レグレクィエス
「うん?」
ドワーフは目を凝らし、こちらに視線を向けていた。
ずんぐりとした筋肉質な体をフルアーマーで覆い、ブラウンの口髭がドワーフらしさをさらに後押ししている。
しばらくじっとこちらを見ているとおもむろに手を振ってきた。
「おーい! 大丈夫かぁー!」
心配してくれているみたいだ、キルロは手を振り返した。
「大丈夫だ!」
キルロの声を聞いたドワーフが駆けて来た。間違いない、ブルンタウロスレギオの誰かだ。
「ヌシ達大丈夫だったか、そうか良かった、良かった。しかしあいつの贓物は臭くてたまらんな。なにを喰らっていやがるのか」
鼻をつまみながらしかめっ面でドワーフが愚痴った。えらく人懐っこいヤツだ。
「ヌシら行商人か? こんなとこまで商売熱心なヤツらだの」
「こんな買うヤツいねえ所に行商人なんて、来るわけねえ」
「ジョークジョーク、ドワーフジョーク。ヌシらスミテマアルバの連中だろ、わかっとるわ」
キルロの肩をバンバン叩きながら一人で大笑いしている。
多分これ面倒臭いパターンとキルロは嘆息する。
「すると……あんたがリーダーだな。ワシはブルンタウロスレギオの副団長リグニス・モレシャだ。リグで構わん」
とマッシュに手を差し出した。
これ以上ないくらい複雑な表情を浮かべたマッシュが手を差し出し、握手を交わす。
「ぁあ、マッシュだ、マッシュ・クライカだ。なあリグ、申し訳ないがオレはリーダーじゃないぞ」
「なんと! これは失礼した、すると……あんたかハーフっ娘。すまん、すまんドワーフの血を受け継いでいるんだ、そらぁ優秀だわな」
マッシュがキルロを指さす間もなくハルヲに手を差し出した。もの凄く戸惑いながらもハルヲも手を差し出し、握手を交わす。
「ハルヲンスイーバ・カラログースよ、ハルでいいわ。リグ、私は副団長だけどこのパーティーのリーダーじゃないわ。リーダーはあなたのすぐ隣の男よ」
埒があかないと見たハルヲがキルロを指さすと、リグは驚嘆の表情を浮かべ怪訝な眼差しでキルロを見つめた。
「背負子じゃろ?」
「団長のキルロだ! よろしく、リグ~」
「ハ、ハハハ。知とった知とった。ドワーフジョークだ。よろしくリーダー」
絶対あのままだったらキルロが最後になっていたに違いない。イヤミ成分をたっぷり効かせたキルロの自己紹介に、リグの乾いた笑いを伴うリアクションでそれを確信した。
それはそれとして、キルロは手を差しだし、しかっりと握手を交わす。
「予定より早かったのう、さすが直属パーティー優秀じゃ。もてなす事は出来んが、ゆっくりとレスト出来る拠点へ案内しよう」
「それは助かる」
キルロが皆の声を代弁した。
今一番欲しているのは休養で間違いない。
リグの申し出に一も二もなく賛同した。
“こっち、こっち”とリグの手招きに着いて行く、道なき道を進むと眼前が突然と開ける。
大型のテントがいくつも立ち並び、いくつかのテントの屋根から煙が立ち込めていた。
人はまばらで20名程か、ドワーフやヒューマン、獣人の姿が見受けられちょっとした集落と化している。
「凄いな」
「うん? そうかいつも使っているから、なんも感じんな」
「運ぶのだけでも大変だろ」
「このまんま放っといているから大変じゃないぞ」
「え?! 誰かに見られたり、使われてもいいのか??」
「構わん、構わん。ここに来るヤツは勇者直属か迷った一般人くらいじゃろ? 迷った一般人がここにたどり着けたらラッキーじゃ、大概がモンスターにコレじゃろ」
リグは首に手を当てて見せた。
言われてみれば確かにそうだ。
「【レグレクィエス(王の休養)】。ここをそう呼んでいる。ここから北に向かう足掛かりだな。北方にもここよりかは小さいがいくつかあるぞ、ヌシらもきっと世話になるわい」
蓄えている顎ひげを撫でながら周りを見渡しているキルロに向けてリグは語りかけた。
「あそこの空いているテントを自由に使え、荷物下ろしたら補給品を貰おうかの。もう急ぐ事はない。のんびりやれや」
「わかった、そうさせて貰うよ」
リグは奥のテントを指差すと片手を上げ仕事に戻っていった。
大人5、6人がゆったりと過ごせる程の大きなテントを二つ貸して貰い、男女に分かれて荷物の整理を始めていく。
「こっちでいいか?」
「うん? ああ、それはあっちだな」
スミテマアルバが運んだ補給の品をブルンタウロスの指示を仰ぎながら納品作業を進める。
「結構あるな、お疲れさん」
犬人の男がキルロ達を労いながら手伝ってくれた。
慣れた手つきで次々に収めていく、ここからさらにリグのパーティーが北へ、別のパーティーが東へと荷を運ぶらしい。
「ここから北か、どんな感じ何だろう」
「過酷さは増すでしょうね」
ブルンタウロスの作業を見つめながら、キルロとハルヲは呟き合う。
「ヌシらのおかげで余裕持って準備出来たわ、感謝するぞ」
「いいよ、アンタらの方がキツイ仕事してんだから、手助けになったならなによりだ」
リグの言葉にキルロは笑顔で返した。
テントは快適で山越えの疲れを癒やしてくれる。
ブルンタウロスの連中も余裕持って準備出来たと、簡単な酒宴を上げて歓待してくれた。
その気持ちが嬉しく、スミテマアルバのメンバーは笑顔で酒宴に参加する。
気のいいヤツらが揃っているレギオだ、難しい話は置いといて今は笑い合おう。
一日のんびりと過ごさせて貰い、翌々日の早朝にレグ達と一緒にレグレクィエスを後にした。
「レグ、気をつけて!」
「ヌシらものう、また会おう!」
手を軽く上げ、互いの無事を祈るとスミテマアルバとブルンタウロスは道を分けて進んで行った。
荷物がなくなれば足取りは軽い。小物とのエンカウントはあったものの順調に歩を進める。
行きより早い時間に山頂を通過となり、あの景色は見られなくて残念ではあるが仕方ない。
木々のないゴツゴツとした岩場を進む。
寒さは厳しいが、この短期間で慣れた感もある。
しばらく下った所で、おもむろにキノがキルロの袖を引っ張った。
「キルロ、あそこ」
キノが岩場の上を指差す。
目を凝らして見上げると、白い大きな鳥の姿が見えた。
「おいハルヲ! あれアックスピークじゃないか?」
後ろからハルヲの肩を叩き、岩場を指差す。ハルヲの目に、こちらを見つめ佇む一羽のアックスピークが映った。