果樹の森
「まあまあ、落ち着けって」
「落ち着けるか!」
「怒るなよ」
「怒ってない!」
溜め息吐いたり、息巻いたり。
ハルヲの感情は目まぐるしく揺れている。キルロはなだめてはみたものの、火に油を注ぐ結果となって頭を掻いた。
キルロは鼻息荒いハルヲをさて置き、マナルとカズナに顔を向けていく。
「マナル、カズナどうだ? まあ、ピンとは来ないだろうがヴィトリアなら信用出来る人間が、アンタらを見守ってくれるぞ。そこは保証する」
キルロはキャッキャッっと、はしゃいでいる子供達を見ながら、二人に問い掛ける。
マナルとカズナに視線を交わしあい、どうしたらいいのか困惑の色を深めていた。
今までの暮らしを捨てろと言っているのと一緒だ、そら、すぐに答えは出せないのは当然か。
分かってはいるが、何時までもこうしている訳には行かない。村にとっても兎人にとってもそれは言える。
キルロは頭を掻きながら逡巡する。分かっている、無理強いは出来ない。
あとはどう判断するかは本人達にまかすしかない。
マナルは俯き、カズナは上を向き、目を閉じている。
いろいろな考えや思い全てを鑑みて答えを見出さなくてはならない。
不安や恐れもある。
キルロは二人の邪魔にならないように少し離れて見守る事にした。
「マッシュ、襲って来たヤツら、また居住地を襲ってくるかな?」
「どうかな。襲ってくるなら、もう襲っているとは思う。欲しい物はもう手に入れたんじゃないか。それが何かはわからんけどな。ま、襲ってくる確率はゼロじゃないが低いと思うぞ。ただ、前の居住地は止めとくのが良策とは思う」
思考の波に漂うマナルとカズナの二人を見つめながら、マッシュは答えた。
キルロもマッシュの答えを聞きながら、マナルとカズナを見つめる。
欲しい物。
やはり話せない酔わせる何かって事なのかな。
そんなもん手に入れたらヤバイよな、対抗策とかあるのかな?
ダメだ、考えてもわかんね。
キルロは思考を切り替える。
襲撃の件はマッシュに任そう。何せよ、村に説明して納得して貰わないと。
まずはそこからだ。
ひとつ大きく息を吐き出し、頭を切り替えていく。
キルロとハルヲは村へ戻った。
果樹の森について説明と交渉だ。
説明で納得して貰えればいいのだが⋯⋯。
村が逼迫している様なら、他人に気を使う余裕はない。
こじれるとしたらその辺りになるか。
早速、代表のウストランを探す。
村を見渡しながら村の中を歩いた。しばらくうろつくと、住人と話しているウストランを見つける。
「おーい!」
キルロの呼びかけにすぐにウストランは気が付き、キルロ達の方へ向かってきた。
「お疲れ様です、どうでした!」
ウストランはすぐに様子を尋ねる。表情からは問題解決への期待が溢れ出ていた。
“場所を移そう”と借りている家屋の居間へと三人は移動し、テーブルを囲むと本題に突入する。
「結果から言うと果樹の森は解放される。モンスターも問題なくなる。最初に言っていた果樹の森についての問題は、ほぼほぼ片付いた」
ウストランから安堵の笑みがこぼれ落ちた。
生活を取り戻す目処が出来たんだ、当然か。
「ありがとうございます!」
ウストランはキルロの手を握ってきた。
苦い笑いを返す事しか出来ない、本題の本題に突入だ。
「ただまだ片付いていない問題もある。というか起こってしまっているんだ」
ウストランはキルロの言葉に困惑した表情を浮かべる、モンスター以外の問題はないはずだ。
ウストランに思い当たる節がない。
「果樹の森の壁の向こう側に亜人の隠れ里があったの。ずっと昔から、アナタがお話ししてくれた昔話は実在していたのよ。その村が何者かの襲撃を受けてしまい、その居住地は壊滅してしまった。たくさんの犠牲者が出て、行き場を失い、今果樹の森に100名程が避難しているの」
「えっ!!」
ハルヲの説明にウストランは、ただただ絶句する。
目を見張り二人を見つめる。
ま、そうなるよな。
「果樹の森には一時的な避難で、新しい定住先についてはもう提案もしているし、どう動くか考え始めている。ただ100名がすぐに移動って訳には行かないのが現実だ」
「と言われましても……」
ウストランは困惑の色を深めるだけで、これと言った打開策を見出す事はしない。
村の利益を守るのが彼女の仕事だ。
マナルやカズナにまかせろと言った手前、ここはなんとしてもいい結果に持っていきたい。お互いにとっていい形を模索したいところだがどうだ。
