松明
エルフの言葉にハルヲの表情が変わり警戒を見せる。
俯いて鋭い視線をエルフに飛ばしてはいるが、以前のように暴言を吐いて噛みつく事はしなかった。
「何だ、そのやっぱり珍しいか? エルフとドワーフのハーフは。オレらはもう慣れっこだから、そういう感覚がわからないんだよな、ハハハ⋯⋯」
場の雰囲気がこれ以上重くなるのは芳しくないと、あえて軽く受け流し、キルロは必死に話題を変えようとした。
「そうだ! オレは団長のキルロで、こいつは副団長のハルヲンスイーバ・カラログースだ」
「副団長殿⋯⋯」
うん? “殿”??
「副団長殿、素晴らしい! ドワーフの血を持つエルフ! いや、エルフの血を持つドワーフ! 羨ましい、実に羨ましい! ああ! 私にもドワーフの血が流れていれば⋯⋯」
エルフはハルヲを羨望の眼差しを送ってみたり、自己嫌悪で落ち込んでみたりと、なにやらひとりで忙しない。
キルロとハルヲはその様子にただただ呆気に取られ、目の前で起こっている状況の整理の為に、互いに脳みそをグルグルとフル回転させていた。
「「どういう事?」」
キルロとハルヲが顔を見合わせハモって見せた。
二人ともこの状況から置いてきぼりをくらっている。目の前の変わり者というか、何と言えば良いのか分からぬエルフの存在に、混乱が困惑を呼び、目が回りそうだった。
「あ! すいません。私、ネインカラオバ・ツヴァイユースと申します。ネインとお呼び下さい。志望職は前衛です」
「へえーって、ぇ? ええー?? あなたが前衛??」
「あ! あの時の!」
ハルヲは困惑と混乱の色を強め、キルロはいつぞやのエルフとの出会いを思い出した。
「え? え? え? エルフでしょう? 前衛なんて出来るの??」
「志望は前衛です。志は高くあります」
ハルヲは、混乱しながらネインに聞き間違いではないか、確認を取る。
「そうか⋯⋯この間のお客さんか!」
「そうです。先日はお世話になりました。正直まだ余り活躍出来ていないのが実状ですが」
ハルヲの質問に答えていない気がするのは気のせいか。
「何でそんなに前衛にこだわるんだ? エルフなら弓師とかマジシャン系の適性があるんじゃないのか? 前衛の適性があるエルフって聞いた事がないんだが⋯⋯」
キルロは、ネインに質問しながらハルヲに視線を向けると、ハルヲも同じ質問をしたかったようで何度も頷いて見せた。
「屈強な体と圧倒的なパワーで敵の攻撃を受けきり、自分の身を挺してパーティーを守る。こんな尊い職がありますか! いやない! そうは思いませんか!」
「「はぁ⋯⋯」」
ネインの熱弁に圧倒されキルロとハルヲは気のない返事をするのがやっとで、結局出来るのか、出来ないのか、全くわからない。
悪い人間ではないが、扱いに困るな、これ。
「結局、前衛に適性はあるのかしら?」
「はい、副団長殿。このパーティーを、身を挺して守る所存であります」
ダメだ、わからん。
どっちかと言うと出来ないなこれ。
さてどうしたものか。
□■□■
「⋯⋯というエルフが面談に来てさ。悪い奴じゃないんだけど、出来るのか出来ないのか分からないんだよねぇ。まいった」
後日、マッシュとフェインにも、ネインの扱いをどうすべきか、一緒に考えて貰うべく面談の顛末を話した。
「私はもう何も言えないわ。やる気だけは、あるみたいだけど」
“団長に任せた”とハルヲは匙を投げる。
ずるいな。
そうだ、こういうのは、経験豊富なマッシュあたりに丸投げしよう。
「オレは団長と副団長に従うさ。悪い奴じゃないなら、入団しても問題にはならんだろ?」
先回りされた。クソ、さすがマッシュ読みが早い。
「あのう、イスタバールまで、その方も一緒に行ってみてはどうでしょうか? もう少しその方の、人となりが分かるかと思いますです」
フェインがおずおずと手を上げると一番建設的な意見を語った。思わぬ所から最良の意見が出て一同は、驚愕の表情を浮かべる。
「あぁ~すみませんです。やっぱりそんなのダメですよね⋯⋯」
三人の表情を否定と捉えたフェインが、急いで自分の意見を無しにしようとワタワタとし始めた。
「「「いや! それいい!」」」
否定しようとするフェインに三人揃って快諾の返事をした。
□■□■
装備の準備が終わり、製作、整備ともどもしっかりと完了した。
やっぱり鍛冶仕事は楽しかったなぁ。
ネインにも今回助っ人として、イスタバールまでの参加の打診をした。特に仕事を入れてなければ参加するはずだ。整備された街道を進むだけの簡単なクエスト、戦闘とかにはならないと思うが、二日程かかる行程でネインとの相性は図れる。
本番はイスタバールに着いてから、そこからが勝負だ。
後日、タントの予告通りダミー商会である【アルンカペレ】を通し【スミテマアルバレギオ】に依頼が入った。
大型馬車が手配され、結構な量の荷物が運び込まれる。
これ全部ダミーなのか?
