金の靴と青い蛾
「来たぞ」
穏やかな陽射しの中、ギルドから届いた依頼状を手にハルヲンテイムを訪れた。
ハルヲは確認すると、嘆息と共にキルロへと返す。
「⋯⋯北ね」
「皆に連絡はしとおく。準備を頼むぞ」
ハルヲは溜め息まじりで呟く。
キルロはハルヲンテイムをあとにするとすぐに準備を始めた。
ひたすらに街道を北上した。
街道を抜けると林道へと移り変わっていく。
整備されていない路に馬車の車輪が跳ねては軋む。
今回もアルフェンのパーティーメンバーは顔を出さなかった。いや、出せなかったが正解なのか。
今回は運ぶ荷が多い。ブレイヴコタン(勇者の村)からさらに北上し、レグレクィエス(王の休養)を目指す。
アルフェンの兄、アステルス直属の【アウルカウケウスレギオ(金の靴)】に合流して、そこからさらに北上予定となっている。
「【アウルカウケウス(金の靴)】ってどんな感じ?」
「学者系じゃなかった?」
「そうだな、強い学者さんって感じかな」
キルロの問いにハルヲが答えるとマッシュが付け足した。
その答えにキルロは視線を外に向ける。
「⋯⋯学者か……」
「なんか気になるの?」
キルロの口元から漏れた言葉にハルヲが声を掛ける。
キルロはハルヲに視線を向けると“イヤ”と首を横にゆっくりと振った。
脅威となるエンカウントもなくゆったりと進む。
襲撃への備えが心の片隅で鉛のように鎮座したまま、カタコトと鳴る車輪に身を委ねた。
「見えましたです」
フェインが指差した先になんの変哲もない小さな村が見えてきた。
あれが最北のブレイヴコタン(勇者の村)か。
「ご苦労様です。代表のシャロンと申します」
良く陽に焼けた健康的なヒューマンの女性が出迎えてくれた。
皺を刻む柔和な笑顔で手を差し伸べるとキルロもそれに答える。
最北を任されるということは相当に優秀な兵士なのだろう。
細々とした事を住人に任せてパーティーは次に向けて一息入れる。
まずはすぐ北のレグレクィエス(王の休養)を目指して【アウルカウケウスレギオ(金の靴)】に合流だ。
翌日、陽が昇るとすぐにシャロン達に手を振りブレイヴコタン(勇者の村)をあとにする。
次のレグレクィエス(王の休養)までは馬車で行けるということだ。
荒れた林道は車輪を軋ませる。
「揺れるな」
「街道じゃないからな、林道に毛が生えた程度の道でしかない」
「贅沢は言えないか」
キルロのグチにマッシュがつき合ってくれる。不思議とエンカウントが少ない。
少し手応えのある厄介なヤツが現れるかと身構えているが、肩透かしだ。
「いいんだか悪いんだか、せめてエンカウントの少ない理由が分かればな」
「そうですね。この間のトロールみたいな例もありましたしね。油断は禁物です」
今度はネインがキルロのグチにつきあってくれる。まじめなネインらしい答えだ。
油断は禁物だがどうにも気持ちが緩む。
眠れるほど快適でもなく、注意しなくてはならないほどの緊張もない。
空気だけが緩慢になり、意識がぼんやりと漂った。
半日ほど揺られると拓けた場所が見えてくる。第一の目的地に無事到着した。
先日の所より一回りくらい小さな集落だが人が多い。
この小さな集落に50人はいるだろう。
周りを見渡していると一人の男が近づいてきた。
「よお、【スミテマアルバ】ご苦労さま。オレが【アウルカウケウス(金の靴)】の団長のアッシモ・ラルトフだ。宜しく」
「お疲れさん、【スミテマアルバ】の団長キルロ・ヴィトーロインだ。宜しく頼むよ。団長が前線にいるなんて珍しいな」
「机の上より体動かす方が性に合っているからな」
柔和な笑顔を見せる壮年のヒューマンと挨拶を交わす。
眼鏡をかけているせいか理知的なにおいはするが、体は意外にもがっちりとしている。
きっとマッシュが言っていた通りなのだろう。
「随分と若いな。しかし、とうとうアルフェンも直属を持ったのか」
「ウチは出来たての小さいソシエタスだからな、皆若いよ。そういやアルフェンはなんで直属持たなかったんだろ?」
「さあな、ちょっと変わったヤツだからな」
「それは分かる」
アッシモは肩をすくめて見せると、視線が交わりふたりで笑った。
やっぱりアルフェンは変わったヤツか。
マッシュが離れた所で狼人と話しをしている姿が見れた。
“マッシュ!”と声を掛けると手招きされる。
ふたりとも同じ綺麗な灰色の毛をしていた。
「団長、兄貴だ」
「ええっ!!」
確かにマッシュと毛色だけではなく、顔立ちもどことなく似ていた。
しなやかなイメージのマッシュと違いがっちりと屈強なイメージがする。
キルロのびっくりした様子を見て皆が集まってきた。
「どうしたの?」
「マッシュの兄ちゃんだって」
『ええええっー!』
ハルヲにキルロが答えると皆一斉に同じリアクションをとった。
「おい! おまえさん達、オレだって親兄弟くらいいるさ。どっかから沸いて出てきたわけじゃないぞ」
「そうだけど、ねえ⋯⋯」
「ですです」
渋い顔を浮かべて苦笑いのマッシュに、ハルヲとフェインが互いに視線を交わす。
「ハッハー、面白いヤツらとつるんでいるな。まさかお前がパーティーに入るとはね」
マッシュの兄は笑いながらスミテマアルバを見渡す。
「兄貴のキシャ、キシャ・クライカだ。【ブラウブラッタレギオ(青い蛾)】の……あれ? 今副団長だっけ?」
「何年前の話だ。とっくに副団だ。さっきマッシュに教えて貰ったから紹介はいいぞ。しかし、こいつの相手大変だろ」
「うん? そんな事ないぞ。なあ」
キルロが皆の顔を見回してキシャに笑みをこぼす。
「相当助けられているわね」
「ですです」
ハルヲとフェインがキシャに答えると“えーっ”と心底意外そうな表情を見せた。
「ま、相性いいとこ見つかったならいいか。こいつの事宜しく頼むよ」
「こちらこそ、どっちかって言うとウチらが世話になりっぱなしだ」
キルロは笑みを浮かべてキシャに答える。
「そうなのよー、マッシュは良くやっているのよ」
急にキノが深く頷きながら上から目線でキシャに答えると、一同が爆笑して場が一気に明るくなった。
「そうかいそうかい、良かったよ。いいとこに加入したようで何よりだ、ウチらはもう出発だ。またどこかで会えるだろ」
笑い声を上げながら、キシャは手を振り去って行った。
ここから北東を目指すということだ。
「ここには、いろんなソシエタスが集まっているんだな」
「ここはちょうどへそなんだよ。どこに出るにも使い勝手がいいのさ」
キルロの呟きにいつの間にか後ろに立っていたアッシモが答える。
後ろの気配に気づかなかったキルロは、ちょっとびっくりした表情を見せた。
「ぉわっ、あんたか」
「キシャとは知り合いなのか?」
「うん? ああ、身内がいるんだ」
急な質問に言い淀んでしまった。
アッシモは笑顔を称えて“世の中狭いな”とキルロの肩を叩く。
「おたくの所は学者系なんだろ? なんか調べているのか?」
「ああ、そうだな⋯⋯黒素って何だか分かるか」
そんな事は考えた事もない。キルロはただただ宙を見つめ、首を傾げる事しか出来ないでいた。