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鍛冶師と調教師 ときどき勇者と 【改稿中】  作者: 坂門
鍛冶師と白蛇ときどき調教師
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鍛冶師と猫ときどき調教師

 作業の合間の中休み。キルロは額から滴り落ちる汗を拭いながら、小さな中庭で日中ぼっこしているキノを、開け放した窓から眺めていた。

 中心街からは外れているとはいえ雑多な生活音が混じり合い、静かに耳を掠める。窓から感じる風は、拭いきれなかった額の汗を撫でて行き、体に溜まった熱を冷ましてくれた。


 平和だな。


 キノと出会った当初はバタついていたが、この生活にも慣れ、今やすっかり落ち着いた。

 キノ習性は、相変わらず不明なところも多いのだが、そんな事些細な事だ、多分と思い込もう。

 窓辺に腰掛けて、自分で淹れたお茶をすする。


『おじさーん』


 外から、少女の声が聞こえてきた。

 声の方に目をやると、猫人(キャットピープル)の、目鼻立ちがはっきりした将来美人になりそうな女の子が、こちらに手を振っていた。

 肩まである銀髪は、汚れなのか少しくすんで見える。耳がピコピコと動き、何かに興味津々なのが隠し切れていない。

 中庭の柵越しに佇んでいる少女から、キルロは何故か視線を外してしまう。

 

 ここにおじさんはいない。


「ゴーグルのおじさーん」


 むぅ。ちっがーう!


「お兄さん!」


 キルロは窓辺から、ちょっと不機嫌に返事を返した。


 おじさんではない。

 ここは、しっかり否定しておかなくては。何といってもこちらは、うら若き19歳だ。


「お、お兄さん、この子と遊んでもいい?」


 と、少女は柵の中にいるキノを指差す。キノも鎌首をもたげ、少女に向けて興味津々とばかり首を振っていた。


「叩いたり、いじめたりするなよ」

「しないよー」


 キルロが、笑顔で答えると、少女は中庭にいそいそと入り、キノを優しく撫ではじめた。


「蛇は怖くないのか?」

「怖くないよ。この子は大人しくて、いい子だもん」


 その様子を眺めながら、キルロは思考を巡らす。

 

 猫か……でも、この感じは、ハーフっぽいな。ヒューマン街にいるし、ハーフか。


「この子、名前はなんていうの?」

「キノだ」

「キノ~、いい子だね~」


 少女の呼びかけに、キノは嬉しそうに首を振って見せる。


「嬢ちゃん名前は?」

「エレナ⋯⋯エレナ・イルヴァン」


 いくつくらいかな? 10才くらいか?

 その割りにはしっかりしてるよな。だけど、着てるものは、ちょっとボロいのは何でだ?


「エレナ、今日学校は?」

「行ってない」

「んじゃあ、友達は?」

 

 エレナは、首を何度か横に振るだけだった。 

 キルロは、“そっか”と、軽く相づちだけ打つ。そうこいしていると、エレナとキノで今度は追いかけっこが始まり、キャッキャッと中庭を走り回った。

 

 楽しそうなので、しばらくは放っておくか。

 

 キルロは、背もたれに体を預け、人心地つける。

 だが、笑顔で走り回っていたのもつかの間、エレナがへたり込んでしまった。窓辺から見ても、エレナの顔色は、芳しくない。


「どうした? 大丈夫か? 顔色も良くないぞ」


 キルロは、近くまで行ってエレナに声を掛ける。

 近くで見ると顔は少し煤けていて、正直少し臭った。


「大丈夫、ちょっと疲れちゃった」

「少し休むか。キノおいで、エレナも中に入んな」


 テーブルに腰掛けさせ、キルロは、カップに入れたミルクをエレナに手渡す。

 

「これ、飲んでもいいの……かな?」

「ミルクくらいで遠慮なんかすんな飲め」


 キルロは、ニッと笑みを見せる。エレナはカップに入ったミルクをしばらく眺め躊躇していたが、口をつけると一気に飲み欲した。


「美味しい……」


 と、エレナは空になったカップを握りしめつぶやいた。

 

「もしかして腹が減っているのか? なんか食うか? 簡単なものならあるぞ」


 エレナは、ブンブンと激しく首を横に振る。


「お父さんが“ほどこし”は受けるなって」


 施し?

