鍛冶師の討伐クエスト ときどき狼
青く高い空の下、街の中心に構えるギルド本部へ向かい、キルロとキノは歩いている。目的はもちろん、寂しくなった懐を、潤す為の美味しいクエストを求めてのことだった。
街の中心に向かうほど、行き交う人は増えていき、喧騒は濃くなり、賑わいと活気を見せ始めていた。
「兄ちゃん、その蛇どうしたんだい?」
珍しい白蛇に、冒険者然とした男が唐突に話しかけてくる。
また来たよと、キルロはあからさまに顔に出し、鬱陶しいながら相手をした。
「たまたま仲良くなったんだよ」
適当に話を切り上げて、ギルドへ急ぐ。人が増えると絡んでくるやつも増えるから面倒くさい。その都度かまっていたらキリがないので、男が納得していようがしていまいが、この際どうでも良かった。
■□
ギルドに着くと採取や討伐のクエストを扱う1番の入口をくぐる。
ソシエタス向けの大型クエストの掲示板を横目に、個人向けのクエストが張り出されている一角を目指す。
「ごめんよ」
ごった返す人の波を掻き分けてたどり着いた先、掲示板に貼られている発注書を食い入るように見始めた。
掲示板を見つめる冒険者の目は必死だ。少しでも条件の良い美味しいクエストをゲットしようと、我先に手を出していくいつもの光景が繰り広げられている。
本来ならば鍛冶仕事を受注したい所なのだが、いかんせん手持ちのめぼしい素材は使いきってしまい、まともな鍛冶仕事は受けられそうにない。
この間のハイミスリルもほとんど使っちまったしな⋯⋯素材が欲しい。
採取系の掲示板も、人で溢れかえっていて、同じ状況だった。これといったものは、すでに取られており、ろくなものが残っていなかった。
討伐系を見てみるか⋯⋯。
キルロは、仕方なく隣に張り出されている討伐系クエストの掲示板に視線を移す。
正直、強いのはパスしたいんだよな⋯⋯。
だが、報酬はそこそこ欲しい。相反する願いと合致するクエストがあるとは思えない。どこで妥協するか、キルロ自身、悩ましいところだった。
そこに職員が現れ、掲示板に一枚の発注書を貼りだす。
オークか。
その発注書に、キルロの目はすぐにいった。
そこまででもないのに、悪くない報酬だ。
何枚か重ねてある一番上をはがし、再度確認する。
オークが数体、村の近辺を荒らしているという。よくある討伐系クエストだ。
枚数があるってことは、複数人の単独受注か。
難易度はそこまで高くない。
複数人であたるクエストの場合、パーティーでの推奨がほとんどで、複数人であたるクエストの単独受注は、あまり見受けられない。だが、パーティーを集めるという煩わしさがないのは独り身にはありがたかった。
だけど、単独の集まりなので、連携が取れないことが多いんだよな。
オークは確か多数で群れを作る習性はないはずだ。ということは、バラバラに現れているオークを各個、討伐すれば良いという事だ。
ありだな。
早速、手にした受注証を手に受付へ行き、制服の似合う凛とした美しいお姉さんに渡した。
「宜しく頼むよ」
「承ります。キルロ・ヴィトーロイン様、こちらの調教動物は、テイムナンバーはHa-553でお間違いありませんか?」
美人のお姉さんはあくまでもクールだ。
「ああ、間違いないよ」
「クエスト終了予定日から、1ヶ月以上の申告がない場合は、自動的にクエスト失敗となります。また、現段階で複数クエストを受注されていない場合、今回のクエストが終了するまで討伐、採取クエストの受注は不可となります。何かクエストの追加はございますか?」
「いや、これだけでいい」
「了承致しました。これにて受付は終了です。無事のお帰りを心よりお待ちしております。ハヴァ ナイス ハンティング」
感情をどこかに置いてきたんじゃないか? と思うほど見事な棒読みにキルロの感情も一緒に死んだ。
あ、でも、そうでもしていないとここはやってられないのか。
ある意味ここは人の死にもっとも近い場所だもんな。
■□■□
気のいい行商人の馬車に便乗させて貰い、目的の村を目指した。
そして、行商人に謝礼を渡して、別れを告げる。
村に着くとチラホラと討伐目的の冒険者の姿が目に付いた。単独ではなく、二、三人で簡易パーティーを組んでいる姿もあった。
ヒューマン、獣人、ドワーフなど人種は様々で、クエスト前だというのにリラックスした空気が今回のクエストの難易度の低さを物語っていた。
村の住人も、集まる冒険者の数に安心したのか笑顔が見える。村人たちは、歓談している冒険者に食べ物などを振る舞い、冒険者たちもそれに笑顔で応えていた。牧歌的な空気の流れる良い村だ。
さて、まずは情報収集しないとな。
冒険者からは碌な話は聞けそうもないので、村の住人に話を聞き、目撃情報を地図で照らし合わせていく。
西の方に目撃情報が固まっている。
群れないオークだから、もう少しバラけてると思ったんだけどな。
キルロは、“見間違えじゃないのか?”と思わず二度聞きしてしまった。その村人は、三匹程の群れを見たことがあるという。
群れないはずのオークの群れ⋯⋯。
まずは明日、西を探索してみよう。
翌日、キルロとキノは、地図に印をつけた西へ向かう。
高い木々に覆われている一般的な森で、道らしい道は無く迷わないようにナイフで印を刻みながら進んでいった。
「いないな」
キルロは、キノの頭に手をやり辺りを見回した。
しばらく当てもなく森をさまよっていると、空気が変わった。
キノが鎌首をもたげ、一点を見つめる。
(ゴァ⋯⋯)
北東から風に乗って微かな咆哮が聞こえてきた。
キルロは躊躇なく、音の方へと駆けて行く。
(ゴゴァ…)
バキッ! メキッ⋯⋯。
地響きと共に枝が折れる音が鳴り響く。
確実に近づいている。
キルロは、緊張をほぐそうと立ち止まり、大きく息を吐き出し、心音の高鳴りを抑えようと試みた。
真っ直ぐに音の方へ進む。すると、遠方に動く物体を発見した。
いた⋯⋯オークだ。
体長は200Mcほど、緑がかった固い皮膚に覆われ、下アゴからは長い牙が頬に突き刺さらんばかりに生えていた。筋肉の塊と化したずんぐりとした巨体を揺らし、邪魔になる枝を何事もないように掻き分けて歩いていた。
その姿に強烈な違和感を覚えた。
うん? オーク達?!!