「お気の毒だとは思いますが、私共にも生活があります。すでにここ何日も仕事できない状況で、この状態がさらに続くということは、村の存続にも関わる事態となります。果樹の森から引いて頂くよう説得して頂けないでしょうか」
ウストランはそう言うと深々と頭を下げた。
キルロは頭を上げるようウストランの肩に手を置く。
ようは収穫が出来ればいいんだよな。
「一定の収穫量の確保を約束するから数日で構わない、面倒を見ろとはいわないから果樹の森に留まる許可を貰えないかな。その時間で彼らの移動と移動先の準備を整える」
「もし、あなたが今コイツの言葉で考える余地が生まれたなら、一度果樹の森へ行ってみない?」
ハルヲはキルロに続きウストランに言葉を掛けると、ウストランは逡巡する素振りを見せる。
キルロとハルヲは黙りウストランの思考の着地を静かに見守る。
ウストランは静かに頷いた。
「とりあえず、行ってみましょう」
「ありがとう」
ウストランの答えにキルロは笑みと共に感謝を述べた。
「迷惑をかけてしまって本当にゴメンナサイ」
マナルがウストランに頭を下げるとカズナも頭を下げる。
ウストランは目の前の見知らぬ人種に驚き、目の前に広がる疲れ果てた人々の群れに、心臓を鷲掴みされた息苦しさを感じていた。
ウストランは上を見上げ木々の実に目を向けると、息をひとつ大きく吐いていく。
「顔を上げてちょうだい。私たちの村も裕福ではないから、あなた達全員を受け入れる事はできないけど、ここに短期間ならいて貰って構わないわ。私たちにしてあげられるのは、それくらいしかないからね」
ウストランの言葉にマナルとカズナは再び頭を下げた。
キルロ達も顔を見合わせ安堵した。
「ウストランありがとう。感謝するよ」
キルロの言葉に軽く首を横に振る。
「この状況を見せるのはちょっとズルいですよ。でも、この方々は苦しいにも関わらず果物を乱獲して、荒らした様子が見受けられませんでした。最低限だけ取っていたのでしょうね。今から多めに収穫出来れば、止まっていた分は取り戻せます。村も大丈夫です」
ウストランはキルロに笑顔を見せる。
横で話を聞いていたマナルがキルロとウストランに顔を向けた。
安堵したのか目に涙が溜まっている。
その姿をみたウストランは笑顔を返し、軽く頷いた。
「本当に兎人がいるとは思わなかったわ。村の皆もあなた達に合いたいって言うでしょうね。とりあえず簡単なスープくらいなら振る舞えるから、一度村に戻って皆に事情を説明してくるわ」
「ありがとうございまス。果物の収穫の際はお手伝いさせて下さイ。そんな事しか出来ないのデ⋯⋯」
マナルは再び頭を下げ、ウストランの申し出に感謝を述べる。
ウストランはマナルの肩に手をやり安心させると村へと戻った。
なんだかんだ言ってもウストランも兎人達の為に動いてくれる。
「良かったですね。今までお伽話のように、何人もの人を助けていたのです。救われなかったら悲しいと思いますです」
フェインは兎人達を眺めながらキルロに声を掛けてきた。
確かにフェインの言う通りだ。
今まで散々助けてきた結果がこれで終わりなら報われない。
助けられた人の分も含めて今、恩返ししないでどうする。
「だよな。フェインの言う通りだよ」
キルロはフェインに笑顔を向けると、マナルとカズナの側へ向かった。
「良かったな、分かって貰えて」
「はイ、ありがとうございましタ」
マナルの晴れやかな顔に自然と笑顔がこぼれる。
「で、決まったか?」
キルロはマナルとカズナに率直に問いかけた。
二人とも眉間に皺を寄せ俯き加減になる。
答えが出ず思考が同じ所でぐるぐると回ってしまって、答えにたどり着けずにいるのだ。
「そうか。じゃあ、もう皆でヴィトリアへ来い。行けばなんとでもなる」
二人とも少しばかり唸る感じで決定打というほどにな至らない。
一族を背負う荷は重いのも分かる。
そんな二人を見つめながらキルロは続けた。
「アンタ達は今まで森で傷ついたり、迷ったりした人達を何人も救ってきたんだ。オレ達にその恩返しさせてくれよ。果樹の村のヤツらだって同じだ。アンタ達が今までしてくれていた事が報われたっていいじゃないか」
キルロは二人にニヤリと笑うだけだった。
二人は顔を上げお互いを見やるとキルロに顔を向ける。
カズナは何度も頷き、マナルはこぼれそうな涙を堪えた。
「よろしく頼ム」
「まかせろ」
カズナの言葉にキルロはニヤリと笑い即答して見せた。
ドーン!バーン!で問題解決とかじゃなくてすんません