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アックスピーク

 宿泊先として用意してくれた簡素な一軒家。寝るだけなら充分過ぎるくらいだ。

 居間に全員集合し、夕食のもてなしに顔が綻びを見せる。

 温泉効果が大きかったのか、リラックスした雰囲気で、質素ながらも美味しい料理に舌鼓を打っているとラカンが静かに顔を覗かせた。


「皆さん、どうかそのままで」

「どれも旨いな」


 キルロは口をほおばらせながら片手を上げると、ラカンも笑顔を返した。


「後で地図上をご覧頂きたいのですが、この先は山道。しかも降雪地帯があります。下はこの通り雪など降っておりませんが、合流ポイントは山を一つ越えなくてはなりません。それほど厳しい山ではありませんが冬装備はあったほうがいいと思われます、無ければこちらで用意しますがいかがされますか?」

「そんなに寒いとは正直思ってなかったよ。山道の準備はしてきたけど雪山の準備まではしてないんだ。お願い出来るか?」

「もちろん。降雪量はそうでもありませんので、寒さ対策をメインに準備を致しましょう」


 こちらの希望にすぐに添えるとは、ここの住人も相当に優秀な中央(セントラル)の人間って事か。それに引き換えキルロも含め、防寒の必要性に気づけなかった自分達に立つ瀬がない。


「エンカウント率は高いのかしら?」

「こればかりはなんともいえません。大型種が小型種を蹂躙(じゅうりん)した後だと、エンカウント率は下がりますが、大型種とは余り出会いたくはないですな」


 ラカンの言葉にハルヲは眉間に皺を寄せた。

 どちらにせよ厳しい感じになるかもしれない。


「大型種は何が出るんだい?」

「ベアー系、こちらはそうでもないですがやはり出会いたくないのはトロールですね。北に行く程大きくなります。それと攻撃してくるとかではないですが、山には大型のアックスピークが生息していますよ。幸運を運ぶ聖鳥、見る事が出来たらラッキーですな」


 マッシュはフォークで空をクルクルと回しながら、ラカンの言葉を聞いていた。

 前に座っていたハルヲの目が泳ぎ、どことなくソワソワしているようにも見える。


「副団長殿、どうされたのですか? 落ち着きなく見えるのですが?」

「いや、その……アックスピークテイム出来ないかな~って……いや、そんな事言っている場合じゃないのは分かっているけど、いろいろと役にも立つし、いて困ることはないのよ……」

 

 ハルヲはネインの答えに声が段々小さくなって消えていく。

 もじもじと、そわそわと我が儘を言えない姿にキルロとマッシュが目を合わせ吹き出した。


「テイムなんてそんな時間掛からないし、状況にもよるが構わない。反対するヤツはここにはいないさ」


 “なあ”とキルロは皆を見回すと笑顔で皆頷く。

 ハルヲがちょっと照れ臭そうに俯いた。


「そもそもアックスピークってなんだ? 聞いた事ないモンスターなんだが?」


 注いだ果実酒を口に含みながらマッシュが尋ねる。

 マッシュでも知らないとは、かなりレアなのか?


「私も生で見た事ないのよ。西のテイマーが調教(テイム)に成功したって例があって、飼育法やらは文献に残されているのだけどね。大きなダチョウのような二足歩行が得意な鳥よ。空は飛べない、ただ人や荷物を乗せても、速さが余り落ちないらしいのよ。白くてフワフワした毛を持っていて寒さにも暑さにも強い。外敵が少ない寒い地方での目撃が多いって感じかしら、見る事が出来たら、それだけでもかなりレアよ」

「乗りたーい!」

「上手く行ったらね」


 キノが早々に鳥上の予約を入れる。

 いつも世話して貰っているハルヲの為にも、なんとかしてやりたいがこればっかりは運だよな。


「テイム出来るといいな」

「そうね」


 ハルヲが呟くように答えた。


 食事を終えるとラカンが手配してくれていた冬装備の準備がすでに出来ていた。

 食事をしている間に手を回してくれていたらしい。ブレイヴコタンの住人はやはり優秀だ。

 防寒用の外套、靴にはめるスノーシュ、暖を取る為の軽量炭、【ブルンタウロス(鉛の雄牛)】に渡す補給物資。

 結構な量だ。

 連れて来ている二頭、大型兎ミドラスロップのプロトンとサーベルタイガーのクエイサーの負担が増えてしまうので、キルロも荷運びに加わる事にした。

 ハルヲが運ぶとは言ったが、パーティーの火力を考えるとキルロがバックパック背負うのが理にかなっている。

 団長としては情けない感も拭えないが、現実的に行くべきだ。

 明日から歩く、今日はゆっくり休もう。

 早めの就寝で翌日からの行程にそなえた。



 翌朝、朝靄が濃いうちに出発する。

 フェインとネインを先頭にマッシュが前方、ハルヲが殿(しんがり)を努め、荷物を背負うキルロと動物達を守るキノ、プロトン、クエイサーが挟まれる形で林道を進んで行った。

