鍛冶師と調教師と狼
今日もこない⋯⋯。
次の日も、誰もこない⋯⋯。
そしてまた次の日も⋯⋯早くも逆境なの?
マッシュが加入してから数。誰一人として、キルロの元【スミテマアルバレギオ】を訪れる者はいなかった。マッシュはたまに顔を出すのだが、進展がない事を確認すると、”じゃあ”と、いい笑顔だけを残し帰ってしまう。クエスト受けたいキルロなのだが、マッシュは相談する隙さえ与えず、街中へと消えて行った。
猶予はくれるとアルフェンは言っていたが、いつまで貰えるのだろか?
キルロは不安を鎚で振り払うかのように鉄を叩く。ゴーグル越しに真っ赤な火花が飛び散る様を見つめ、逡巡していた。
数日後マッシュがいつもの確認の為に現れる。
今日こそ!
今日は帰る前に先手を打つ。
手ぐすねを引いて待っていたキルロは、マッシュが踵を返すのより早く、その足を止めた。
「マッシュ、ちょっといいか?」
「ん? どうした?」
いつもと違う展開に、マッシュは少し戸惑いを見せる。
「クエストを受けたいんだけど、どうかな? 入団希望者を待っていてもこないしさ。実績が少しでもあった方がいいんじゃないかと思うんだけど、どうかな?」
20万ミルドの為にとは言わない。決してそういう訳ではない。あれもこれも【スミテマアルバレギオ】の為なのだ。
「まあね、確かに一理あるわな」
「だろだろ、じゃあ⋯⋯」
と、言いかけるキルロを、マッシュは遮った。
「ハルに相談してからじゃないか? 彼女がやるって言うのなら何の問題もないだろう」
キルロは頷くと、この機会を逃してはいけないとばかり、すぐにハルヲの元へと向かう。足の運びが鈍めのマッシュを引き連れ、いつもの裏口へ辿り着いた。
「ハルヲー! 相談、相談! ハルヲー!」
いつものように厳しい顔のハルヲが顔を覗かせる。
「あー! もう、うっさい! ハルヲって呼ぶな! で、今日は何? あら、珍しいマッシュと一緒なの? なんか進展でもあった?」
驚いて見せるハルヲに、マッシュは軽く手を上げて、挨拶をした。
「進展が無さ過ぎるんで、クエスト受けよう。実績作って人を呼び込もう!」
「ぇえー、あんた借金返したいだけでしょ?」
図星です。
「おまえさん借金あるのか?」
マッシュが驚いたように尋ねると、キルロは分かりやすく視線を外して見せる。
「いや、そのなんつうか、借金じゃないとは言えなくもないが、いわゆる借金とも違うって言うの? なんか、そんな感じのは、あるような気もしないでもなくはない⋯⋯」
マッシュがハルヲに“何が言いたいんだ?” とばかりに、怪訝な表情でキルロを指差した。
「こいつ、ソシエタスの設立金を、個人名義で分割手続きしたのよ、バカでしょう」
ハルヲが飽きれ口調でマッシュに答えた。
だから言うなよ!
キルロがハルヲを睨む。
「アハハハハハ、相変わらず面白いな。普通はソシエタス名義にするんだけどな。なるほど、そりゃあクエスト受注したいやな」
マッシュは大笑いしながら事情を理解した。
そんなに笑わなくてもいいのに。
分かりやすく不貞腐れているキルロに、マッシュは続けた。
「わるい、わるい。それじゃあ、助っ人を入れて、クエストを受注するってのはどうだい? もしも、いい人材だったら、そのままスカウトするとか。待っているだけじゃ、なかなか人材も集まらないってのは、確かにあるやな」
「それ! いい! そうしよう」
キルロはマッシュの提案にすぐさま乗った。
「まあ、それが現実的かもね。ただ、まだお互いの事良く分かっていないから、討伐系じゃないのにしましょう」
確かにハルヲともそれなりのつき合いになるが、パーティーを組んだ事はない。
どうなんだろ?