キルロは積み上がる大量の荷を見つめた。
荷物が積み終わり、装備品のチェックに、念には念を押し万全を期す。
出発の日。メンバー達が、ハルヲンテイムに続々と集合していく。各々の装備を次々に積み込み、最後に調教済動物を荷台に乗せていく。サーベルタイガーのスピラと、大型兎の頭を撫でながら、ハルヲが、馬車へと誘導していくと大人しく馬車に納まった。
ネインも予定通り無事に参加の運びとなり、マッシュ、フェインと挨拶を交わし、出発の準備を粛々と進める。
ネインの装備は、キルロが以前に作製した大盾と、アーマーは軽装系だった。やはり前衛の適性はないのかも知れない。重いアーマーは装備出来ないと見て間違いないだろう。
「いってらっしゃい、皆さん気をつけて」
「いってらっしゃい、キノ無理しちゃダメだよ」
アウロ、エレナを筆頭に今回も従業員に見送られながら出発。
採取に行く時に使う林道などと違い、街道は広く整えられて快適に走れる。
陽光を邪魔する重なり合う葉もなく、広い道には陽光が降り注いで明るく柔らかな光が心地よい。すれ違う馬車もミドラスを出発した直後は多かったが、進むに連れて減っていく。
静かな時が馬車を包んでいた。
「何事もなくイスタバールに到着出来そうだな」
「油断は禁物です」
キルロの気の緩んだ言葉にネインが注意を促す。確かに緩み過ぎは良くないが、静かで快適な旅はいい。カタコトと心地良い車輪のリズムが眠気を呼び込み、各々がリラックスした旅の時間を過ごしていく。
夕闇が訪れる。
街道の雰囲気も日中とは変わり静かな時を刻み始め、辺りが黒一色に塗られると静寂が一気に押し寄せ旅人達を包み込んだ。
「代わろう」
日中休んでいたマッシュがハルヲと変わり手綱を握る。
夜に備えて夜目の利くマッシュと交代した。
「静かだな」
「そうだな、周りに街もないからな生活音が全くない。余計静かに感じるかもな」
ヒマを持て余す、キルロはマッシュの横に座った。他の者達は横になって眠っている。寝られる時に寝るのも大事な仕事だ。
「ネインはどうだ? いい奴だろ」
「そうだな、おまえさんがそう言うなら間違いないさ。オレはおまえさんのそういう所は、信頼してるよ」
キルロは前を向いたまま微笑む、真っ直ぐに褒められると照れくさい。
「うん?」
マッシュの表情が変わった。
「後ろのやつらを起こせ、何かヤバイぞ」
「本気か?!」
マッシュは騒がず静かに伝えてきた。
キルロは急いで後ろで寝ていた四人を起こし、警戒するよう静かに伝える。
「ネイン、後ろを警戒してくれ。騒がず静かにな」
ネインは黙って頷いた。
ハルヲはショートボウ、フェイン、キノも装備を手にして臨戦体制にはいる。
「キノはスピラとアントンをしっかり守ってくれよ」
「あいあーい」
マッシュは馬車のランプを消し、暗闇の中を疾走する。
ひとつ、またひとつと、松明の揺れるいくつもの炎が200Mi程先で、前方を塞いでいた。
マッシュが馬車のスピードを落としていくと、ネインが静かに吼える。
「後ろも!」
後方から迫る松明の小さな炎が、確認出来た。
マズイな!
前後挟まれれば八方塞がりだ。
松明の揺れる炎は前後合わせて20以上。近づいてくる炎の揺れを凝視する。上下に揺れる松明を確認出来た。
馬に跨がっているのか?
マッシュは松明の炎が刃先に反射しているのを、遠目で確認出来た。
「気を付けろ。間違いなく武装しているぞ」
マッシュの言葉に、緊張が一気に走る。
ターゲットはウチだよな。
賊? 街道でか?
しかし、機動力はあっちが断然有利。重い馬車を引きずっているこちらとは、雲泥の差だ。
どうする? 行くしかないのか。
「突っ切るぞ!」
迷うキルロの心を見透かしたかのように、マッシュは手綱を握り直し、松明を目掛け突っ込んで行く。暗闇の中、暴れる車輪の音に、全員が緊張を走らせた。