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「好き」論

作者: 松上遥

 それを、病だとする人もいる。逃げられない、なかなか治ることのない病だと。そんなに悪者扱いしたくなるくらい、深くて求めたくなってしまうのだ。

 にしては、その病から醒めた気持ちはすべて清々しいとは限らない。ある人はもう一度味わいたくなってしまう。美味しすぎる食べ物のようだと、思うのだ。いろんな味を持っていて、食べてみたくて、その味を知ってしまった途端食べ続けていたくなって、食べられなくなったその時は喪失感とでも言っておこうか。

 味わわなきゃ損だよ、とよく口にしてしまう。けれどもどうだ、それが必ず甘くておいしいとも限らないし、とんでもなく苦い日だってあるだろうし、そもそも何をしたら手に入るかも世の中では確立されていないのだ。そんな入手経路も正体も不確かなものを、押し売りするのは気が引けてしまう。自分だけに訴えるのでとどめておきたいのに、経験としてあった方がいいとやはり口にしてしまう。それはたぶん、すっかり味わってしまった後、私が他人にそれを語るとき、どうしてもその甘さしか思い出せなくなってしまうからなのだ。1人であの味を思い出すと、甘いところから始まりはすれど、時にひどいくらいに酸っぱくて、無味なときさえあり、辛いときは私を刺して、最後はとんでもなく苦い。

 甘ったるいスイーツ、果ては苦味に、きつい毒に。生殖なんてしなければ何の意味もなさない食べ物。再生産の場にならなけてば、むしろ有害にさえなりうる食べ物。

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