ちょっと楽しみかも。
早速明日ギルドへ行く事にしよう。
■□
翌朝、キルロは、早朝からギルドへ足を運んだ。
ソシエタス向けの掲示板は、個人向けの物と違い、人もまばらで、掲示板も豪華な装飾が施されていた。受注票も指差せば、職員が手元まで届けてくれるといういたり尽くせり具合。
「こちらをどうぞ」
職員がお茶まで出してくれる気の利きよう。
“すげー”と心の中で感嘆する。
討伐系と大量の採取系が大半で、人海戦術の使えない弱小ソシエタスには今の所は残念ながら縁のない話ばかりだ。報酬がデカいだけに口惜しい。キルロは、何かないかなと隅から隅まで見渡した。
まったく、見落としあったら泣くぞ、オレが。
お?!
ひとつ目を引くクエストがあった。
「探索系か」
報酬も悪くない。
ただ【吹き溜まり】の探索と現地調査報告か⋯⋯。
【吹き溜まり】という単語にキルロは引っ掛かりを感じてしまう。先日のイヤな記憶が蘇り、あまり気は進まないのだが、背に腹は変えられない。
職員に頼み受注票を持ってきて貰う。
【スミテマアルバレギオ】の初仕事をゲットした。
キルロは興奮に少しばかり胸を躍らせながら、ギルドを後にした。
そんなキルロの姿を、ひとりの女が遠くから見つめていた。キルロは、そんな視線に気づく事などなく、帰路に着いた。
■□■□「
どうだろう? つか、もう受けてきちゃったけど」
キルロは、ハルヲとマッシュの二人を前にして、受注票を広げた。
「もちろん、相談しようと思っていたよ。でも、ギルドで探していたら、手頃なのがこれしかなくてさ。取られたらいやじゃん。【吹き溜まり】ってのが、引っかかったけど⋯⋯」
黙っている二人を前にしてキルロの言葉は尻つぼみになっていく。
「ま、こんなもんじゃないのか?」
「そうね⋯⋯」
二人揃って諸手を上げて賛成というより、渋々賛成と言った感じの答えだ。何とか賛同を得る事が出来て、キルロも安堵の溜め息を吐いた。
「そうなるとヘルプで地図師は必須だな」
「そうね、火力は落ちても、今後の事も考えると地図師は欲しいわね」
「そうだな。マッパーだな」
キルロも相槌をうっておく。
「あんた、絶対わかってないでしょう」
「そ、そうだな」
キルロは、ハルヲから視線を逸らした。
「ぶっはは、おまえさん達面白いな~」
マッシュはふたりのやり取りを、腹を抱えて笑った。そんなマッシュに、ハルヲは盛大な溜め息をつきながら不貞腐れる。
「アルフェンからの依頼内容を考えると今後【吹き溜まり】での探索ってのは、この先、おおいにありえるでしょう。もしかしたら、今回のクエストの【吹き溜まり】が対象の依頼ってのも少なからずありえるんだから、その時に地図があるのと、ないのとじゃ雲泥の差でしょうが」
「おお~」
キルロは素直に感嘆した。
なるほど、さすが副団長。
「報酬があれば、ヘルプの問い合わせは結構くると思うぞ。後は信用出来る人間を選べるかどうかだな。そこはおまえさん、団長の仕事だぞ」
キルロは、マッシュの言葉に頷く。
責任重大だな、いい人が来てくれるといいけどな。
「出来れば探索系なんで、スカウトとか盗賊系の人がいいけど、贅沢は言えないわね」
「マッパー。後はスカウト、シーフ系か。分かった」
キルロは、ハルヲの言葉を再確認して、深く頷いた。
■□■□
あくる日、キルロは、店舗兼【スミテマアルバレギオ】本拠地となっている、自宅の居間に鎮座し、次から次へと現れる面接希望に相対していた。
「どうだい、オレを使わないか? 役立つぜ~」
パス。
「団長さん、オレ一人いりゃあ、他のヤツラなんていらないぜ」
パス。
「私、料理が得意です」
え?! ちょっといいかも⋯⋯いいや、パスだ!
