day 3 白光
ぼんやりと空が明るくなってきた。
この明るさならなんとかなりそうだ。
「みんな大丈夫か?」
マッシュの問い掛けに、もぞもぞと皆が動き始めた。
疲れはピークに達しているが今日が勝負。早い時間に落ちたと思える辺りを入念に捜索出来る。
いち早くキノとクエイサーは起き上がりやる気を見せている。
昨夜も夜の進軍には意味がないと説得するのに一苦労した。
「今日が勝負ね」
「救出という観点でみても今日はかなり重要です」
シルとマーラの目つきが変わる。
経験則から語る言葉に重みがあった。
マッシュは目だけで返事する。
わかっている、今日が勝負の日だ。
「行こう」
疲れの抜け切らない体、それでも頭はクリアーに。
マッシュの号令でスタートを切る。
全員が獲物でも探すかのように視線を動かし痕跡を探す。
明るくなり切れない底の底を歩く。岩壁と森が挟むゴツゴツした岩場と、森へと繋がる茂み。
剥き出しの岩場は見通しがいいのだが、茂みの中に隠れてしまっていたら見落としてしまうかもしれない。
落ちたと思われる現場が近くなればなるほど、はやる気持ちとは裏腹に歩みは遅くなっていく。
突然、キノが茂みの奥から森の中へ飛び込んで行ってしまった。
「キノー!」
マッシュの呼びかけにキノは、ボロボロの軽装備を手に戻ってきた。
視線が一斉にキノが手にする軽装備へと注ぐ。
「キルロさんのです」
「間違いない、他にもないか注意しよう」
フェインの呟きに皆が緊張の色を一気に浮かべていく。
しばらく進むと岩場に、大きな塊が転がっているのが見えた。
あれは……。
ケルベロス?!
「フェイン! ケルベロスが落ちたのはこの辺か?」
「位置的にいうともう少し手前から落ちました、少しずれてますです」
「大きくは、ずれていないんだな」
「少しです。10Miもずれていないです」
「茂みより先に、この辺から落ちた痕跡を探そう。茂みの方は痕跡見つけてからだ」
「あのよ、あのよ。この頭のこれ落ちて出来た傷じゃねえぞ」
マッシュとフェインのやりとりを尻目にユラがケルベロスを調べていた。
慌てて見に行くと火の首の頭頂部が点で抉れ、脳まで達している。
「細い突起にここだけ当たったって事はないのか?」
「ない。良く見ろ、動いた形跡が岩場にうっすら残っているだろうが。脳味噌抉れていたら動けるかって話だ」
「て事は、団長かハルがやった可能性が高いって事だな」
「だろうな」
ニヤリと笑うユラの言葉に希望が一気に沸いて出る。
体中にアドレナリンが巡り、疲れが吹き飛び自然と顔が綻んで行った。
落ちたが生きていた、いや、きっと生きている。
「今日中に探すわよ、生きていた証拠を掴んだ。必ず救出するわよ」
シルの言葉が皆の緩みそうな心を一気に締めた。
そうだ、ここからだ。
スロープ状になっている岩壁を見上げる。
ここは底の底に向かってすり鉢状になっているのか。
痕跡を求め一同は歩いた、仄暗い底に一途の光明を見出した。
キノが顔を上げ辺りを見回すと凄い勢いで駆けだした。クエイサーも後に続いて行く。フェインもまた、キノの後を追って行った。
キノが立ち止まり壁の方を見ていた。フェインも一緒にその壁をのぞき込む。
フェインはその光景に目を剥いた。
「キャァァァァァァアア!!!」
フェインの叫び響き渡る。
その叫びに一斉に壁へと駆け寄った。
「どうした! フェイン! 何があった!?」
「ハ、ハルさんが、ハルさんが……血塗れで死んでいる!?」
「嘘言うな!」
ユラがのぞき込む。
「ぎゃあああああ!!!」
ユラの叫びにイヤな汗が吹き出る。ウソだろう。
その場にいる人間がユラの叫びに硬直する。
「死んでいる人が動いた!!!」
?
は?
動いた?
「ちょっとどいて!」
シルがユラを押しのけ、のぞき込むと大きな舌打ちと共に険しい表情を見せた。
そんなに芳しくない状況なのか。
「イヤなもの見せられたわ」
まさか!?
