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夜風

 イリアの謝罪する姿を家族は茫然と見つめる。

 何が起きているのか分からず、首を傾げ呆気に取られているだけだった。

 キルロは宙を仰ぎ、他のメンバーも苦い顔でどうとらえたらいいものか逡巡している。

 俯き泣き臥せるイリアに、掛ける言葉をハルヲは探す。

 この人は根っからの悪人ではない、救う余地はあるはずだ。


「全てお話していただいてもいいですか?」

 

 ハルヲは落ち着いたトーンでイリアに語りかける。

 黙って頷き顔を上げると泣き腫らした真っ赤な目をハルヲに向けた。

 嗚咽を漏らしながらゆっくりと口を開いていく。


「キルロ達が来る事をシバトフに話すとしばらくして、キルロ達がここに来るのはかなり芳しくない、出来る事なら消すとまで言われたのです。手を貸す事を強要され断れず、賊の手引きをしてしまいました。ホントにごめんなさい」


 イリアはキルロの方を向き何度も謝罪した。

 キルロはどう受け取ればいいのか困惑している。

 消すとは頂けない、なぜそこまで。

 唐突にフェインが口を開いた。


「あれ?! でもお母様が手引きした事で未遂で済んだのは? と思いますです。賊が言っていました“部屋のヤツを痛めつけろ”って言われたと。シバトフに殺すように指示したけどそれはしなかったって事ですよね」

「弱かったヤツらな、言っていた、言っていた」


 イリアは、フェインとユラの言葉に黙って頷いた。


「それはある意味お母様が団長の命を救ったって事になりますね。シバトフが手引きしていたら団長を消すというのが前提で雇っていたのではないでしょうか」

「だな。シバトフが厄介なヤツを送り込んでいたら結果は変わっていたかもしれない」


 ネインとマッシュもイリアの行動が結果的に未遂で済んだことを強調した。

 なるほど確かにそうだ。

 シバトフに殺すよう指示されたのにしなかった。

 その時点で殺意はないし、ネインの言う通り命を守ったって事に結果的にはなった、それは間違いない事実だ。


「イリアさん、シバトフに握られた弱みとはなんですか? もし良かったら話して頂けませんか?」


 ハルヲは引き続き落ち着いたトーンで話す。

 罵詈雑言を覚悟のうえの告白に対して皆が罵ってこない事で、少し落ち着きを取り戻していた。

 家族の面々もやり取りを見聞きし、イリアの落ち着きと共に落ち着いていく。

 イリアは意を決したように顔を上げた。


「シバトフから毎月お金を頂いていました」


 この発言にマッシュの目つきが変わった。真剣さを増し、上目でイリアを見つめる。


「ちなみに毎月いくら貰っていたんだい?」


 マッシュは低いトーンでイリアに向かい言葉を放つ。

 イリアは腹を決めた。マッシュをしっかりと見つめる。


「2万ミルドです……」

「ぇ?!」

「へ?」

「え?」

「たったそれぽっちか?」


 ユラの一言が全てを語っている。

 言いように使われたのに額が小さ過ぎる。

 マッシュも大きな額がイリアに流れたと構えていたのだ。苦笑いでまなじりを掻いた。

 イリアも意を決して放った言葉のはずなのに、思っていた反応と違い戸惑いを隠せない。

 他の家族達は顔を見合わせ、何が何やら理解出来ていなかった。


「ぶっははははははははは」


 キルロが突然膝を叩いて大笑いを始めた。

 ぶっ壊れてしまったのかとハルヲは目を見開く。

 腹抱えて笑い“くるしいーくるしいー”と一人で悶絶していた。その姿に皆が戸惑う。


「いやあ、2万とはな。お袋、普通の所なら30万は毎月貰っていても可笑しくないぞ。だろ? マッシュ?」

「30万どころじゃないぞ。それこそ300万貰っていたってここは問題ない」

「皆も悪かったな、金の価値ってのが、ウチはホントに分からないんだ。そこを言いように使われたな。お袋も、もう気にすんな。結果的にはなんもなかったんだ」


 イリアも家族も呆気に取られ、先程とは違った意味で困惑の色を含めていた。


「シバトフに言いように使われたって事だ。この治療院、ウチの家族全てを」

 

