鍛冶師と調教師とエルフ
ハルヲよりやや薄い金色の髪を一つに束ね、少しばかりキツイ顔立ちをしているが、目尻を下げた笑顔から柔らかい印象を受ける。微笑みからは、温厚な雰囲気を漂わせ、ある意味冷静沈着なエルフのイメージから遠く感じてしまう。
このエルフ、ハルヲの事を知っているのか?
確かにドワーフの血も流れているハルヲは、エルフやヒューマンに比べたらパワーはある。だが⋯⋯何故知っている?
「そんな怪訝な顔しないで欲しいわ。ハルヲンスイーバ・カラログースと言えば、この界隈じゃ知る人ぞ知る有名な存在よ。ベテランの冒険者なら知っていて当然だわ」
エルフは微笑みを絶やさず、柔らかな口調を響かせる。
嘘を言っているようにも見えないし、マッシュもこの女エルフと同じような事を以前言っていた。エルフの言葉の辻褄は合う。
ハルヲは険しい顔で女エルフを睨んでおり、エルフとドワーフは、苦手だと分かりやすく顔に出ていた。キルロは、そんなハルヲの様子に嘆息して見せる。
「マッシュ・クライカもいるのでしょう? 個人的に彼の事を知っているのよ、面白いパーティーよね。意外な組み合わせ」
“もういい、行こう”と腕をひき耳元でハルヲが呟くと、キルロの袖を引いた。
キルロは腕におかれたハルヲの手を、“ちょっと待て”と軽く叩く。
「何が意外なんだ?」
エルフは“フフ”といたずらっぽく笑みを浮かべると、ハルヲに視線を向けた。
「ハルヲンスイーバ・カラログースもマッシュ・クライカも基本単独なのよ。いくらパーティーに誘っても、絶対入らないので有名だった。そんな二人が組むなんて興味深いと思わない」
「なるほど。オレ的には別に興味深くもなんともないけどな。もし仮にパーティーに入ったとして、アンタはハルヲの指示に従えるのか?」
エルフはキョトンと不思議そうな顔で、首を傾げて見せる。
「従うわよ。当たり前でしょう、こちらの副団長じゃない」
この言葉に、ハルヲが驚きの表情を見せた。
エルフやドワーフからは蔑まされた経験しかなく、自分の言葉に耳を傾けるエルフに出会った事がこれまでなかったのだ。だが、ハルヲの顔は、すぐに怪訝な表情へと変わっていく。
「アンタ、面白いエルフだな。エルフとしては変わっているんじゃないのか?」
「どうかしらね? そういうのは、分からないわ。でも、エルフだとか、ヒューマンだとか、それこそハーフだとか、関係ないでしょう?」
「確かに。違いない」
ハルヲから攻撃的な表情はだいぶ消えたが、まだ表情は堅い。
キルロは少し思案する。このエルフ、迎えるべきかどうか⋯⋯。キルロはふたりの顔を交互に見やり、表情を緩めた。
「分かった。アンタをパーティーに迎えるよ。宜しく、キルロだ」
ハルヲが驚いた顔をキルロに向ける。困惑と驚きがその表情から見て取れる。それを感じ、キルロは諭すようにハルヲに頷いて見せた。
「シルヴァニーフ・リドラミフよ。シルって呼んで」
「⋯⋯ハルよ」
「宜しく、ハル」
シルはニッコリと笑顔を向けた。
“今度、マッシュに合わすよ”と、シルに伝えて別れた。
ハルヲは困惑の表情を浮かべたまま無言のままだ。
「なあ、ハルヲちょっといいか?」
キルロは落ち着いた口調で、ハルヲに向き直す。ハルヲが顔を上げると、どうやって気持ちを処理すればいいのか、困惑しているのがありありと伝わって来た。
「エルフやドワーフから蔑まされていたんだろ? 詳しいことは分からないし、話さなくてもいい。想像出来ないくらい辛い体験だったのかも知れないし、無かった事にも出来ない。ただ、この先ずっとエルフだ、ドワーフだってだけで噛み付くのか? それって、ハーフっていうだけで、蔑んだヤツらと変わらねえぞ、だろう?」
ハルヲは黙ってキルロの言葉を聞いている。
きっとそんな事は分かっているのだろう。
キルロは落ち着いた口調のまま続けた。
「ハーフだっていうだけで蔑んでくるヤツらには、エルフだろうが、ドワーフだろうが、ヒューマンだろうが、獣人だろうが、噛みついてやればいいさ。でも、そうじゃないヤツには普通に接していいんじゃないのか? お前の性根は誰それ構わず噛み付くような、そんな性根の持ち主じゃないだろう? 少なくともお前の周りにいる人間はそれを分かっている」
キルロは、ハルヲに笑み向け続けた。
