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廊下

「妙齢の女ね⋯⋯」


 キルロの話を聞いたハルヲの口元から言葉が零れ落ちて行く。

 雇われた女?

 いや大金を扱ったのだから本人よね。持ち逃げされたら終わりだわ。

 夕食前に一度集まり、話を持ち寄り考えをすり合わせていった。


「もう少し詳しい話を聞きたかった所だけど、主犯の詳しい所は知らなさそうね」

「だな。金で雇われ慣れているヤツらなら、率先して事情なんて知りたがらない」


 ハルヲとマッシュが持ち寄った話を整理していく。


「でも、ユラ良く覚えていたわね。月明かりしかなかったでしょう? 良く顔が分かったわね」

「うん? 顔? そんなもん暗くて分かるわけなかろうよ」


 ハルヲの問いかけに小首を傾げながらユラは答えた。

 キルロとフェインが絶句する。


「いや、ちょっと待て、待て。自信満々で殴りに行ったろう。違っていたらどうするんだよ」

「ですです。わざわざ手をかざして口元まで隠して、目だけ見てこの人って、おっしゃったんで信じましたですよ」

「そんなもん声掛けたら逃げ出したんだぞ。後ろめたい事のひとつやふたつある輩だろう。殴った所でどうってことなかろうよ」

「かもしんないけどさ」

「当たりだったんだから良かろうよ」

「そうですが……」


 ハルヲはやり取りに頭を抱え、マッシュは腹を抱えて笑っていた。


「いやぁ、面白いなぁ」

「面白くないわよ! マッシュの方はどうなの?」

「シバトフ(事務長)の横領の証拠は見つけた。金の流れはまだわからん」

「早いわね」

「まあね、額がヤバいぞ。一人の飲み食いでどうにかなる額じゃない」


 マッシュはハルヲに視線だけ送り、額の大きさを強調した。

 それだけで相当な額というのが重々伝わってくる。


「ただ、あっさりと見つかり過ぎなんだよな。まるで見つけてくれと言っているみたいな感じで⋯⋯。引っかからないと言ったら嘘になる」


 マッシュはそう続けると宙を仰いだ。その引っ掛かりが何なのか、自身にも見えていないのがこちらにも分かった。


「そうなの? あ、でもそんなあっさりなら、この間どうして見つけられなかったのかしら?」

「そういう事だ。ちょっと漁ったらすぐに見つけた」


 ハルヲとマッシュは二人して宙を仰ぎ見る。


「あえて見つけさせる。メリットってあるのでしょうか?」


 ネインがぽつりと呟く。


「目先をシバトフに向ける事でメリットのあるヤツがいるかどうか⋯⋯」

「もう少し探らないと見えてこなそうね」

「だな。とりあえずこっちは引き続き調べよう」

 

 ハルヲは大きく溜め息を漏らす。

 何かが霞むように覆っていて、スッキリしない。


「そういえば、手引き出来そうな妙齢の女性って誰かいるの?」

「う~ん、昔からお手伝いさんとしているユリー?」

「⋯⋯あとお母様もですよね」

「あ! そうか。二人ともピンとこないし、想像もつかないな」


 眉間にしわを寄せながらキルロが答える。

 言いづらそうにフェインが付け足したが、現時点で外すわけにはいかない。

 家族を疑うのは難しいし、苦しいわよね。

 しかも、あのお母さん、暴力とは一番遠くにいる感じ。

 ハルヲはキルロに視線を向けながらそんな心苦しさを感じていた。





 これといった進展が見られないまま時間だけが過ぎて行く。

 実行犯は見つけたが、そこはもうどうでも良い。

 何か見落としているのかしら?

