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鍛冶師と調教師 ときどき勇者と 【改稿中】  作者: 坂門
イスタバール
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未開拓地

 キノが見つけたのを皮切りに、ポコポコと見つかるのではと思ったのだが、残念ながらそんなに甘くはなかった。

 パーティーは、周りの警戒を怠らぬよう慎重に探索を進める。

 少し移動してはその周辺を捜索して、また少し移動しては黒金岩(アテルアウロルベン)を探す。それをひたすらに繰り返していた。


「あった! あった!」


 キノがまた黒金岩(アテルアウロルベン)を見つけた。

 見つけていない大人の面目が立たず、キルロとハルヲは顔を見合わせ互いに肩をすくめ合う。

 ひっくり返すと前の物と同じように、ポコッとした膨らみが見て取れる。先程より少し小さいが間違いないだろう。


「キノは良く見つけられるわね。薄暗いから見つけづらいのよ」


 そう言って、ハルヲが嘆息する。


「だよな」


 目の良いマッシュまで嘆息まじりの同意を見せ、また地面を睨んだ。


「ありましたです!」


 今度はフェインが満面の笑みで岩を掲げた。

 

 キノに続いてフェイン⋯⋯まさか⋯⋯。


 キルロの中でなんともイヤな仮説がたってしまう。


「まさか、ピュアな(ハート)の持ち主じゃないと見えないとか、そんなんじゃないよな」

「だったら、私にだって見つけられるはずじゃない」


 ハルヲの言葉にどう反応するべきか、キルロは思わず固まると、“あ、探さなきゃ”と呟きハルヲから逃げた。

 ハルヲは怪訝な表情を浮かべ、そのままマッシュに視線を向けると、気づかないフリして視線を遠くへと向けてしまう。

 ハルヲはふたりの反応(リアクション)に、“フン”と鼻を鳴らして、辺り散らすかのごとく闇雲に草を刈り始めた。ハルヲのもどかしさを表すかのように、周辺に草の山が出来上がる。

 

「三つか、こんなものなのかな?」

「流石に想像すらつかないわね。多いのか、少ないのか」

「ま、ゼロじゃないし、見切りつけてもいいんじゃないか」


 キルロがアントンのバックパックにこぶし大ほどの白精石(アルバナオスラピス)を詰め込み、あらためて足を動か始めた。

 パーティーは西へと進路を変え、慎重に歩き始める。ここから先は未開拓地、より一層の警戒が必要だ。レストポイントから先、エンカウントしていないのも気持ちが悪さを増幅させる。

 パーティーは気を引き締め、視界を忙しなく動かしていった。

 鬱蒼とした木々が続く。未開拓地とはいえ、今までの印象とそう変わらない。パーティーは未開拓地を、奥へ奥へと進んで行く。


『グルゥ⋯⋯』


 スピラが足を止めると、前方に向けて低く唸った。サーベルタイガーの低い唸りが、パーティーに警戒を煽る。


「なんか臭いよ」


 キノも前方に向いたまま、異変を訴える。

 パーティーの警戒感がさらに上がり、皆が武器を手にした。

 神経を研ぎ澄ませ、ちょっとの異変でも感じ取ろうと集中を上げる。パーティーの視線は忙しなく動き、最大限の警戒に表情を引き締める。

 キルロは、何も感じ取れないのが逆に不気味さを後押しし、拍動は自然に上がっていく。


「マッシュ、見えるか?」

「いや⋯⋯」


 マッシュが前方を睨むが、小さく返事をするだけで、不気味な圧の根元が分からず、集中をさらにあげた。

 心臓がさらにイヤな高鳴りを見せ。

 スピラとキノが同じような反応を見せたという事は、間違いなく()()が、パーティーを捉えているに違いない。

 

 何も見えねえ。そんなに遠くから気配がするものか?

 

 キルロは不安だけが煽られ、見えない、分からない、という不安の種が徐々に芽吹き始める。


 !!


 マッシュが何かに気がついた。

 

 風が吹かないはずなのに草が揺れている。

 風?

 羽ばたき?! 


 マッシュが空を見上げる。

 (もや)が掛かった空は、陽光を遮っているだけで、そこには何もない。


「ァアア!」


 フェインが叫びを上げ茂みに引き込まれていく。フェインの体が、みるみるうちに草葉の茂みの中へ消えていく。


「下だ!!」


 マッシュが叫ぶ。だが、敵の姿が見えない。

 

 どこだ??

 

 キルロは戸惑い、思考が固まる。

 

 ダメだ! 止めるな!

 

 キルロは自分に言い聞かせ、思考をむりやりに動かした。


「マッシュ!」


 ハルヲが叫ぶと同時に、マッシュに槍を投げ渡した。咄嗟の判断。この敵が見えない状況で、長ナイフでは不利と判断をした。それが正解かどうかは分からない。だが、思考を止めてはいけないと、ハルヲは頭をフル回転させ、地面を見渡していった。


 そういえば、フェインは?!