 ヒューマン街にいるって事は父親がヒューマンで、母親が猫人(キャットピープル)かな?。

 

「その親父さんは、どうしているんだ?」

「うーん、月の日から仕事でクエスト? に行ってる」

「月の日って昨日か?」

 

 エレナは、また首をブンブンと横に振った。

 

 え? それじゃあ、一週間以上前って事か。


「じゃあ、お袋さんが⋯⋯」


 また、首をブンブンと横に振る。


「お母さんは知らない……」


 握りしめたコップを見つめながら、エレナは呟いた。

 

 え? という事は、一週間以上こんな小さい子供が、一人で暮らしているのか。


「生活費はどうしてる?」

「お父さんが置いていってくれる。50ミルドあったけど今はこれだけ……」


 ポケットからジャラっと出した。

 テーブルの上に置かれた残金は、2ミルドしかなかった。

 

 一週間で50ミルドって?! 二日ももたねえぞ。


「で、親父さんは、いつ帰ってくるんだ?」

「うーん、わかんない」


 エレナは、ちょっと不格好な笑顔で、返した。

 

 この生活がエレナの中での普通なのか。

 しかし、残り、2ミルドじゃ何も買えねえぞ。


 キルロはちょっと気まずそうに俯く、エレナを眺めていると、キノも何故か心配そうに、エレナを見つめていた。

 キルロは、ポンと、ワザとらしく手を打ち、満面の笑みを見せる。


「エレナは、キノともう友達だよな」


 とエレナに問い掛けた。

 エレナの表情は、一気に明るくなり“うん”と力強く頷く。


「じゃあ、友達のエレナにお願いがあるんだ。聞いてくれるか?」

「なぁに? 聞くよー」

「いい子だ」


 キルロは、エレナの頭をグシャと撫でた。エレナのボサボサの頭はクシャクシャとなったまま。


「キノはさ、人が食べるのを見せないと、食べないんだよ。キノに、これは食べられるんだよって、教えてやってくれないか?」


 エレナは、状況がイマイチ飲み込めていない様子だったが、キルロは、お構いなしに続けた。


「キノおいで、エレナが見本見せてくれるってよ」


 キルロはニヤリとエレナに視線を送ると、キノもそれを見てエレナを見つめた。

 キルロはエレナの眼前に、パンとフルーツ、そして干し肉と簡単なスープを並べた。


「エレナ、キノに見本を見せてやってくれ」


 エレナは戸惑いを隠せず、キョトンとしながらテーブルの上やキルロの顔、キノをせわしなく見回す。


「エレナ、友達の為だぞ」


 キルロは、あらためて優しく説いた。

 

「い、いただきます」


 エレナは、一心不乱に食べていく。だが、キノに気がつき、食べるスピードを落とすと、フルーツやら干し肉を自分が食べるのをしっかりと見せて、キノに分け与えていった。


「エレナ、動物(モンスター)は好きか?」

「うん、怖いのは嫌いだけど」

「そうか……そういやぁ、エレナって、いくつだ?」

「14」

「え? 14!?」


 今度成人じゃないか。随分と幼く見えるな。

 もしかして、慢性的な栄養不足とか?


 キルロは、エレナとたわいもない会話を続けながら、考えを巡らせていた。

 こんな子達を全部救う所か、エレナひとりでさえ、救うなんてきっとおこがましい。救ってあげたい気持ちとそんなでしゃばったマネすべきではないと相反する思い。思考は、同じ所でグルグルと空回りを起こし続ける。


 あっ!

 そうか!

 友達の為だ。


 自分の言葉が自分に返ってきた。

 不遇な子の為じゃない。

 キノの友達の為だ。


 なんだ単純な事じゃないかと、キルロは笑顔で、二人を見つめた。


「あ!おじ……お兄さんの、お名前教えて」


 今、おじさんって言ってなかったか。

 

 わざとらしく不貞腐れて見せると、エレナが照れ笑いした。


「キルロだ。宜しくな!」


 “フン”と、キルロは笑顔で答えた。

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