 朝靄が落ち着き始めると針葉樹の隙間から陽がこぼれ始める。朝靄を吸った土の匂いが鼻をくすぐる。

 途切れ途切れの陽射し感じながら歩を進めると足元が土から岩へと変わり始めた。


「山に入って行きます」


 フェインの言葉通り、道がなだらかな上り坂となっていった。

 エンカウントの少なさが不気味だ。

 ラカンの言葉通り山道の勾配はそれほどキツくない。緩い勾配をパーティーはゆっくりと進んでいたが、順調すぎる歩みに少しばかり、集中力が切れてきた感が否めない。

 一息入れた方がいいのか?

 休憩をしようかどうするか迷っていると、ハルヲが何かに気がつき、上の岩場を見上げ驚きを持って満面の笑みを浮かべた。


「いた! アックスピークよ……本物」


 ハルヲは静かだが抑えらないテンションに熱っぽく告げる。

 視線の先には2Mi近い大きな鳥が2羽佇んでいた。

 真っ白な羽に立派な太い腿が見える。

 後ろに流れる小さめの黄色い鶏冠(とさか)を持ち一羽はオレンジ色の鋭いくちばしを備え、もう一羽は、鶏冠はなく青っぽい短いくちばしを備えていた。

 つがいかな?


「綺麗な鳥です」

「だな」


 フェインが見惚れてしまうほど、その鳥は神々しい佇まいを見せ、その凛とした立ち姿は雄々しくもあった。マッシュもフェインと同じように初めてみるその白い鳥に見入っている。


「行ってくる。ちょっとだけ時間ちょうだい」

「焦るなよ」

 

 一同がハルヲを送り出す。

 ハルヲはゆっくりと相手に警戒されるのを恐れ、少しずつ近づいて行く。見ている側にも否が応でも緊張感が伝わって来た。

 ジリジリと近づいて行き、目の前まではもう少し。

 速くなる心音は抑えられないが、焦らないようにと言い聞かせる事は出来る。

 大丈夫、大丈夫と自分自身に言い聞かせた。

 腰のポーチからテイム用の小さなビスケットを取り出す。

 くちばしで食べやすいように手のひらで砕く。

 パキっと小さな音が鳴った。

 アックスピークは砕く音にピクッと反応する。

 ハルヲがその反応に、手の動きを止めて様子を伺う。

 アックスピークが気にする素振りを見せなくなると、ハルヲは砕いたビスケットをそっと口元に差し出した。

 少し匂う素振りをアックスピークが見せる。

 ハルヲは動かずじっと見つめタイミングを待つ。

 アックスピークが一口食べると、ハルヲが笑みをこぼす。

 ハルヲはじっと動かずアックスピークが口にする姿を見守る。


 “もう少し”


 心音がもう一段階速くなる。

 口から飛び出すかと思えるほど脈打っているのが分かる。

 

 《パクトゥムオムアエテルン》


 ハルヲがアックスピークに右手をかざして驚かせないようにと、囁くよう静かに詠唱する。

 右手から人の頭ほどの淡いピンクの光球がアックスピークへと少しずつ吸い込まれていく。

 下で待つ面々もその様子を、固唾を飲んで見守っている。

 半分程吸い込まれた。

 ハルヲはじっとアックスピークを刺激しないように細心の注意を払っている。

 少しずつ吸い込まれて行く、その様子をじっと見つめていた。


 “もう少し、焦るな”


 自然と口元に笑みがこぼれる。


 光球もあとわずか。


 後数秒で詠唱が完了する。



『『グゥゥゥゥ……』』


 低い唸り声が遠くから風に乗って聞こえてきた。

 アックスピークはその唸りを聞くや否や、岩場から飛ぶように去って行ってしまう。

 ハルヲが茫然となり掛けたが、怒りに我に帰る。


「アンタ達! 逃げ延びなさい!」


 去って行く後ろ姿に、ハルヲは叫ぶ。


「チッ! 誰だ」


 邪魔された怒りを隠さずハルヲは舌を打つと、岩場を駆け下り合流した。


「ハルヲざんねん」

「仕方ないわよ」


 キノの慰めにハルヲは肩をすくめた。


「こんどは何?」


 ハルヲは唸り声の主について尋ねる。マッシュが遠くを睨んだまま答えた。


「トロールだ」


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