岩熊(ラウスベア)
翌日。
一雨来そうなほど重苦しい雲がかかる中、予定通りケルトのパーティーは出発していた。
スミテマアルバのメンバーは疲れから早朝の見送り時に起床できた者はおらず、起きた時にはケルトのパーティーは影も形もなかった。
団長のアッシモに見送れなかった事を謝罪すると笑いながら言う。
「休むのが今のあんたらの仕事だ。気にすんな」
とキルロの肩をバンバン叩いた。
言われた通りに休んで、しっかり準備しよう勝負は明日からだ。
地面を叩く水の跳ねる音で目が覚めた。
どんよりと灰色の空がのしかかる。
「雨か」
「鬱陶しいな」
キルロの呟きにマッシュが灰色の空を見上げ、言葉をこぼす。
サーベルタイガーのスピラと大型兎のアントンにも雨具を被せ、雨への準備を進めていく。
余計な体力を削られる。だが、こればかりは諦めるしかない。
「焦らずに行けよ。ケルト達がきっとうまくやっているはず、大丈夫だ。前に進む事だけを考えろ」
「そうだな、焦らず行くよ。いろいろありがとう」
アッシモの“気をつけて”の声に、手を振って答える。
打ち付ける雨の中、北に進路を取った。
雨足は出発時から変わらず、道端に水溜まりを作っていく。
濡れた地面がぬかるみ、足元が滑って歩みを遅らす。
足の運びは慎重になり、パーティーの歩みはゆっくりとしたものになっていた。
唯一の救いは重なり合う木々の葉が雨除けとなり、打ちつける雨を和らげてくれている。
「しかし、鬱陶しいな」
「仕方ありません、ボヤかずに行きましょう」
「ネインは真面目だな」
キルロとネインが軽口を叩き合う。
雨とはいえ今の所は順調に歩みを進めていた。
頭から被っている雨具はすでに余り意味をなさず、体中が濡れて気持ち悪い。
寒さがないぶんだけマシか。
ケルトのパーティーのおかげで、歩みは遅いが淡々と進むことが出来ている。
エンカウントが無いのは本当に助かった。
先頭を行くマッシュが唐突に止まれとハンドサインを出した。
端により息を潜める、パーティーの緊張が一気に上がる。
マッシュが林の奥の方を凝視したまま黙って指差す。
一同がマッシュの指差す方向に視線を向けていく。
のそりと何かを探すように四つ脚で徘徊する2Miはありそうな灰色の毛並みの岩熊の姿が見て取れた。
各々が緊張の中、武器に手をかける。
「ちょっと待って!」
ハルヲが小声で言い放つとマッシュの前に出て、岩熊を凝視した。
腰に備えている小さな皮箱から、細く小さい笛を出し口に咥える。
何も聞こえないが、岩熊は頭をもたげると笛の主を探す素振りを見せた。
「やっぱり、テイム済みよ」
ハルヲは岩熊に近づき、二本指を手前に曲げて見せると岩熊はハルヲの方へ一直線で向かってきた。
「良く分かったな」
「レグレクィエス(王の休養)で何頭かいたのを見ていたのよ」
「見分けなんかつかないけどな」
「本業よ、それくらい容易いわ」
キルロが感嘆の声を上げるとハルヲが自慢げに答えて見せた。岩熊はハルヲのそばで首を上下に世話しなく動かし、まるで何かを話しているかのように“オウ”と静かに何度も鳴いた。
「ケルトのパーティーのテイムモンスがはぐれたのか?」
「どうかしら? 荷物も持ってないし………この仔良く見ると細かい傷がそこら中にあるわよ、雨で血が流されてわかりづらいけど」
キルロがすぐにヒールを掛けハルヲは険しい顔つきで、岩熊の体を調べる。
「なあ、それってヤバくないか? 襲われたって事だよな」
マッシュの言葉に皆の緊張度合いが一気に高まり互いに視線を交わし合う。
岩熊は相変わらず世話しない動きでハルヲに何かを訴えっている。
「ちょっと見てくる」
「待て、皆で行こう。バラけるのは良くない」
「だな」
焦りの表情が出てきたハルヲをキルロが諫めると、マッシュもその意見に即答した。
少しそれるくらいなら皆で進んだ方がいい。
ハルヲが岩熊に寄り沿い、林の中を進む。
岩熊に手をあて落ち着かせていた。
その後ろを警戒しながら着いていくパーティーに緊張が漂い始める。
方向的には、ほぼ北に進んでいる。林の中を進んではいるが、林道に沿って進んでいるように思えた。
これなら大きな遅れにはならない。
岩熊は迷いなく一直線に進む。
しばらく進むと少し開けた場所に出た。そこには散乱した荷物が見て取れ、荒らしたというよりは、飛び散ったという方がしっくりくる散らかり方に背中からイヤな汗が滲む。
「ヤバいな」
「ケルトのパーティーか」
「多分そうでしょう」
マッシュの一言にキルロとネインが警戒しながら様子を伺う。
「ちょっと……」
ハルヲが指差すと、少し離れた所の枝にくの字で引っかかっているケルトの姿を見つけた。
急いで近寄るとその木の周りに引き裂かれ、潰れた骸が血の海をいくつも作っている。
余りの凄惨な光景に絶句し言葉を失った。間違いない何かに襲われたのだ。
吐き気に襲われ、必死に耐える。
吐く息だけが、深くなっていく。
ガリっと木を削る音で我に帰った。岩熊が幹を必至に引っ掻いていた。
ケルト!
キルロは急いで木に登りケルトを降ろす。
ハルヲが急いでケルトの様子を診ていく。
「息はある、アントン!」
「《レフェクト・サナティオ・トゥルボ》」
ハルヲはアントンのバックパックから点滴の準備を始め、キルロは即座にヒールを掛ける。
「フォロー、お願いね」
ハルヲが警戒を呼びかける。
マッシュ達は黙って頷き、キルロとハルヲを囲むように警戒態勢を取った。
降りしきる雨の中ジリジリとした時間を過ごす。
雨音が全ての音を吸い込んでしまう。
マッシュ達は目に見えないプレッシャーを感じながら、視線を激しく動かし、キノはテイムモンスター達を守るべくそばに寄り添っていた。
「とりあえず終わったが、血を流し過ぎている」
「そうね、点滴した所で焼け石に水って感じ。レグレクィエスに行けば治療進めるけど今はこれが限界。なんとか繋ぎ止めてはいるけど」
「フェイン、目的地まであとどれくらいだ?」
「順調なら半日かかりませんです」
意識の戻らないケルトを前に逡巡する、危険の少ない道を一日かけて戻るか一気に目的地へ向かうか。
「クソっ! 進むぞ。この状態で一日なんて無理だ」
「よし、行くぞ」
キルロの言葉にマッシュが肩に手をやる。
皆が頷き合い、再び前に進むための準備を始めた。