鍛冶師パーティーの探索クエスト
【登場人物】
【スミテマアルバレギオ】
⊡ キルロ・ヴィトーロイン 男 団長
⊡ ハルヲ、ハル(ハルヲンスイーバ・カラログース) 女 ドワーフエルフ 副団長
⊡ マッシュ・クライカ 狼人 男
⊡ キノ 女 キルロが面倒見ている幼女
⊡ フェイン・ブルッカ 女 地図師 今回の助っ人
⊡ シル(シルヴァニーフ・リドラミフ) エルフ 女 助っ人を申し出て来た変わり者のエルフ
壁に鎚や鉄製の大きなハサミが掛けられ、作りかけの武器や防具が乱雑に飾られている工房。その工房の作業椅子に座り、腕を組みながら、キルロはひとり思案していた。
さて、キノの装備どうするか?
あの身軽さとスピードがウリだよな⋯⋯それを殺さない装備となるとやっぱ軽さだよな。
こうして鍛冶の事を想像している時間は楽しかった。
どうするのか? どう具現化するのか? キルロは頭の中で設計図を作っては消しを繰り返し、最適解を求める。
あ、そうだ!
先日の戦利品を思い出し、素材用の引き出しから一枚の皮を取り出した。
オーク亜種の皮。
レザーアーマーでも十二分な強度を誇っているが、キノに何かあったら困るとばかり過保護全開の姿を見せる。本人はまったく無意識なのだが⋯⋯。
昔使ったチタムタイトの破片もどこかにあったと思うんだけど⋯⋯。高価な素材だから、半端も捨てないで取っておいたはず⋯⋯。
キルロは、工房の引き出しを漁る。
あった!
キノのサイズならこの量あれば十分だろう。
あ! 装飾もしてやりたいな。
キルロはまた、ゴソゴソと余った素材を片っ端から突っ込んでいる引き出しを漁っていく。
お! これいいじゃん!
炉に火を入れ首に掛けていたゴーグルを装着。ハサミで鉄を掴めば準備万端だ。
炉によって、真っ赤に焼けた鉄を叩く。
黄金の火花が、ゴーグル越しに弾ける。キルロは、無心で叩く。カンカンと高い金属音と共に、焼けた金属はぐにゃりと形を変え、その姿に無心で鎚を振るっていった。
「キノー!」
キルロが居間で遊んでいたキノを呼ぶと、テトテト歩きながら作業場へ現れた。
出来上がったばかりのキノ専用の装備を作業台の上に並べると、キノは背伸びをしながらそれを覗き込む。訝し気な表情のキノにお構いなく、早速試着だ。
オーク亜種の黒皮に張り付けた、チタムタイトの白が生える。胸と肘、膝をしっかり守り動きを邪魔しないように微調整を加えていく。
白く長い羽を両耳に付けた。つるんと味気なかった兜もこれで見映えが良くなった。
装備して見せるキノは、まるで小さく可愛らしいヴァルキュリアのよう。気に入ったのか、キルロの前でくるくる回り、笑顔を見せる。余ったチタムタイトで作った、キノ用のナイフを二本、後ろ腰に装備して、無事完了。
「よし、いい出来だ。似合っているぞ」
キルロは親指を立て、キノに笑顔を向けた。
「ホント! ちょっとエレナに見せてくるー」
キノは猛スピードで、そのまま店を飛び出してしまう。
キルロが、“仕事の邪魔はするなよー”と背中越しに声掛けると、キノは大きく手を振って答えた。
■□■□
「アウロ、頼むわね」
「お早いお帰りと、無事を皆で願っています」
ハルヲはその言葉に大きく頷く。
【ハルヲンテイム】の裏口に付けた馬車の上から、キルロ達はその様子を眺めていた。
「皆さんも、ご無事でお帰り下さい」
アウロは、パーティーにも声を掛け、不安を隠すように笑顔を見せる。
「行ってくるよ」
キルロは手を振り、見送りに出てくれた【ハルヲンテイム】の従業員に手を振っていく。
「キノ、無理しないでね」
「うん」
エレナはキノの手を両手で包み込んだ。
いよいよ、【スミテマアルバレギオ】としての初仕事。五人と二頭のパーティーが早朝、街を出発して行った。
■□■□
馬車は、街道を順調に進む。このまま行けば二日とかからず目的の村へ到着するだろう。ミドラスから北東にあるトレンカの村。目的の【吹き溜まり】はその村から少しばかり南下した所にある。直径1Mk程、そこまで大きくない【吹き溜まり】だ。
する事ねえなぁ。
街道から林道へと入り、途中何度かモンスターとエンカウントしたが、マッシュとキノが簡単に殲滅してしまう。たまにシルが弓で助太刀するが、それも数えるほどしかなかった。
無事にトレンカ村へ到着すると、村の主に挨拶して、キルロ達が貸して貰う小屋へ案内して貰った。
のんびりした、いい村だ。
住人もあたたかい。
小さな家の煙突からは夕食の準備のためか、どの家からも煙が吐きだされ、たまに食欲をそそるいい香りが漂ってきた。
平和な風景に心が落ち着く。
夕食までの間キルロは村を散策した。
子供達の笑い声や大人達が酌み交わす声が漏れ聞こえ、牧歌的で落ち着く。
歩いていた住人に【吹き溜まり】について尋ねてみたが、そもそも寄り付かないという事で、めぼしい情報は得られなかった。
「明日から潜るぞ」
キルロは皆に声を掛けると、皆大きく頷く。
明日はいよいよ本番だ。
■□■□
