闇の中
ヤバっ。
ユラは振り下ろされる刃の数に危機を感じる。
反射的に横に跳ぶと刃先がユラの横を掠めていく。
ローブの袖がパックリと口を開き、腕の皮膚からチリっとした痛みが走る。
跳んだ勢いのまま転がり、闇に紛れようと茂みの中へと飛び込んで行った。
あっぶねぇな。
「おいおい、なんだ今のチビは? あいつにやれたのか? 勘弁しろよ、サッサと片付けと、あえよなぁ!」
フードを被った男がゆっくりと中央部へ歩み寄ると、イラ立ちを隠さず回りに当たり散らしている。
茂みの中から敵の姿を伺う、ヒューマン、亜人と人種は雑多。
フードを被っているヒョロいヤツが指示だしているのう。
アイツがここのリーダーか?
フードが邪魔で良く見えんな。
ユラの姿を求めて敵のランプが揺れ動いている。近づくランプ、燃えさかる炎の明かりを頼りに、敵の姿を確認していく。
女もおるな、なんかヘラヘラしてしまらんヤツらだのう。
「全く、もうちょっとマシなヤツ寄こせよ。どいつもこいつも使えねえな!」
フードの男がイラ立つ様子を隠さず、中央から辺りを見回していた。
!
背後からいきなり刃が襲ってきた。
咄嗟に前に跳び逃げたが、またしてもチリっとした痛みが背中から走る。
チッ!
「いたぞー!」
獣人の女か、夜目が効いてもランプくらい持てや。見えねえだろうが。
暗闇にだいぶ目が慣れたとは言え、獣人のそれと比べたら足元にも及ばない。
さらに茂みの奥へと逃げ込んで行った。
逃げ回っていても埒あかんぞ、どうする。
逡巡しているユラへ何発もの緑光が襲った。衝撃が地面を抉り、草葉と共に土や小石を盛大に巻き上げ土埃が舞った。
「チッ、外したか。おい! まだ捕まえらねえのか! チビ一人に何やってんだ!」
詠唱したか? ネインと同じやつか?
しかしあっぶねぇな、あのフード油断出来ねえぞ。
緑光、エルフか………。
土埃に紛れ移動する。獣人の目とフードの超短縮詠唱は注意だ。
フラフラとやる気のない感じで、ランプを左右に振っている男が近づいてきた。
息を潜め、頭を下げて近づくのを待つ。
今だな!
体のバネを使い飛ぶ、喉元目掛け手斧を勢いのまま振り抜く。
振り切った手斧が、首の右半分だけ肉を斬り取った。支える肉を失った首は、有り得ないほど左へ傾く。首から盛大に血を噴き出し、ゆっくりと倒れ込む男の手からランプを奪うと茂みの中を捜索するかのようにランプを左右に振って行った。
ユラはランプを頼りに暗闇へと進んで行く。
荷馬車を強引に盗むか、それをするにはちょっと無理あるな。
詠唱が厄介過ぎるぞ。
あのフードさえなんとかしちまえばどうにでもなるんだがな。
フードの男が文句を言いながら、茂みを探し始めているのが見えた。
捜索のフリをしながら距離を詰めていく。
小屋の火もだいぶ落ち着き燻り始めると、焼け焦げた臭いが辺りに充満していった。
行くか!
低く、低く!
ユラはランプを茂みに置くと態勢を低くし地を蹴り上げる。
地面スレスレを爆発的な勢いでフードの男へと近づく、男はまだ気がついていない。
ここ!
低い態勢から一気に体を伸び上げる、手斧握る手にギュッと力を込めそのまま斬り上げた。
!!
フードの男の口角が上がるのが見えた。
斬り上げた斧の刃先がフードを掠めていく。
しまった!
