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彼女が夏服に着替えたら  作者: 緋色 麻里
1/1

チョーかわいい♡

朔夜と健太郎シリーズの短編です。

短めの連載ですのでこちらを先に読んでいただけるとわかりやすいかと思います。

『朔夜と健太郎』 https://ncode.syosetu.com/n4865fp/


朔夜・・黒髪色白な健太郎から見ると美少女・・な、クールな歴女。

健太郎・・近隣女子高生がキャーキャー言う、超イケメン、スタイル抜群・・な、バレエ男子。


今日から夏服だという6月最初の月曜日、健太郎は漫画だったら「ルンルン」と擬音を入れたくなくなるほど上機嫌でホームに立っていた。

もちろん、五月中の夏日にブレザーを着なくてはならないといううっとおしさから解放されるという喜びもあったが、なんといっても楽しみなのは・・・朔夜の夏服である。

初めて朔夜を見たのは新学期が始まって間もないころだったが、紺色の、なんでもない、どこにでもある冬の制服が、彼女の清潔感を際立たせていた。


何しろ最近の女子の制服の着崩しかたはだらしなさの極みだ・・と健太郎は思う。

ネクタイがあろうが無かろうがお構いなしで襟元を開き、スカートはお尻が見えるんじゃなかろうかというギリギリライン。

おまけに化粧はこれ以上は濃くできないだろうというアイメイク。

一歩間違えれば舞台メイクだ・・と健太郎はげんなりする。

そんな女子にばかり追いかけられ、ついてくるなと一喝して逃げこんだ車両に乗り合わせた朔夜を初めて見たときには、別の人種かと目をこすりたくなった。

すっと伸びた姿勢で文庫本に目を落とす姿。

スカートの端からほんの少しだけ見えるきれいな膝小僧は、もちろんだらしなく開いていたりしない。

降りる駅を確認するためにふっとまつ毛が上げられた瞬間、健太郎は恋に落ちた。

きりりと涼しい瞳に、打ち抜かれたような感覚を覚えたのだった。


朔夜が通う紫音高等学校の夏服は、薄いグレーのスカートに同じ色の襟のセーラー服。

着崩しようがないシンプルな定番だ。


きっとちょー似合うぞ・・。


駅で朔夜を待つ間、ちらほらと通りかかる紫音の女子を見てはにやける頬を引きしめなおした。




「おはよう」

「おは・・」


ごくっ。

・・・・・・・・・・・・想像以上。


やっべー。

かわいい。

かわいすぎる・・。


健太郎の前には女の子度3割増しの朔夜が寒そうに立っていた。

今まで下におろされていた長い髪がポニーテールに結ばれている。

はやりのアクセサリーになど無関心な朔夜らしく紺色のゴムで結んだだけだが、きっちりとまとめられて、綺麗な襟足がまぶしい。


「今日ってさ、なんか肌寒いよね」

「え?そ、そうか?」


「うん。せっかく夏服になったと思ったら気温下がっちゃうんだもん。6月中は冬服でも夏服でも自由にできればいいのにって毎年思うよ」


腕をさすりながらブツブツ文句を言っているそばで、いや、6月はもう夏服でしょ・・と首を振る。


「せめてさあ、羽織るもの・・カーデガンとかさ、許可してくれたらいいのに」

「紫音はダメなのか?うちの女子はカーデガン着てるけど」


「うちの学校さ、ほら、古いじゃない。昔は女学校だったところだから。なんでも精神力で乗り切れっていうところがあるんだよね。エアコンだっていまだについてないし」

「えっ!エアコン無いの!?熱中症になっちまわない?・・・・へえ、うちとはだいぶ違うなぁ」


「いいよね。緑風は。制服だってパターンがいろいろあって自由がきくから」

「いや、紫音のは清楚な感じがしていいんでないの?」


「清楚?」


・・・・・・・・

寒いから上着が着たい、という会話からなんで清楚が出てくるんだ?と朔夜はいぶかしげに健太郎を見る。

やっぱ朔夜には緑風のいまどきの制服より、クラシックな雰囲気のある紫音の制服のほうが断然似合うよ・・と一人満足げに頷いている健太郎を見て、朔夜はため息をついた。