ウソだろう。
マッシュはシルを押しのけ洞窟を覗き込む。
大人が二人も入れない洞窟に、キルロとその側に寄り添うように眠る血塗れのハルヲの姿があった。
良かった。
マッシュが深い溜め息を漏らす。
「お前ら紛らわしいんだよ!」
涙を流しているフェインと怯えるユラ、膨れっ面しているシルにマッシュは声を荒らげる。
フェインとユラはなんで怒られたのか分からず。シルはさらに頬を膨らました。
「副団長殿」
ネインがそっとハルヲを揺り起こすと、ゆっくりと目を開けた。
洞窟をのぞき込むいくつもの見知った顔にびっくりし、何か言葉を発しようと言葉を探すが何も出てこない。
ただひたすらに涙がこぼれる、だがその瞬間ハルヲは目を見張る。
「こいつを早く、エーシャの治療院へ!」
ハルヲの懇願に皆の表情が一変する。
顔面蒼白、両足に添え木を当てている男へ視線が集中する。
ハルヲもフラつきながら洞窟から這いだすと、想像していなかった顔が視界に飛び込んで来た。
「シル? なんで?」
「マーラ!」
「はいはい。あらら、これは芳しくないわね。ちょっとそこから出してあげてくれる」
膨れっ面するエルフの副団長に、ハルヲは首を傾げる。
シルはハルヲを睨みながらマーラに声を掛けた。
な、なんで私睨まれているの?!
《レフェクト・レーラ》
岩場に横たわるキルロにマーラがヒールを始める。
白い光の玉がキルロへと注ぐ。
落ちていかない!?
マーラの光玉が泡のように消えてしまった。
マーラの表情が曇る。
ゆっくりとでも落ちていかないと、ヒールの効果が得られない。
ハルヲはマーラの表情を見て、すぐにクエイサーを探した。
ふらつく足でクエイサーの鞍から点滴瓶と必要な薬剤を準備すると、手際よく輸液を作成する。
急いでキルロの血管に点滴を入れ様子を見る、ネインが近づくとハルヲからそっと点滴を取り上げハルヲに頷いた。
マーラは落ちていかない光の玉に、焦りの表情を浮かべる。
やがて光の玉は再び消えてしまった。
その光景に皆の顔に驚きと焦りが現れる。
ここまで悪化しているとは。
「もう一度お願い!」
ハルヲの懇願に再び詠唱するが光の玉は消えて行く。
“もう一度”
“もう一度”
ハルヲの懇願も祈りも届かず無情にも光の玉は何度となく消えて行く。
点滴の落ちる速さを最大にする。
「もう一度……」
ハルヲの懇願にマーラが俯く。
「もう魔力が……」
マーラは力なく答える。まるで自分の力不足を呪うかのように、悔しさが滲み出ていた。
《マガアクヴァン》
ハルヲの詠唱にシルとマーラが驚きの表情を見せ、マーラの目にもう一度力が入った。
「マーラ、もう一度お願い!」
ハルヲの懇願にマーラは頷いた。
《レフェクト・レーラ》
光の玉が再びキルロへと注がれる。
落ちて、お願い。
ハルヲが、マーラが、皆が祈るように見つめる。
ぐはっ⋯⋯。
キルロの口から血の筋が生まれる。
口元に溢れる血を、ハルヲは自分の口を持って行った。
口の中の血溜まりを吸い込むと、キルロのかわりとなり吐き出す。
口元の血を袖でぬぐい再び見守る。
ぬぐい切れなかったキルロの血が頬へと伸びていく。
落ちて!
マーラの険しかった表情が落ち着いたものへと変わった。
光の玉に動きは見られない。だが、マーラは軽く頷く。しばらくもしない内にゆっくりと光の玉が吸い込まれ始めた。
ゆっくりと、ゆっくりと、落ちていく様に皆が安堵の表情を浮かべ、大きく息を吐き出していく。
ハルヲはその瞬間全身の力が抜けその場に崩れ落ちると、マッシュがハルヲの肩に軽く手を置いた。
「やったな」
「お礼言ってなかったわ、ありがとうマッシュ」
「造作ない。二人が無事で良かったよ」
「ハルヲありがとう」
笑顔で近づいてきたキノをギュッと抱きしめた。
「キノもありがとう、クエイサー守ってくれて」
キノはポンポンとハルヲの頭に手をやって、満面の笑みを見せた。