まるで読んでたいたかのごとく男は体を少しだけ引き、ユラの渾身をかわす。
ユラの目にフードの奥から蔑む粘質的な瞳が一瞬写った。
アックスピークと共に直ぐに暗闇へと紛れる。
月明かりを頼りに轍の軌跡を辿る。
道とも言えぬ、荒れた道にヘッグの軽やかな足音だけが響き渡る。
「ハハ、こいつはすげえ。お前さんやるな」
走るヘッグの首を軽く叩きながら感嘆の声を上げる。
ここまで速いと馬なんか比じゃないな。
マッシュは微かな光を頼りに、轍に集中した。
「まずいな」
マッシュはヘッグを一回停めると降りて道を調べる。
ここまで暗いと厳しいな。
木々の葉が重なりあい月の光すら通さない。完璧に近い闇が、マッシュ足を止めてしまう。
急を要しているってのに、参ったな。
轍を確認しては進み、また降りて確認する。
その繰り返しで遅々として進まぬ足に苛立つ。
これじゃあ、速い足の意味がない。
マッシュは嘆息していると、北東の方向からの煙が上がっているのが見えた。
大きくはないが爆発音も聞こえる。
ユラか?
行くしかないよな。
ヘッグに再び跨がると煙が吐き出ている方へと急いだ。
壁にもたれ、キノは再び息を潜める。
三人組の一人を倒し、ユラの混乱に乗じてリン達が残っている小屋へと飛び込んだ。
身を隠しながら窓を覗いていると、いくつものランプが揺れている。
リンの呼び掛けで正気を取り戻した人々が部屋の隅で抱き合い震えていた。
ランプが近づくと扉の影で息を潜める。
「あいつら何モタモタしているんだ?」
「知るか、面倒くせえ」
「なん………」
男が二人、扉を開き中へと入ると転がる二つの骸に声を上げようとした。
刹那、背後の扉が突然閉まった。
唐突な出来事に二人組は振り返ると、下から白い影が自分達へ向かってくるのが視界へ飛び込んで来る。
気がついた時には声を発することも出来ず、喉笛から血を吹き出すと骸の上へ重なりあった。
キノの両手に握られたナイフから、血が滴り落ちていく。
キノはまた身を潜めながら、窓の外へ視線を向ける。バチバチと燃え上がる小屋を見入る。
唐突に扉が開く。小屋に気を取られ、背後の扉の気配に気づけなかった。キノは急いで扉を閉める為に跳ぶ。
「何よ、これ!?」
狼人の女が重なり合う骸を見やり絶句する。
背後で突然閉まった扉に、女は最大の警戒を見せた。
ランプを持たぬ獣人の侵入にキノは焦る。ランプにばかり注視しすぎて注意を怠ってしまったのもあった。
キノは直ぐに女の喉元へと刃を向けるべく飛び上がる。
暗い部屋に火花が散る。女がナイフでキノの刃を受け、簡単に跳ね返す。
キノはすぐに構え直し、女と対峙した。
「なに?! アンタみたいなチビッコがコレやったの? アハハハ、嘘でしょう~」
女の乾いた笑いが、小屋の中に響き渡った。女は表情を引き締めると素早い動きでナイフを突き出す。
次から次ぎへと繰り出すナイフの刃は確実にキノを捕らえていた。
キノは両手のナイフで弾き、受け流す。
暗い部屋、切り結ぶ度に火花が散っていく。
キノはさらに姿勢を低くし飛び込む。女は上からキノに向けて刃を振り下ろす。
キノは体を捻り右へと跳ねる。目標を失ったナイフが想像していた以上に下へと向かうと床を叩き女は態勢を崩した。
その瞬間を狙い、キノは右足へとナイフを振り抜く。
女は咄嗟に足を引いた。当たりは浅く、致命傷は与えられなかった。ただ、ふくらはぎ辺りの腱には届いていたようで、女は足をひきずりながら、後ろへと下がって行く。
「いってえな! この野郎!」
女は怒り狂ったように吠える。
血走った目をギョロギョロと小屋の中を見渡す。
ひきずる足でうずくまっていた近くの女性の髪を掴み、持ち上げると女性の頬にナイフを突き付けた。
「キャアハハハハハ、形勢逆転だな! おい! ナイフを寄越せ!」
唾をまき散らしながら女が吠える。
まるで勝ったかのようにキノを見下していた。