どうも健太郎の眼にはフィルターが付いているようだ。

そのフィルターは朔夜限定のもので、実物よりもかわいらしく、上品で、清楚に映るらしい。


付き合い始めてまだ2カ月にも満たないが、それでも薄々気付き始めたそのフィルターの存在を、朔夜は改めて恨めしく思った。


「私は清楚でもなんでもないよ」


ぼそっと呟いたが、ちょうど入ってきた電車のブレーキ音で朔夜の声はかき消された。



人の波に押され、車内に吸いこまれていく。

健太郎はしっかりと握った手を頼りに人を掻き分け、朔夜の隣に立った。


「衣替えしても混雑には変りねえな」

「うん、そうだね」


いつもはうっとおしく思うラッシュも、今日だけはちょっと違う。

何しろ薄着になった朔夜が自分の胸に密着しているわけだから。

寒いというだけあって朔夜の腕はひんやりと冷たくて、熱をもった健太郎の腕にはここち良い。


「ほんとに冷てーな、腕。まだ寒いか?」

「ううん、大丈夫。さっきよりは寒くない。混んでる所為かな」

「たぶんそうだろうな」


そう言って健太郎は朔夜の肩を抱いた。


「ちょっ・・けんた」

「・・・ほら、こうすれば寒くないだろ?」


・・・君のすることが寒いんですけど。


赤くなりながら心の中で呟いて、思わず下を向く。

恥ずかしいなぁと思っているうちにじんわりと肩が温かくなってきて、健太郎の腕がだんだんとありがたく思えてきた。


「健太郎ってあったかいね。湯たんぽみたい」

「湯たんぽ?わはは。湯たんぽなんて俺、使ったことねえや」


「わ、私も使ったことはないけど、でもカイロじゃちっちゃいじゃない。健太郎はカイロって言うにはでかすぎるよ」

「そりゃそうだな。わはは。・・・でも」


朔夜が目を上げると、にやにやとだらしなく頬が緩んでいる。


「こうやって抱けるんだったら寒いままの夏もいいな」

「!!抱くって言うな!!」


二人の会話に周りの大人がくすくす笑うのを見て、朔夜は真っ赤な顔で健太郎の脇を小突いた。


「笑われちゃったじゃん」

「それは朔夜が大きな声を出したからだろうが」


「ふ、ふん。こんな寒いのも少しの間だけだよ。暑くなったら健太郎なんかそばに寄らせないもん」

「あ゛、そうか・・」


健太郎は必死に考える。

朔夜の体に触れられる機会なんて電車の中だけだ。

キスも喧嘩の仲直りのあの時にしただけで。

クールで何物にも動じないように見えて、実は恥ずかしがり屋の朔夜はデートの時もなかなか甘いムードにならない。

健太郎は十分朔夜にデレデレなのだが、会話だけ取って見るとまるで男同士のものに近い。

今抱いた肩も、その華奢さに、朔夜ってやっぱり女の子だよなぁ・・と一人感激したところなのだ。

そんな機会をみすみす逃す健太郎ではない。


そうだ、暑くなったら弱冷房車じゃない車両に乗ろう。

ガンガンでキンキンに冷房が入ってるヤツ。

そう熱く心に誓った。






午後になり、気温が上昇してクラス内の熱気も上がってきた。

あちこちからあつくねー?と女の子らしからぬ声が聞こえてくる。

朔夜は下敷きでパタパタと顔を扇いだ。


「朝は涼しかったのになぁ」

「そうだよね~。でもさ、夏服になったからにはこうじゃないと」


「まあ、そうだけどね」


桃子に頷くと、美加子がカバンからごそごそと何かをとりだした。

それは今盛んにコマーシャルされている新しい制汗シートだった。


「それって、新しいヤツ?」

「うん。このぐらいの汗ってべたべたになるじゃない?だから買ってみた」


「そうなんだよねぇ。お、いい香り!」

「ふふふ・・フレッシュピーチだよ、朔夜君」


「みかちゃん、これいいにおいだね!」

「でしょ?二人も使ってみなさい。ほら」


そう言って美加子は二人にシートを渡した。


首筋を拭いた後、もぞもぞとブラウスの下に手を伸ばして脇の下や胸元を拭く三人。

さすが女子高もどき、共学だったらこうは行かない。

三人はフレッシュピーチの香りに包まれ、さわやかに教室を後にした。