 何かに縛られて見落としている……。

 考えはまとまらず、バラバラと欠片になって頭の中に散りばめられる。

 手引きした主犯を見つけない事にはどうしようもない。



「もう、シバトフを問い詰めようぜ。証拠あるんだろ?」

「う~ん、横領の証拠はあるけど問い詰めて吐くかな。それこそ自分で使ったって言い張られたら、その先問い詰めようがないんだよな」


 キルロの焦りにマッシュが冷静に答える。

 ここまで来て逃げ切られると全てが水の泡だ。

 “うーん”とキルロは腕を組んで唸る事しか出来なかった。



「ハルヲさんどう? 進展はあった?」


 柔和な笑顔を湛えた母イリアがハルヲとのすれ違いざま声を掛けてきた。

 ハルヲは一瞬戸惑いを見せる。

 正直に言っていいものかどうか、オブラートに包んだ答えをすべきか。


「実行犯は捕らえました。あとは主犯だけです。ご心配をお掛けして申し訳ありませんが、すぐに安心して頂けると思います」


 ハルヲあえて真実を少しばかり誇張して答えた。

 進展がないと答えてしまうと無関係であれば不安を煽ってしまうし、関係しているのであれば安心をあたえ余裕を作らせてしまう。

 あえて誇張することで無関係なら安心を関係者なら焦りを生み出せる。

 咄嗟にそう考えて、イリアに笑顔を見せた。

 イリアが無関係でありますように、心の隅にある思いが顔を出す。


「そう。頼もしいわね」


 少し間が空いたが、穏やかにそれだけ言うとイリアは去って行った。

 ハルヲはそれを静かに見送る。顔を出した複雑な思いを、また心の隅へと押し込んだ。



「親爺、鍛冶屋改装したいんで、金貸してくんない?」

「唐突だな。お前も知っているだろう、ウチにお金ないの」

「もちろん。でも稼いだ金は治療院にあるはずだ。なんとかなんねえかな?」

「う~ん、私の一存ではなんとも」


 夕食が一段落した席でキルロが前触れもなく金の無心をした。

 唐突の問いかけに父ヒルガは戸惑いを見せる。


「つか、今いくらくらいあんだろうな? 兄貴達も知らねえか?」


 二人の兄も肩をすくめ“さあ”と言うだけだった。


「お袋……は知らないか」

「そうね、私もさっぱり」


 と口元に笑みを浮かべ即答した。


「親爺悪いんだけど、いくらあるかシバトフに聞いてくんねえかな? オレから言うと角が立つからさ。頼むよ?」

「聞くのは構わんが……ま、聞くだけならいいか」

「宜しく」


 キルロはヒルガに笑みを向けると、ヒルガも溜め息まじりの笑顔を見せた。


 種は蒔いた。

 キルロは視線だけハルヲに向けると、一瞬だけ目を合わせていく。

 イリアがシバトフと繋がっているとしたら、廊下での会話も含めて外堀は埋めた。

 何にせよ金の動きは知られたくないはずだ。

 もし繋がっているならプレッシャーとなって、何かしらの動きを見せるに違いない。

 逆に何も動きがなければ、限りなくシロという事で手引きした人物から外せる。

 キルロに申し訳ないが確証がない限りは、やはりリストからは外してはいけない。

 こちらの仕掛けが、キルロにとって吉と出るか凶と出るのか。しばらくはスッキリとしない心持ちが続く。



 夕闇が屋敷を包む。

 ランプの灯りが照らす廊下を、警備の名目でハルヲは静かに歩を進める。

 部屋でじっとしていても思考が堂々巡りしてしまうだけなので、少し体を動かし頭も動かしたい。

 複雑に絡んでいるのか、絡んですらいないのか。

 遠くで鳴く虫の声だけが耳を掠める。


 バンと大きな扉の音が聞こえた。

 玄関から誰か入ってきたのが分かる。

 賊が襲ってくるような深い時間でもない。

 誰がこんな時間に外から戻ってきたのだろう?


「ハル!」


 ハルヲの視界にマッシュが飛び込んで来た。

 珍しく焦った様子を見せて、肩で息をしている。

 マッシュは息をひとつ大きく吐き出し自分を落ち着かせていた。

 落ち着きを少しばかり取り戻すと、足早にハルヲの耳元に顔近づける。


「シバトフが死体であがった」


 ハルヲはマッシュの言葉に全身が粟立った。


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