朝靄の中、パーティーは村を出発した。
【吹き溜まり】にたどり着くと、ぽっかりと口を開けている縁を歩き、下りられる場所を探す。
キルロは、吸い込まれそうな口を覗き見ながら進んでいると、思い出したくなくてもイヤな事を思い出した。あの胃袋がキュっとするイヤな感じを思い出し、ひとり顔をしかめる。
「ここいらでどうだ?」
マッシュが、指差すと全員で下を覗き込んだ。
相変わらず靄が酷く下は見えない。
「行こうか」
キルロが言うと全員が頷いた。
マッシュがロープを使い、先行して下りて行く。サーベルタイガーのスピラと、なぜかキノはトントンと器用に岩壁を伝い、下りて行った。
ロープが2、3度横に揺れ、マッシュ達が下に着いた合図が届く。それを合図にして、パーティーは下へと下りて行った。下に行けば行くほど、先日味わったあの不快感が襲い、キルロは顔をしかめてしまう。
「何度来てもイヤな所ね」
下に着いたシルが開口一番、苦笑いしながら不快感を露わにする。まとわりつくような不快感は慣れることは無さそうだ。岩壁の先はすぐに鬱蒼とした森が、【吹き溜まり】の中心に向かって続いている。ただでさえ陽光が届かないというのに、生い茂る木々の葉が、さらに陽光を遮り息苦しさすら感じてしまう。
「シルは何度も潜っているのか? “何度来ても”って、言っていたけど⋯⋯」
「まあね。この手のクエストはたまにあるからね」
「そっか。そういやぁ、何で【吹き溜まり】の情報なんて欲しいんだ? こんな所近づくやつすらいないだろうに⋯⋯。いるか? 【吹き溜まり】の情報なんて?」
キルロはシルに肩をすくめて見せる。立ち入り禁止区域の情報を、一般人が欲しがる理由がわからなかった。
まぁ、勇者絡みならまだしも⋯⋯か?
キルロは、先日の勇者アルフェンの顔を思い出し、黒素の濃さに顔をしかめる。
「学者、学者色の強いソシエタスは、喉から手が出る程【吹き溜まり】の情報を欲しがっているって話よ。未知の探求なのか、他になにかあるのか⋯⋯。まぁ、私から言わせれば物好きなだけよ。お金くれるからいいけど、生えている草や、出没するモンスターなんて知ってどうするの? って、感じね」
シルが呆れ口調で答えた。
未知ねぇ。良くわかんねえな。
今回のクエストも、その辺り、学者絡みの発注なのか?
完了報告の時にでも、ギルドの姉ちゃんに聞いてみるか。
探索がてらにひたすら道なき道を進む。マッシュを先頭に、生い茂る草を掻き分け進んで行った。フェインは、歩きながら何かを書き込みながら進む。ついて行くのがやっとなキルロは、その姿に感心していた。
良く歩きながら書き込めるよな。
「マッピングって大変そうだよな。どうやっているんだ?」
「そんな、たいしたことないです。地図師は、目視でだいたいの距離が掴めるのです。でも、だいたいなので、すいませんです」
「地図師って、すげぇー!」
「いえいえいえいえいえ! そ、そんな事ないです」
キルロの問いかけに、フェインは顔を真っ赤にしながら答えた。キルロの感嘆の声に、フェインは慌てふためき、ワタワタしてしまう。
「こうやって私たちは歩いているだけだけど、地図師の人達は常にマッピングしながら歩いているわけですもの、とてもじゃないけど真似出来ないわよ」
「うひっ! そそそそんな凄くないです。はい。全くもってです」
ハルヲもキルロの感嘆に同意すると、フェインの挙動不審ぶりに拍車がかかり、ワタワタが止まらない。
「ハハハ、いい加減止めてやらないと、マッピング出来ないぞ」
マッシュが笑いながら、キルロとハルヲを諌めた。
周囲の様子はハルヲがメモをする。今回のクエストの内容でもある【吹き溜まり】のレポート作成に向けて、ハルヲもペンを走らせていた。
普通の森と一見変わらないが、たまに見た事無いような草花を見かける。今回は目的地を目指すものではないのでゆっくりと歩を進め、【吹き溜まり】を探索していった。
だが、前回と違う違和感をキルロは覚える。同じ【吹き溜まり】というのに、前回とは様相がかなり違った。
「なぁハルヲ、なんでエンカウントしないんだ? おかしくねえか?」
「そうね。確かにおかしいわね」
「シル、【吹き溜まり】って普通こんな感じなのか?」
シルの表情から笑顔が消え、真剣な表情になっている。その表情からは、何かを警戒しているようにも見えた。
気は抜けないって事には違いないのか。
「いや、以前の時はエンカウントが多くて苦労したわ」
「そうだな。ちょっとばかり、イヤな感じがするよな」
シルとマッシュも、キルロと同じように違和感を覚えていた。
「なんか甘い美味しそうなニオイがするよ」
キノが目を閉じて漂うニオイの先を探す素振りを見せた。
「甘くて、美味しそう? それって何かイヤな感じしかしないけど、やっぱり行かないとならんかな⋯⋯?」
「だなぁ」
マッシュの頷きに、キルロは諦めたように嘆息する。
全く、気乗りしないキルロだが、慎重にニオイの先へと歩き始めた。