コテージで休息ときどきエルフ
「今日はタントじゃないのか?」
キルロは見慣れた猫人の名を出すと大柄な男は嬉しそうに両手を広げて見せた。
何が嬉しいのかキルロはまったくわからず、クラカンを前に疑心を見せる。
「ヤツはヤツでなんかやっている、おかげでこっちは少しのんびり出来たぞ。何だったらもう2、3日潜ってくれてもよかったのだがな」
「勘弁してくれよ」
「ブァッハハハハ! ダメか。それは残念だ」
声を上げてクラカンは笑って見せる。どうやらここでパーティーの帰りを待っていたのだろう。嘆息しながらもキルロは採取した白精石をクラカンに手渡していく。両手からこぼれ落ちそうな白精石に、クラカンはまた笑顔を見せた。
「結構デカいな、3個か。上出来じゃないか」
「そうなのか?」
「普通この量だと2、3日は潜らないと取れんぞ。1日でこれだけ取れたら上出来。取れん事だってままあるしな」
クラカンは受け取った白精石を大切にしまっていく。その姿を覗き見しながらキルロは少しばかり表情を険しくさせた。
「そんなものか?」
「そんなもんだ」
「ただ、マッピングはあんまり出来なかったんだよな」
「そっちはオマケみたいなものだ、そう気に留めるな」
とりあえずノルマはしっかりとクリア出来たようで良かった。自分のせいでクリア出来なかったら立つ瀬がない。
「そういやアルフェンのパーティーとしての仕事はいいのか? あんたも抜け、タントも抜けて成り立つのか?」
「そっちは今ちょっとトラブっていてな、開店休業状態だ」
クラカンは、ばつが悪そうにまなじりを掻いた。どこかのパーティーがアルフェンパーティーの仕事をフォローしているのだろうか? キルロは少しばかり疑問を持ちつつも、納得して見せた。
「それじゃ、帰りの道中も気をつけろ。また宜しく頼むぞ」
“2、3日はのんびりしていくといい”と、最後に付け加えクラカンは去って行った。
その言葉に、フェインの目がキラーンと輝く。
「2、3日のんびりしていいのですね!」
鼻息荒くフェインが息巻く。
「私は店あるから帰らなきゃ、アンタもでしょう」
ガッツポーズしかけたキルロが、ハルヲの言葉にそのまま肩を落とす。“はい”、と、聞こえるか聞こえないかの小さな返事をした。その様子に、フェインも今まで見たこともない驚愕の表情を浮かべていた。
「⋯⋯私もマップの清書をしなければなりませんでしたです」
半端ない落ち込みを見せるふたりは、『はぁ~』と、揃って盛大な溜め息を漏らす。
「ハハハ、じゃあ代わりにオレが2、3日のんびりしてってやるよ」
マッシュが笑いながら言うとフェインは驚愕と怒りと羨望が入り混じった複雑な表情でマッシュを涙目で見つめた。
腕が動けば鍛冶仕事出来るからな、いいのやら、悪いのやらキルロも再度落ち込んだ。
「フェイン、足の具合どう? 調子悪いならウチにいらっしゃい。薬くらいならあるから」
「ありがとうございます、もうほとんど大丈夫です。あ、でも一度診ていただけますか?」
「もちろん」
「キノは大丈夫?」
「もう眠いよ」
「そお、寝てもいいわよ」
夕食を取りながらパーティーはとりとめない話に花を咲かす。ゆったりと流れる時間を謳歌している。
間延びしたこの空気が心地良く、気持ちをくすぐっていった。
□■
「ホントに、ホントに残るのですか? です」
翌日、ゆっくりと朝食を取り、マッシュ以外の面々が出発の準備を始めた。イスタバールに残るマッシュに、フェインはまだ恨めしそうに涙目を向ける。
「フェイン、諦めろ。人は時に諦めなくてはいけないのだ」
「バカ言ってないで行くよ! マッシュまた後でね」
フェインと同じく涙目のキルロを尻目に、ハルヲはサバサバと事を進める。
「ま、昨日の今日だ、大丈夫だと思うけど気をつけて行け。2、3日ノンビリしたら戻るから」
マッシュが軽く手を振る、キルロとフェインが馬車の後ろから『ぉおおおー』と手を差し伸べるが、ハルヲはそんなもの意に介せず手綱を引く。
遠ざかるマッシュがどんどん小さくなっていく。
馬車が大通りを抜け、街道に出るとたくさんの馬車が行き交う。たまに兵士が街道の警備に当たっている姿が目に入った。
帰りは賊の心配はなさそうだ。
安堵感と共に睡魔が襲ってきた、夜に向けて一眠りしておこう。
キルロは馬車の心地よい揺れに身を任せていった。
□■□■
「お疲れ様。またな」
「ギルドへは明日でも私の方で行っておくからアンタは大人しくしてるのよ」
「へいへい」
「お疲れ様でしたです」
店の前で下ろして貰い引きずる足で我が家へ入ると一気に疲労が襲ってくる。
窓から差し込んでいる柔らかな日差しが心地良い。キノと二人、ベッドに倒れ込み気がつくと翌日の朝になっていた。
眠気の抜けきっていない体に鞭打ち、久々に炉に火を入れる。そして、ボロボロになってしまった装備を直し始めた。