 キルロは鋭い目つきで言い放つ。

 怒りの矛先を失い、心の処理が追いつかないようにも見える。

 家族の面々に怒りはなく、戸惑いばかりが目についた。


「ご家族の方々はシバトフに怒りとかはないのですか?」


 ネインが家族を見渡しながら問いかける。

 イリアは俯き加減でいるだけで反応はなく、父ヒルガや兄のアルタやクルガはお互いを見回し、肩をすくめる。


「怒りはないです。裏切られて悲しいはありますが」


 長兄のアルタがネインに答えた。

 キルロが言っていた事を思い出す悪意に対してすら優しい、こういう事か。

 ただこうなると、それがいいのか悪いのかハルヲには判断がつかなかった。



 とりあえず襲撃事件に関して全容はわかった。

 イリアの事はキルロを含めた家族に任そう。

 私達が出来るのはここまでね。

 事務長室にはマッシュとネインが向かった、コソコソ行く必要がないので二人で念入りに調べると言ってはいたが、見つかる可能性は限りなく低い。

 金の流れは分からずじまいか。

 他殺と考えると手際が良すぎる。

 さすがにイリアが犯人って事はない、実行出来るとは到底思えない。非現実的だ。

 ハルヲは手入れの行き届いた庭で夜風に触れながら、バラけている思考の欠片をかき集めてはまたバラす。

 溜め息をついて空を仰ぎ大きく伸びをした。


「こんばんは、ちょっといいかな」


 ヒルガの声が聞こえたので振り返る。


「こんばんは、どうかされました?」

「いやいやお姿が見えたので、今回はいろいろありがとう。あなた方が居てくれて本当に良かった」

「私達が来なかったら、こんなきな臭い事に巻き込まれずに済んだのではないですか? 特に奥様は大丈夫ですか?」


 ハルヲの気遣いに空を見上げたままヒルガは視線を向けた。


「ご心配なく。どうやらキルロに考えがあるらしいので、きっと大丈夫でしょう」


 そういうと視線をまた空へ向けた。


「そうですか? それはそれでちょっと心配ですけどね」

「フフフフ、そうですか。でも素晴らしい仲間に恵まれているから大丈夫でしょう。これからも宜しくお願いしますよ」


 笑みこぼしながらヒルガは答える。

 佇む二人に夜風がそよぐ。


「キルロがなんでシバトフと仲悪いかご存知ですか?」

「いえ、あまり昔の事を語りたがらないので」

「あの子がまだヒールを覚えたての頃、治療院の外に裏通りの子が現れてね。キルロが話しかけると病気のお母さんが家で寝ていると。それを聞いたキルロはお母さんの所に通ってヒールをかけ続けて随分と良くなった。しかし、シバトフにそれが見つかって勝手な事をするなと注意され行動を監視されるようになってしまったのですよ」

「それであんなに……」

「それがきっかけに過ぎなかっただけで、事あるごとにキルロはシバトフに楯突いて疎んじられていたのです。あの子はウチの一族で唯一心に勇気を持っていた。怒りって勇気がいるのですよ。私達には勇気がないから怒れない、あの子にはある。だから私と兄弟が後押ししてここから出したのです。シバトフの下にある治療院の事は気掛かりにはなったようですがあの子はここにいてはいけない、外に出ていかなきゃいけない」


 ヒルガは笑みを湛えハルヲを見つめた。


「あなたみたいな素敵な人にも出会えた。あの子は出て行ってやはり正解だった。これからも宜しくお願いしますね。長くなってしまった、失礼しますよ」


 ヒルガはウインクして去って行った。

 どことなく茶目っ気のある人だな。

 裏通りの子か、話しを聞きながらエレナを思い出した。

 あれ?

 あなたみたいな素敵な人って言ってなかった?

 あれれれ!?


 ハルヲの熱を帯びた頬を、夜風が冷やしていった。


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