「シルをパーティーに迎えるのは、ちょうどいいと思ったんだ。あいつ、出会った直後から“半端者”と言わずに“ハーフ”って呼んでいたろう。それに、お前が噛みつこうとしても受け流した。噛みついてくるって分かっていたんだ。それにあいつ、ハルヲに従うって間髪入れずに答えたんだぜ。今後の事も考えると、エルフだから、ドワーフだからって所から卒業しないとな。また、いつエルフやドワーフと、パーティーを組む事になるのか分かんなねえもの。今回はいい経験になるんじゃないか?」
キルロは、ハルヲの肩をポンポンと叩いた。ハルヲはジロっとキルロを軽く睨みつける。
「あんたごときに諭されているってのが、気にいらないわね」
ハルヲはふと溜め息をついた。
「でも、まあそうね」
ハルヲは自分に言い聞かせるように答える。キルロはその答えに、口端を上げて見せた。
「やっぱりアレか、誰それ構わず噛みついてから、友達いなくて単独だったのか?」
「違うわよ!」
ハルヲはキルロの脇腹にグーパンを決めた。
「本気か!? この馬鹿力!」
“フン”とハルヲは鼻を鳴らし、そっぽを向いてしまう。それが、照れ隠しなのか何のか、キルロが分かるはずもなかった。
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「マッシュ・クライカだ、こっちが今回マッパーとして手伝ってくれるフェイン・ブルッカ、こちらがシルヴァニーフ・リドラミフ。そういえば、シルは何が得意なんだ」
「一応、弓師だけど、なんでも屋よ。壁役以外、前衛、中衛、後衛、足りない所に顔だすわ」
「フェインの武器は?」
「すいませんです。私はこれしか使えなくて」
ボロボロの鉄拳を机の上に置いて見せた。
「こいつは驚いた! おまえさん拳闘士か」
ぼろぼろの鉄拳に目を丸くしながら、マッシュは思わず声を上げてしまう。
「これだと装備したまま、地図描けるのです。フフ」
何故かフェインは照れながら答えた。
「今回のクエストは北東にある【吹き溜まり】の調査と探索で、マッピングと生態系の調査が主たるものだ。メンバーはハルヲとマッシュ、シルとフェイン、ハルヲの所からサーベルタイガーと大型兎、それとオレ。以上だ」
「キノもーーーー!」
キルロの横でちょこんと座っていたキノが叫んだ。
「イヤイヤ、遊びじゃないから、キノは留守番だ」
「ダメ、キルロが弱過ぎるからキノも行く」
「弱過ぎるは止めてくれ、地味に傷付く」
「勝負!」
キノが突然立ち上がりジャンプすると、くるっと空中で一回転。そのままキルロの土手っ腹に頭から突っ込んだ。
「ぐぼぁっ⋯⋯」
声にならない声を上げ、キルロは腹を押さえたまま悶絶してしまう。
「急に何するんだよ!」
「急じゃないもん、勝負って言ったもん、キルロ弱過ぎるもん」
「今のはちょっと、油断しただけだもん」
「キノが勝ったら連れていけ、キルロが勝ったら留守番する。負けないけど」
キノが椅子の上に立ち、胸を張って見せた。
こんな幼女に、油断しなきゃ負けるわけがない。
キルロは、しっかり身構えキノと正対する。
頭を低くしたキノが猛スピードで突っ込んできた。
一瞬キノ姿が視界から消えると、次の瞬間、強烈な回し蹴りが顔面を捕らえる。“ぐはっ”と呻き声を上げながらキルロは椅子から転げ落ち、床に転がった。
キルロは態勢を整えようと、フラフラと立ち上げる。キノはその瞬間を見逃さない。強烈な飛び蹴りが、再びキルロの顔面を捕らえ、キルロは膝から崩れ落ちた。キルロは、なす統べなく轟沈。同席者達もまさかの展開に、目を見開いてしまう。
「こらあ、つえーな」
マッシュが驚きが口から零れる。
考えてみればレギアボラスの群れを一喝したり、散々クエストに同行してたもんな⋯⋯とは言うものの、幼女を連れて行くのはやはり気がひける。
「キノも行くー」
喜んでいる。
どうしよう。
蛇時代の強さを、なまじ知っているだけにちょっと困る。
ハルヲとマッシュもそうだろ。
シルとフェインは、何を見せられたのか、開いた口が塞がらないでいた。
「わかったわ、キノも行きましょう」
ハルヲが溜め息まじりに答えた。
「え?! いいと思うか?」
「この子何気に頑固だから、多分どうやってもついて来るわよ。それだったら、諦めて連れて行きましょう。確かにどっかの団長さんより戦力になりそうだしね」
うっ、何も言えない。
「大型兎を守って貰えれば、それだけでも助かるし。それくらいなら余裕でしょう、この子」
「はぁ~じゃあ、しっかり装備を作るかぁ」
キノは満面の笑みを浮かべ、キルロの顔を覗き込む。
「本当に面白いパーティーね」
シルが笑いながら、この様子を眺めていた。