たった一回でせっかくピカピカだった装備がボロボロだ。
ゴーグルをはめ、槌を握り、叩き始める。
久々に見る火花に、日常が戻ったことを感じる。
傷ついた装備を叩き磨く。
あ! そうだ。
大人しくしていろと言われたが、日用品の買い物くらいいいだろう。
ついでに買いたいものもあるし。
「キノー、街行くかー?」
「行くー!」
元気な声が返って来た。
一段落したら街へ行くか。
□■□■
鍛冶仕事に追われていると、ギルドの手続きが終わったとハルヲから連絡が入ると、ネインとの受け渡し日を決める。マッシュはまだイスタバールを満喫しているのか戻っていない。マッシュは後回しにして、ミドラスにいる面子だけで、とりあえず報酬の山分けをする事にした。
「お久しぶりです」
ネインが小さな笑みを湛えて店を訪れた。大した日にちは経っていないはずだが、言葉通り久しぶりに感じる。ハルヲとフェインも現れ、互いに挨拶を交わし、改めて労を労い合った。
「あ、ウチは人数での単純割りなのでいいかしら? 少ないって事はないかと思うけど」
ハルヲの言葉にネインは驚きの表情を浮かべる。
「私は構いませんが、いいのですか? それで?」
「ウチの団長の方針なのよ、バカでしょう」
ハルヲが呆れた口調で答える。その横で目を瞑り、腕を組んでキルロは黙ってうなずく。ちょっと威厳を出してみたかった。
しかしバカは余計だ。
「いやぁ……、ありがとうございます」
微笑むネインに報酬を渡す。一人あたま7万ミルド。かなりいい額だ。当たり障りのない近況を話し合い、バカを言い合う。
「それはそうとネイン、考えてくれたか?」
キルロはネインを真っ直ぐ見据え問いた。
「はい⋯⋯お世話になろうと思います。宜しいですか?」
ネインが真剣な顔で答える、キルロは口角を上げハルヲとフェインに視線を送る。
「来てくれると思っていたよ。改めて宜しく。そしてようこそ」
キルロが手を差し出すとネインとしっかりと握手を交わした。
「宜しくね」
「宜しくです」
ハルヲも手を差し出し、フェインは両手を差し出して各々握手を交わした。ネインの表情からも硬さが和らいでいく。やはり緊張していたみたいだ。
「マッシュには改めてだな。いい報告になる」
キルロは、満面の笑みを見せた。
ネインカラオバ・ツヴァイユース加入。
またひとり頼りになる仲間が加わり、ハルヲとフェインも笑みを見せ合う。
別れ際に【スミテマアルバレギオ】が、勇者アルフェンの直属パーティーであることを、ネインに告げる。
だが、さして驚くでもなく、マッシュのようにすんなりと受け入れ、ネインは店をあとにする。
ハルヲはフェインとキルロの治療の為残り、まずはフェインの足の具合を診ていった。
「大丈夫そうね、動きはどう?」
「そうですね。ちょっと硬さがありますが、違和感程度です」
「それは動かしているうちに、きっと取れるわよ」
「はい」
フェインはグニグニと足を動かし、感触を確かめる。
「ほら、アンタも」
ハルヲが椅子をバンバン叩き、キルロに指示する。
頭を掻きながら座ると、痛めた足をハルヲに投げ出す。
ハルヲの両腿の上にキルロの足が乗っかり、ハルヲが患部の確認を始めた。
「お邪魔するわね~!」
入口から聞き覚えのある艶やかな声が聞こえ、居間へと誰かが向かってくる気配を感じた。
「シ⋯⋯ル⋯⋯!?」
ハルヲが目の前に現れた妖艶なエルフの姿に、その名が口からこぼれた。キルロは背中越しに“シル?”と首だけ向ける。
「あら? なになにその格好は? お邪魔だったかしらね。でも、邪魔しちゃおうかしら~」
「おい、なんだ、狭いって! おい! シル!」
弓なりの目でニヤニヤしながら二人の様子を眺めたかと思うと、キルロのすぐ隣に座りグッとキルロにくっついた。柔らかなシルの感触にキルロはドギマギし、顔がどんどんと赤くなる。
そしてハルヲは、その様子にどんどんと青くなる。
「や、止めて下さい! 今日はマッシュさんいないのですから!」
行動不能になりそうなハルヲを救えとフェインが声を上げ、キルロからシルを離した。
「あら、残念ね」
シルはちょっと口を尖らせて、フェインを軽く睨んだ。
「それはそうと何しに来たんだ? あと、シルの後ろでこっちを睨んでいるお姉ちゃんは誰?」
シルの後ろに緑が少し入った綺麗な金髪をボブに短く切りそろえたエルフ。
エルフには珍しくクリッと丸い目を持つ細身のエルフが、緑色の瞳でキルロとハルヲを睨みつけている。
「カイナ」
「すいません、シル様」
シルに窘められたカイナは、シルに直ぐ頭を下げた。
だが、顔を上げるとまた、キルロを“ふんっ!”と睨んだ。
(なんかこえーよ、このエルフ)
声に出せないキルロは、そっとカイナから視線を逸らしていった。
バカンスしたい!