 ハルヲは必死にフェインの姿を探す。


「ハァっ!」


 少し離れたところから、フェインの掛け声が聞こえた。自力で脱出したのだろう、声のする方へ皆が駆け出す。

 

『⋯⋯グゥゥゥ』


 地面から何かの小さい唸り声が聞こえ、フェインが立ち上がった。一瞬、キルロは安堵したが、フェインの表情から焦りの色が消えておらず、良く見ると左の足首から激しい出血をしていた。

 破れた皮膚からゼリー状の脂肪が飛び出し、吹き出す血の奥に白い骨が見えほど深い傷を負っている。

 何かの牙がフェインの骨まで届いたのだ。切迫した状況が続いている事を暗に示している。


「大丈夫⋯⋯じゃないな。とりあえず下がれるか?!」

「ワニです! 間違いありません」


 動かないのか、動けないのか、フェインはその場から動かず皆に告げる。

 

 ワニ? 鰐? 森に?

 フェインは下がらない、いや、下がれない。

 あの傷では動くのは無理か。

 

 フェインの額からは脂汗と思える汗が、キルロの瞳に映る。相当な痛みなのだろう、表情は険しいままだった。


「フォローに回るぞ!」


 マッシュがフェインの前に立つと、ハルヲとキルロもフェインの側に立ち構える。スピラとキノが生い茂る草を意に介さず、森鰐(ヴァルトウィルム)の気配を感じとると、一直線に茂みへと飛び込んで行く。

 スピラは爪と牙を立て、キノはくるくると攻撃を交わしながら二本のナイフを急所に突き立てた。低い唸りが聞こえると、キノは首を伸ばし、キョロキョロと辺りを見回すと、また跳ねるように草葉の茂みの中へ飛び込んで行った。

 カサっと、キルロの眼前の草が揺れた。

 森鰐(ヴァルトウィルム)はこちらを間違いなく視野に入れている。伸びる草葉がパーティーの視界を塞ぐ。見えない圧がじりっと迫って来る。右か左か正面か、フェインを囲む三人の手に自然に力が入り、表情は険しくなっていく。

 ハルヲのキョロキョロと忙しなく動かす視界の外から、何かが飛び込んできた。視線は反射的にそちらへと向く。

 長い口を大きく開き、上下に備わる牙が赤黒く汚れていた。

 体長は200Mcを超えるだろう体長。人など簡単にくいちぎりそうな体躯を見せている。

 鈍い灰色のゴツゴツとした表皮に爬虫類らしく縦に長い瞳孔は冷ややかに獲物を捉えようとこちらを真っ直ぐ見つめていた。

 短く太い脚が音もなく地を這い、ハルヲの脚を狙う。

 森鰐(ヴァルトウィルム)は首を横にし、赤黒い牙を突き立てようとハルヲの脚目掛け、低い態勢のまま猛然と飛び込んで来た。

 ハルヲはとっさに剣を地面に刺し、剣を握ったまま上に跳ねると、赤黒い牙はバチンと空打ち音を響かせ、その勢いのまま剣に食らいついた。剣ごとハルヲを草葉へ引き摺り込もうとその強靭な顎で喰らいついた。

 眼前の獲物に気を取られたその瞬間を、マッシュは見逃さない。

 引き摺り込もうと体を大きく振る森鰐(ヴァルトウィルム)の眉間へ槍を突き立てると、低い小さな唸りを上げ森鰐(ヴァルトウィルム)の動きは止んだ。

 

 あの顎はマズイ。


 誰もが今の一撃で感じる。

 草葉が揺れる度に緊張感が上がっていく。神経はすり減り、呼吸は荒くなる。皆が落ち着けと自分に言い聞かせ、冷静を保とうと尽力していた。

 

 あそこにある大きな岩。

 あそこまで行ければ、フェインの治療出来るんじゃねえか? だが、今の状況ではかなり厳しいか⋯⋯。


 キルロが大きな岩を睨んだまま叫ぶ。


「20秒! いや10秒でもいいフォロー頼めるか?」

「正直、厳しい。ゴメン」


 キルロがフェインの治療時間を作りたかったが、ハルヲの答えが全てを物語っていた。

 気が付けば四方八方の草葉が揺れている。


 囲まれたか。


 この状態で詠唱の為に瞑想状態になるのは命取り。この場でのヒールは余りにも無謀な状況なのは、だれの目にも明らかだった。


「あの岩までフェインを運べないか? あそこまで行ければ治療出来る」


 キルロの提案にハルヲは警戒しながらも逡巡する。ここに留まった所で、フェインの状態が好転しないのは分かりきっていた。

 ハルヲは、キョロキョロと視線を動かしながら、思考をフル回転させる。


「アントン!」


 大型兎(ミドラスロップ)のアントンを呼び寄せる。

 背負っていたバックパックを外すと地面をバチンと蹴り、やる気を全開にする。


「アントン、ゴー!」


 ハルヲが声掛けると、まさしく脱兎のごとく草葉の茂みへと消えて行き、ジャンプするたびに垂れた耳が上に跳ねた。


「キノー!」


 ハルヲが今度はキノを呼ぶと、茂みの中からナイフを持ったままのキノが現れた。


「あそこの岩までフェインを運ばなきゃいけないの、守ってくれる」

「あいあーい」

「マッシュ、アントンのフォローお願い出来る?」

「もちろん。そっち頼むぞ」


 キノが真剣な表情で頷き、ハルヲもマッシュに黙って頷いた。

 ハルヲがバックパックを背負い、キルロがフェインを背負う。


「行こう」


 キルロが声を掛ける。すぐそこに見える岩が、とてつもなく遠く感じる。


 丸裸で敵の陣中を突っ切るようなものだ。

 

 キルロは恐怖を飲み込み、小さな、小さな、守護者に全てを託し、岩へと走り出した。


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