調教師(テイマー)達
打ちつける雨が重く感じる。
終わったはずなのに得もしれぬ徒労感が、パーティーにのし掛かり続けた。
誰も何も言わず。
佇むもの。
座り込むもの。
膝を折るもの。
誰しもがじっと一点を見つめ、思いを整理していた。
「熊さん、かわいそうね」
キルロの袖を引っ張りながらキノがポツリと呟いた。
「そうだな」
キノの頭に手をやる。ぐしゃぐしゃの濡れた髪の毛の感触。
打ち付ける雨が重くのし掛かる。思いを流してはくれない。
鬱々と積もる空気が、雨と共に停滞した。
「なあ、岩熊弔ってやらないか? アイツのおかげでオレらは助かったんだ。それくらいしてやろう? それくらいしかしてやれない」
「だな」
マッシュは小さく相槌を打つと、膝に手をやり立ち上がった。
「ハルさん」
膝を折ったまま動けないハルヲに、フェインが手を差し伸べた。
うなだれたままハルヲは、フェインの手に自分の手を重ねていく。
二つに切断されてしまった岩熊に一礼した。
助かった。ありがとう。
その思いを伝え、転がっているすぐ脇を掘り進めた。
雨に濡れた地面はいとも簡単に掘られていく。
埋葬の準備が整うと拾った枝で十字を作り、キノが摘んできた花を一輪供え全員で弔った。
「進もう」
スピラの荷物をハルヲとネインに分担して背負い、ケルトをスピラに括り付ける。
フェインとマッシュを先頭にして、また一歩踏み出した。
「アンタさっきひっぱたいたでしょう」
しばらく歩いているとハルヲがキルロの後ろから言葉を掛けてきた。
“仕方ないだろう”と言おうとすると腿裏に蹴りが飛ぶ、何度も何度も蹴りが飛んでくるが段々と弱々しくなっていく。
気が付けば嗚咽まじりの深い溜め息だけが飛んでくる。
調教師として誰よりも想うところがあるに違いない。
飛んできた、その深い溜め息から、それが感じられた。
「誰か来ますです」
フェインが前を向きながら伝えてきた。
こんな所で? 関係者だろうが何をしているんだ?
目を凝らすと三人程近づいてくるのが見て取れた。
でかいな、ハーフドワーフ? の女性、それとヒューマンと獣人、犬人の女性かな。
「ケルトのパーティー? じゃないな? 【スミテマアルバレギオ】か」
長い赤毛をたなびかせ大柄で肉感的なハーフドワーフが声を掛けてきた。
目鼻立ちのはっきりした美人だが芯の強さをそこはかとなく感じさせる。
腰に備える大剣が強者であることを雄弁に語っていた。
「ああ、ケルトはそこだ。応急処置はしてあるが、早く治療をさせてくれ」
キルロはスピラが運んでいるケルトに首を振ると、ハーフドワーフの女は声を掛ける。
「ミアン!」
呼ばれた犬人は少し気怠そうに視線を交わすと、どこかへ駆けて行った。
「大丈夫だ、先行して準備させておく。話しは後だ、レグレクィエス(王の休養)へ急ごう」
キルロは何度も頷き一行はハーフドワーフの先導のもと歩みを進める。
気がつくと雨は止んで灰色の雲が空を覆っていた。
「お疲れさん、【スミテマアルバ】。到着だ。荷下ろし済んだら一息入れろ」
目的地、最北のレグレクィエスへ到着する。
肩に食い込む荷がやたらに重く感じた。
【アウルカウケウスレギオ(金の靴)】がいたレグレクィエスより一回り小さい集落だが30人程が世話しなく動いている。
ここが最前線か。
「スミテマアルバお疲れ! ヤクラスだ、よろしく」
道中を共にしていたヒューマンが挨拶してきた。
握手を交わし挨拶を返す。
“後はまかせろ”とヤクラスが荷下ろしを仕切ってくれた。
ヤクラスにまかせて濡れた体を拭い、人心地つく。
「少しは落ち着いたか?」
先導してくれたハーフドワーフが休んでいるテントに顔を出してきた。
一同は黙って頷き返すと、ハーフドワーフも大きく頷き口元を緩めていく。
「挨拶が遅れた。【イリスアーラレギオ(虹の翼)】副団長のミルバ・ユクストだ。ようやく顔に生気が戻ってきたな。ケルトも大丈夫、時期に目も覚める」
皆を見回しながらミルバは笑顔を向ける。
「団長のキルロ・ヴィトーロインだ。世話になるな」
ミルバに手を差し出し、しっかりと握手を交わす。
各メンバーとも挨拶を交わすと、ドカッとミルバは胡座をかいて座る。
膝に頬杖をつき、キルロに真っ直ぐ目を向けた。
「何があった? ケルトのパーティーは全滅だろ?」
キルロはフゥと息をひとつ吐き出し、道中の話を始める。
熊に導かれケルトのパーティーにたどり着いた事、双尾蠍に出くわした事、ありのままを伝える。
頷きながら黙ってミルバは聞いていた。
「そんな所かな。結局、ケルトパーティーや岩熊に救われて、ここまでたどり着けたって感じだ」
「そうか。しかし双尾蠍ねえ、ツイてなかったな。アンタ達だけでもたどり着いて何よりだ。ケルトのパーティーの事をアンタらは気に病むな」
話を聞き終わるとそれだけ言い残し、ミルバはテントをあとにした。
気に病むなと言われても、しばらくは無理だ。
諦めて自然に身を委ね、時が経つのを待つしかない。
「ケルト起きたわよ」
ミアンと呼ばれていた犬人が休んでいる所に声を掛けに来てくれた。
キルロとハルヲが、ケルトが治療を受けているテントに足を運ぶ。
テントの中へ入るとケルトがすぐに顔を向けてきた。
顔色は良くないが時期に戻るだろう。ただ話を聞いたのか目には力が無かった。
「すまなかったな、迷惑かけちまって」
憔悴しきった表情でケルトが声を掛けてきた。
キルロもハルヲも首を横に振る。
「そんな事ない、アンタの岩熊がオレらを助けてくれたんだ。だから助けられたのはこっちだ」
「!! アイツがアンタらを連れて来てくれたのか……そうか……」
ケルトはキルロ達に背を向け、肩を震わせる。
ハルヲがキルロの袖を引くと耳元で“私、ちょっと無理……”とだけ囁きテントをあとにした。
しばらくして落ち着いたのか、ケルトが深く息を吐くとまたキルロの方を向く。
「なあ、悪いがアンタらの道中を詳しく教えてくれないか?」
「構わないよ」
キルロは何度となく頷き話し始めた。
パーティーを見つけ何もしてあげられなかった事を詫び、岩熊にどれだけ助けられたかを語る。
最後に岩熊を皆で簡単に弔った事を伝えると天井を見上げ嗚咽を漏らす。
「あ…⋯りがとう…⋯」
嗚咽まじりの感謝の言葉を受けキルロは嘆息する。
いつの間にか戻ってきていた、ハルヲがケルトを見つめる。
「あの仔ね、最後までアナタを守っていた。傷だらけになりながら助けを求めパーティーの敵を討つ為に制止を振り切ってまでして飛び込んで敵を討った。アナタとあの仔がどれだけ信頼しあっていたか………アナタいい調教師ね」
それだけ言うとハルヲはまたテントをあとにする。
ケルトはハルヲの言葉に人目もはばからず涙した。
キルロもテントをあとにするとあたりはすっかり暗くなり、夜になって晴れたようだ。
見上げると満天の星が瞬いていた。