なんてことはないただのプロローグ
メイドさんが好きだぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!
俺、土原創仕という人間を語るとしたらこの一言に尽きる。
原点にして頂点。萌えではなくメイドという概念そのものであるヴィクトリアンメイド!
これぞジャパニーズメイド。給仕用のロングスカートを破り捨て、可愛さを追求したメイド服ミニスカメイド!
現代の正統派!伝統的なメイドらしさをアレンジしつつ美しさと可憐さ、メイド服としての機能美を同居させたクラシカルメイド!
スカートの短さがミニスカ以上!谷間が全開!端的に言って破廉恥!メイドとしての慎み深さをかなぐり捨てて扇情的な部分を重視させたフレンチメイド!
その他にも和服とメイド服を合体させた和と洋の真のコラボレーションである和風メイド、チャイナ服との奇跡のコラボレーションであるチャイナメイド、もうメイド服とは何なのだと問われているような気持になる水着とメイドなど。
昨今、メイドのバリエーションは多岐に渡り無限の可能性を秘めている!
そんな数多くの魅力的な衣装に加え、その精神は主人への奉仕の精神に溢れているというまさに完璧な女性像。
そんな偉大なる存在、男ならば惹かれない訳がないっ!
ある転機を迎えてそんな信念を掲げるようになった俺だが特に家族やクラスメイトから排斥されるようなことはなかった。
とはいえ友人と言える存在も皆無だったのだが現代はそんな人間にも生きやすく、メイド系のエロゲやギャルゲも多数存在し、悲観することなく順風満帆な人生を送っていた。
そんな周りから白い目で見られていた俺の人生に転機が訪れる。
高校になってから通い始めたメイド喫茶の少女、カホちゃんとの出会いだ。
彼女は目鼻立ちが整った顔にツインテールに纏めた艶やかな黒髪という容姿の美しさ、そしてメイドとしての基本技能が高いのもさることながら、その最大の武器は計算しつくされた可愛さだ。
来店するご主人様の正確に合わせてドジっ子メイド、ツンデレメイド、ドSメイドなど様々なメイドへと生まれ変わり社会や学校に疲れた彼等へ最高の癒しを届けてくれるという現代に生きるパーフェクトメイド。
もちろんその店の人気ナンバーワンであり、その可愛さにガチで恋する男たちが後を絶たない程だ。
そんなカホちゃんのことを好きになり、やがてメイド好きの少年とメイド喫茶ナンバーワンの少女とのめくるめくラブアンドコメディが……とはならなかった。
彼女には多くの客が常日頃から好意を寄せている。
だが、店の方針となにより彼女自身が仕事として割り切っておりその好意に対して答えることはない。
となると、それに不満を持った一部の客に厄介な者が現れるのは想像に難くないだろう。
例えば――。
「カホちゃんがいけないんだよ!僕が君のことをこんなにも好きなのに、いつまでも答えくれないからっ!だからっ!」
そう目の前で血走った眼をカホちゃんへと向けるこんな男とか。
「――っ……ぁ!」
そこで、やっと意識が現実へと追いついてくる。
胸に突き刺さるナイフ。それに伴う今までに経験したことのない激痛。
アニメやドラマなどでしか見ることのない多量の血が他でもない自分の体から流れ出ているのはあまりにも現実離れしすぎた光景だ。
この目の前の男はカホちゃんを知っている者の間では有名な迷惑客だった。
連日、店を訪れては交際を迫って長時間拘束。
彼女が他の客へと給仕を行っていると、それを妨害する為に強引に割り込むといういくらガチ恋勢でもマナーを弁えていない男である。
そんな過剰なアプローチを続ける男に彼女が惚れる筈もなく、ついに店側が男を出禁に。
それに激昂した男は彼女のストーカーと成り果てたのだ。
そんな状況を知ってはいたが、そこに居合わせたのは全くの偶然。
別のメイド喫茶を堪能して帰ろうとした時、仕事を終えて帰宅している彼女とそれを一定の距離を保ちながら後を追う例の男が目に入った。
その男の雰囲気にかつてないほどの不穏なものを感じて後を追いかけると、そこには明らかに本物であろうナイフを突き出した男が見えて――
「ハハハハハッ!最初はカホちゃん自身に僕の愛を届けようとしたけど、これはこれで悪くない!分かったでしょ?僕がこんなことを出来るくらいカホちゃんを愛してるってこと!」
「狂ってる……」
「そう、僕は君への愛に狂っているのさ!アハハハハハハハッ!」
カホちゃんの嫌悪の混じった呟きも気にせず、一方的に彼女への愛を押し付けたかと思うと男は狂った笑いを響かせながら一目散に去っていった。
俺が割り込まなかったらカホちゃんを殺してたらしい。全くメイド好きの風上にも置けないクソ野郎だ。法的に裁かれて死んでしまえ。
そんな一連の状況に茫然自失していた彼女だが、視界から男が消えたと同時に自分にもたれかかる俺の惨状に気づき目を見張った。
「――ッ!あなた、まさか常連さん……止血と、それから救急車呼ばなきゃ!」
流石はナンバーワンメイド。突然の出来事にも関わらず、意識を切り替えて胸から命の雫を零す俺を懸命に救おうとしてくれる。しかも名前を憶えてくれたのは地味に嬉しい。
だが、その努力はおそらく無駄になる。
ピンポイントに心臓でも刺されたのか既に悶え苦しむようなあの激痛は消えて、今は冷たさと共に死の気配が体を支配している。
先ほどまで見ていた人生の振り返りも走馬灯と言えば大いに納得だ。
正直、死ぬのは怖い。いや、そもそも怖くない人間など存在しないだろう。
だが、誰かの、それもメイドの命を救えたのだからこれまでのメイド大好き人生に価値がある。
だからこそ、思っていたより死の恐怖もそこまで大きくはない。
「メイドさんに……看取られるなんて……幸せな人生だな……」
「死なせ……助けてく……だから……お願……生き……」
そんな呟きを落とす俺に涙を滴らせながらも懸命にと呼びかける彼女だが、もうあまり聴き取れなくなっていた。
その意識はまるで眠るように暗闇へと落ちていく。
……ありがとう。これまで出会って来た全てのメイド達。願わくばこの愛よ永遠に。
そうやって今まで出会って来たメイドの数々に別れを告げていると――、
『ほう?面白い魂だ――――消すのは惜しいな』
そんな死に際の幻聴が聞こえた気がした。