその謎のこだわりは分からないが別に一緒に居るのが嫌って訳ではねぇからな」
俺としては現在進行形で清楚なメイドのイメージが崩れていくのであまり好ましくないのだが……まぁ、言ったら嫌な予感がするので黙っておこう。
「おっと――」
そうして話して込んでいたのだが、フレアがその表情を完璧メイドに戻す。
前方から誰かが歩み寄ってくる足音が聞こえたからだ。
さっきは誰ともすれ違わなかったのだが――。
「――――」
疑問に思いながら歩み寄ってくる足音の方へと目を向けると、そこにはメイドさんが居た。
いや、一応メイドさんと言える人物ならば俺の隣に居るのだが、目の前の彼女は色々な意味で雰囲気が違った。
白雪のような真っ白な長髪にそれと相反するように輝く赤い目。まるで兎のような誰の眼に留まるとても目立つ容姿を持った少女。
しかも、その身に纏う雰囲気は従者のものではなく、人を率いるような気品に溢れている。
突如として合わられた超絶美少女に俺が声も出ないまま固まっているとその少女にフレアが話しかけた。
「リリス様。今日は休校日の筈でしたが」
どうやらこのメイドさんはリリスと言うらしい。フレアの言動的に学園の生徒の一人のようだ。
「……今日は理事長に用事があったので。フレアさんの方こそ学園に来るなんて珍しいですね」
そんなフレアの言葉にリリスさんは表情を動かさずに答える。
どうやらフレアとの面識があるようだが、その反応を見るにあまり感情の起伏が少ない子なのかもしれない。
「今日はこちらの少年について用向きがありましたので……」
「転入生ですか?」
「いえ、それとは別の要件です」
どうして嘘を吐くのか一瞬驚いたが、考えてみればこのまま正直に俺が入学するなどと言えば明日メイド姿で現れた時点で女装なのだと分かってしまうだろう。
「……そうですか。では、失礼します」
フレアの紹介により一瞬こちらへと視線を向けた彼女だが、すぐさま歩き去ってしまった。
そうして周りを確認するとフレアが溜息を吐きながら本来の口調に戻る。
「見られちまったが……男って先入観がなければバレはしねぇか」
だが、俺は先ほどの少女のことで頭がいっぱいである。
見た目の可愛いさはもちろんのこと、本当にもちろんのことだがそれ以上にあのメイドらしくない雰囲気がより彼女の印象をより際立たせているのだ。
間違いない。あれは色んな意味で他のメイドさんとは別格だ。
「……やっぱり声を掛けとけば良かった!」
「いきなりどうしたって――なんだ、あの子が気に入ったのか。良かったな、お前と同じクラスだぞ」
先程固まっていたのを後悔して嘆いている俺にフレアからさらに喜ばしい情報が飛び出す。
つまり、あのメイドさんとお近づきになる事が出来る訳か。しかもメイドとして入学する以上より近い距離間で。
……ちょっとメイド人生頑張ってみようかな。
「とはいえ、バレるとか以前にあまり近づかない方が良いけどな」
そんなよく分からない忠告を送ってくるフレアだが、あの美少女メイドこそ異世界来た本懐だと言っても過言ではないというのに。
可愛い正義だと偉い人も言っていた。
妙に心の中に残る少女との出会いを経て、俺たちは再び屋敷へと戻っていった。