「朔夜、お帰り!」


いつも通りの車両に乗ると、健太郎が朔夜のカバンに手を伸ばしてきた。


「ありがと。ただいま」


二人分のカバンを網棚に上げると、朔夜の隣りに健太郎もドカッと腰をおろす。

ふわっと優しく甘い香りが立った。


「・・・いいにおいがする」

「あ、これ?美加子が制汗シートくれたの。学校出るときに使ったから」


「へえ・・このにおい、俺、好きかも」


クンクンと朔夜の首筋やブラウスを嗅いでいる。


「こ、こら!やめてよ、恥ずかしい」


だって、いいにおいだぞ・・とブツブツ言いながら正面を向く健太郎。

朔夜は健太郎の予想外の行為にドキドキだった。

まさかクンクン嗅がれるとは。

まさしく犬だ・・と朔夜は苦笑いした。


「そう言えばさ、健太郎って制汗スプレーとか使ってるの?」

「一応ね。どうして?」


「・・バレエのおけいこって汗びっしょりになりそうなイメージだからさ」

「うん、なるね。汗びっちょびちょ」


「うわ・・男の子の汗びっしょりって…臭そう・・」

「臭そうって・・傷ついた」


「だってさ」


胸を両手で押さえて天を仰ぐ健太郎を横目に、朔夜はつらつらと男の子の汗臭いイメージを語る。


「野球部とか、サッカー部とか、なんか超臭そうじゃない?部室とかモワッとこもってそう」

「あいつらの汗はかっこいいじゃん。そう思わない?」


「・・・うちにそういう部はないんですよ、健太郎君」

「あ、そうか」


「なんか、そういうイメージが強くてさ、健太郎が臭いとヤダなって・・」


・・・それはどうとらえたらいいのかな?


健太郎はしばし悩む。

汗臭いのはヤダ。

バレエは汗臭くなる。

バレエをやめる!?


「・・俺、バレエやめなきゃダメ・・?」

「なんでそうなるのよ!」


横をばっと振り返り、健太郎を非難の目で見る。


「健太郎にバレエやめろなんて言ってないじゃん」

「でも、汗臭いのヤダって」


「だから臭くなきゃいいんでしょ」

「どうやって・・?」


「やっぱさ、制汗スプレーは無香の超強力なものにして、で、コロンとか、オードトワレとか・・」

「はぁ!?」


「健太郎、きっとジバンシィとかディオールとかの香水、似合うと思うよ」

「・・・朔夜、俺を幾つだと思ってんの?」


「高2」

「でしょ?なのにジバンシィぃ?」


「やっぱ早いか」

「うん。それに俺は香水ってガラじゃないっしょ」


「そうかなぁ。似合いそうだけどなぁ」


確かにバレエ団の先輩方は有名なブランド物のトワレを使っているらしい。

おかげで、団の練習の後の更衣室はいろいろなにおいが混ざってはいるが、高級そうないい匂いで満ちている。

だが、自分とブランド物の香水が結び付くとは健太郎には考えられない。

せいぜい花○とか資○堂とかの制汗消臭スプレーを使うのが精いっぱいだ。


それにしても・・と、健太郎は思う。


朔夜の口からジバンシィなんて単語が出てきて健太郎は驚いた。

疎いように見えるけど、やっぱり女の子なんだなと再認識する。

そしてほんのりと甘い香りが漂う朔夜に気分が良くなる。


「まあ、せいぜい臭くなんないように気をつけるよ。それでいいだろ?」

「うん、そうだね」


「・・・俺はともかくとしてさ、朔夜はこの制汗シートっての使えよな」

「なんで?」


朔夜がおいしそうだから、とは口が裂けても言えない。


「いい香りだもん。俺、これ好き」

「そ、そう?ふーん・・」


心なしか赤くなった朔夜を見て、健康な男子のかわいい欲望が身をもたげる。


ちょーかわいー・・あぁ・・押し倒してぇ・・



当分、実現不可能であろう想いをごまかそうと放った


「ま、朔夜ならどんなに汗臭くても、俺、超オッケーだけどな」


という言葉に、朔夜のパンチがボディに決まったのはその数秒後だった。



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