三体のオークが、首を左右に振り何かを探しながら突き進んでいる。
言っていた通りだ。だが、三体同時はマズい。
「こっちだ!」
人の声が聞こえてきた。似たタイミングで発見した冒険者がいた事に、キルロはほっと胸をなでおろした。
人数次第では、なんとかなるだろう。そんな期待が、キルロの足を急かせた。
キルロは、現場へ急いで向かう。現場に近づくと5、6人の冒険者が目に入った。
この人数ならいける⋯⋯。
心が少し落ち着きを見せる。二人で一体くらいなら余裕だと、
キルロの中で余裕が生まれていた。
『『『ゴアアアァァアアアアーーー!!』』』
森に訪れる一瞬の静寂。それを掻き消す耳をつんざく咆哮。それが地響きとなり森を震わす。そして、咆哮の主に目を凝らす。淡い期待を無残にも消し飛ばす、圧倒的な存在を視界が捉えた。
「なんだよ⋯⋯あれ⋯⋯?」
誰に言うでもなく、キルロの口からこぼれ落ちる。姿はオークなのだが、通常のオークの1・5倍はある巨躯。緑というには余りにも黒みかかった皮膚。その異質感にキルロは困惑してしまう。
その異質な姿に立ちすくんだ。
心に鳴り響く警鐘が、本能的に体を硬直させていた。
その黒く太い腕が放つ一振りで、太い木が根っ子からいとも簡単に抜き取られ、地面へと投げ出された。その圧倒的な力は、キルロから抗う力を奪い去った。
あれはヤバい。ヤバすぎる。
キルロはその光景に目を見開く。体中の毛穴が一気に開き、鳥肌が立っていた。
体は無意識に危険信号を察知する。
間違いない、あれは亜種だ。
圧倒的な力を見せつけている、亜種との遭遇に、テンション上げて突っ込んで行く冒険者が目に入った。
気勢を上げて飛び込んで行く冒険者達。その姿は無謀にしか映らない。
「止まれー!!」
キルロは反射的に叫んでいた。
「なんだビビったのか、だったら大人しくしてな」
突っ込んで行く冒険者が、キルロの制止など意に介さず、血走った目で言い放ち、突っ込んで行ってしまう。
それを機にして、他の面子も突っ込んで行ってしまう。
勇気と無謀を明らかにはき違えている。
「退けって!! 亜種だ! 手に負えねって! 一回引き返せー!! おいっ!!」
キルロは、ありったけの声で制止を試みるが、冒険者達は全く取り合わない。まるで、恐怖をどこかに置いて来たかのように、突っ込んで行く。
嘘だろ⋯⋯そんなもん勇気じゃねえ、自殺行為だ。
そんなもどかしい思いなど、冒険者たちには届かない。
「おい! ⋯⋯!?」
再度呼びかけようとするキルロの腕をありったけの力で引いてくる、眼鏡を掛けた狼人が横に立っていた。
「退くぞ」
狼人は、そのままキルロを現場から離していく。
「ちょっと待て、まだヤツらが⋯⋯」
「無駄だ。アイツらはカコの実を齧ってやがる」
「カコの実を!? 本気か?!」
カコの実。その実を齧ることで、恐怖心はなくなり、多幸感に包まれるという。
だがその反面、冷静な判断が出来なくなり、ただひたすらに突っ込むことしか出来なくなる。
「知らねえ、バカなだけだろう」
「バカなだけって⋯⋯」
能力が上がる訳ではない。心を麻痺させるだけのもの。こんな所で使っていいわけがない。
そんなもの、自殺行為に他ならない。圧倒的なレベル差を前にして、冷静さを失うなんてありえない行為だ。
「おまえさんはどっちだ? 蛇と一緒にここで死ぬか?」
狼人の眼光鋭い睨みに、反論など出来るわけがなかった。
「ちきしょう!」
キルロは、キノを一瞥し、諦めたように声を上げた。悔しさを噛み殺し、狼人の言う通りオークの群れに背を向けた。
『『ゴギュッ! ゴギュッ! ゴギュッ!』』
耳に届くのは、肉と骨が潰れるイヤな音。そして、助けを求める悲鳴が鳴り響き続ける。




