ドゥアルーカ
「よお! 足の具合はどうだ?」
店先から、陽気な声が届く。まだ少し痛みの残る足で、キルロは椅子から腰を上げた。
「マッシュ、 帰ってきたか。まぁ、入れよ。足はボチボチかな、普通に生活するには問題ないよ」
「そうか、そらぁ何よりだ。ちょっと邪魔するぞ」
イスタバールから戻ったマッシュが、いつものように柔和な笑みを見せる。居間に案内して、湯気に立つカップを互いの前に置き、人心地つける。
「そういやぁ、ネインがウチに入ったぞ。近いうちに、あらためてだな」
「そうかそうか、いいヤツが入ったな。まあ、あの帰り際のやつの様子は、入りそうだったよな」
「だな。ハルヲが言っていたが、イスタバールはタントと一緒に、何かを洗っていたのか?」
「ハハハ。ハルは騙せなかったかぁ。残念ながら皆に発表出来るほどのネタは見つからなかったよ」
マッシュが苦笑いで答えて見せる。
「ついこの間シルが来てさ、勇者に抗するヤツがいるって教えてくれたんだよ。この間の襲撃の件が、ヤツらの関係だと睨んでシルが乗り込んで来たんだよ。まぁ、オレ達の話を聞いて、シルが追っている勇者の抗する者とは違うっぽいとは言ってたけどな」
キルロは背もたれに体を預け、後ろ手に手を組んだ。
「それは興味深い話だな」
「マッシュとタントが、何かを追っているって話したら、そっちは任すって言っていたぞ。そのうちシルから、接触あるんじゃないか?」
「そうだな。こっちもシルの話を直接聞きたいな。なんにせよ、ネインとの顔合わせもあるし、一度皆で集まらないか? 進展はさほどなかった話とはいえ、話しておきたい事もあるしな」
「わかった、近いうちに召集かけるよ」
「頼んだぞ、団長」
最後は笑みを湛えいつものマッシュが去って行った。
タントとマッシュでも進展なしか。
キルロの心の片隅に霞がかかるような、見えない不安が拭えなかった。
□■□■
「あちぃーなもう」
ひとりボヤきながら鍛冶仕事に精を出す日々。足が動かせないうちはこれしか出来ない。黙々と槌を振るう当たり前の日々を過ごし、汗を滴らせ火花を飛ばしていった。
ネインの装備も見直さないとだよな。今度集合する時に持ってきてもらうか。
久々のスミテマアルバ全員集合だな。知った顔同士とはいえ、マッシュとネインは加入してから初の顔合わせだ。
そんな事を考えながら、仕事に精を出していると、みんなと集まる時間になっていた。
□■
店に集合すると、早々に簡単な自己紹介と握手を交わす。ネインにシルから聞いた話をすると心底驚き、根がマジメなのだ、憤りを隠さなかった。
「それで、マッシュ、イスタバールでのお土産は?」
ハルヲがマッシュに成果を尋ねると、首を横に振りながらお手上げとばかりに両肩をすくめて見せた。
「結構厄介そうなヤツらだって、わかっただけだ。決め手になる証拠とかは全く残してなかった。正直、狙いも良くわからん」
マッシュから笑みは消え、諦めにも似た表情を見せる。
「騎馬と言えば、衛兵とか軍のイメージですと思います」
フェインの言葉にハルヲとキルロも頷く。
「確かにそうよね」
「だよな」
そして、フェインの言葉にハルヲとマッシュは逡巡する。
衛兵が市民を襲うか?
ちょっと考えにくいよな⋯⋯しかしどうなのだろ、もしかして、国によってはありえるのか。
考えれば考えるほど、思考が空回りする。
「ま、そっちは引き続き調べてみるよ。シルとタントと連携してな。そっちは、任してもらっていいかな?」
「もちろん! こちらからお願いするよ。頼むよ、マッシュ」
「申し訳ないけど、よろしくね。なんせウチは、団長がこれだからねぇ」
ハルヲが親指で雑にキルロを指すと、マッシュに笑顔が戻る。
「それと、タントからの伝言も兼ねて、今後の動きにも関わる事を話すぞ」
マッシュの真剣な声色に、皆の表情に緊張の色が現れた。その様子を見回しながら、マッシュは朗々と言葉を続ける。
「勇者アルフェンのパーティーメンバーが襲われた。治療師の若い娘だ。犯人は捕まっていないうえに、治療師の娘はパーティーからの離脱を余儀なくされた。それがアルフェンパーティーの開店休業状態の理由だ」
キルロは洞窟での出会いを思い出し、若い治療師の娘を思い浮かべる。
「その娘は大丈夫なの?」
ハルヲの問いにマッシュは首を傾げると、左目を縦になぞる。
「実際見たわけではないが、左目と両脚の膝から下をやられたらしい」
「え?!」
「嘘……」
皆が絶句してしまう。身近とも言える所で起きた、おぞましい事件にハルヲは背筋に冷たいものを感じた。これがもし自分のパーティーで起こったら⋯⋯と考えてしまい、震えが止まらない。
「命に別状はないが、そういう問題じゃないよな。犯人の事をアルフェン達は、【反勇者】と呼んでいる。今もアルフェンのパーティーメンバーが躍起になって、その【反勇者】を追っている」
「それじゃウチらも手伝うか?」
キルロが声を上げるが、マッシュは首を横に振る。
「気持ちは分かるが、アルフェン直属のパーティーってウチだけなんだ。今までは他の兄弟の余裕があるとこからパーティーを借りてこなしていたんだと」
「それじゃあ、なおのこと、ウチが手伝ったほうがいいんじゃないの?」
ハルヲもキルロと同じ意見だ。
マッシュはまたしても首を横に振った。
「ウチらはアルフェンパーティーの肩代わりをしないとならない。精浄なのか、運び屋をするのか、近いうちに要請が来るはずだ。ウチらはそれをしっかりとこなす、それが一番だ」
皆がマッシュの言葉に納得した。動けないアルフェンパーティーの肩代わりをする。
やれることをやればいいという、シンプルな思考の方が動きやすい。
「わかった。アルフェンのパーティーのフォローに当たろう。それと、念のため、警戒を怠らないようにしよう」
皆が真剣な目でうなずき合っていると、マッシュが思い出したかのように口を開いた。
「次の依頼は、【アルンカペレ】を基本使わない。ダミーの依頼だと、バレているっぽいからな。【ユクランカペレ】というダミーの商会に名義変更するそうだ。ただ、次は、ギルドを通さず動いた方がいいのか、アチラさんも頭を悩ませている。どういう形で依頼が来るのか、今は微妙な状態だ。コチラもその辺を頭に入れておいた方がいいだろう」
「わかった」
マッシュの言葉に頷く。皆思う事があるのだろう、口を開く者はおらず思考の渦に身を預けていた。
□■□■
翌日、解散時にネインから預かった装備一式を、早速弄っていく。
ネインの事だ、反対した所で前線に上がっちまう。ならば、防御力のアップは必須だ。それと同時に軽量でなければならない。相反する課題をクリアしていいものを作ろう。
前衛というには心もとないネインの装備。盾と軽量なレザーアーマー。
物自体は悪くないんだよな。
重くならないようにミスリルあたりを叩いて薄くして貼るか、皮も叩いて薄くすれば、余分な分をカット出来て同じ重量で防御力を上げられる。
よし!
キルロは、槌を握り熱せられた赤い鉄を叩き始めた。