助っ人の要請を出した途端に、次から次へと応募が殺到し、対応に追われていた。応募は多いのだが、ピンとくる人がいない。
埒が明かない様に、ハルヲとマッシュにも同席をお願いした。
「今の人マジメそうじゃない? どう?」
キルロは、ハルヲの言葉に難しい顔を返す。
「アイツは、出来るぞ。以前一緒に仕事したことがある」
綺麗に描かれた地図も見せてくれた男を前にして、マッシュがキルロに耳打ちをする。
確かに、見やすく綺麗だ。
ただ、綺麗な地図を持ってきた人間なら他にもいた。キルロの中で、決め手に欠ける。
特にスカウト、シーフ系は、やはり一筋縄で行かないヤツラが多く、難儀していた。
「難しいなー、決めちゃおうかな」
キルロの口から弱音が漏れる。キルロは、手を後ろに組んで、背もたれに体を預けていった。ここまできて妥協したくないのだが、時間も無制限にあるわけではない。少しばかりの焦りも、生まれていた。
「あの~、すいませんです」
ヒューマンの女性が、二枚の紙をテーブルの上に並べた。
丸い大きめの眼鏡をかけ、背中まで伸びる髪はふたつにきっちりと結ばれている。黒く長い毛は、まるで闇夜のようだった。
眼鏡の奥から覗く瞳は大きく鼻筋は通っているが、唇は薄めで小さい。口調と優等生みたいな顔立ちから、大人しそうな印象を受ける。
ただし、身長はキルロをはるかに凌いでいた。
しかし、デカイな。
キルロ達は、テーブルに置かれた二枚の紙をまじまじと覗く。
紙には地図が描かれており、同じ地図が二種類並んでいた。
「あんた、名前は?」
「はい、すいませんです。フェイン・ブルッカと申します」
「マッパーはフェイン、あんたに頼むよ。よろしく」
「は、はい、よろしくお願いしますです!」
フェインは勢い良く立ち上がり、深々と頭を下げた。
その様子にハルヲとマッシュは呆気に取られてしまうが、すぐに気を取り直して、フェインに向いた。
「ハルヲンスイーバ・カラログース、ハルって呼んで⋯⋯」
「⋯⋯マッシュ・クライカだ、マッシュでかまわない。よろしく」
二人も呆気に取られながらも、挨拶を交わしていった。
■□
「とりあえずマッパーが決まって良かったな」
面接が終わると、キルロは大きな伸びをしながら二人に言った。何だかひとりだけ、満足感に浸っている。ハルヲとマッシュは、そんなキルロとは正反対に、モヤモヤが取れないでいた。
「“良かったなー”じゃないわよ! なにいきなり決めちゃって。大人しそうな女の子ってのが、決め手なの!?」
ちょっとスネた感じのハルヲが視線を横にプイっと向けてしまう。
「アハハハ、でも、ホント、なんで彼女にしたんだ」
“うーん”とキルロは腕を頭の後ろに回しながら答えた。
「二人も見ただろう。フェインだけだったんだ、現地で描いた地図を持ってきたのは。清書されたものを見せられても、どうにでも出来るだろう? 現地でどうやって書いて、それをどうやって清書したのか⋯⋯現地で書かれた地図は、清書に比べれば荒かったけど、分かりやすく描いてあった。他のヤツラは現場での力量を計る材料がなかったんだよね。ま、それだけなんだけど」
と、キルロは笑顔を向けた。
「なるほどね」
「考えなしって訳じゃなかったのね」
マッシュもハルヲも意外そうな表情を見せ同意した。
■□■□
キルロ達は、参加する地図師が決定したことを伝える為ギルドに向かう。ハルヲやマッシュ達と一緒に店をあとにして、中心街を三人で歩いていた。くだらない事を語り合う様は旧知の仲に見えるかも知れない。マッシュとは獣人街に帰るため途中で別れた。
ハルヲとふたりで、どうでもいい話をしながら歩いていると、美しいエルフの女性が近づいてきた。
そのエルフは、明らかにこちらへと向かって来ている。その様にハルヲが露骨にイヤな顔して見せた。
「そんなにイヤな顔しないでよ、ハーフちゃん」
そのエルフは妖艶な笑みを浮かべ、こちらに話しかけてきた。
ハルヲの表情は、より一層険しい顔つきなり、“チッ”と聞こえるように大きな舌打ちをした。
「なんかようかな? 今忙しいんだ」
断りの定型句をキルロは口にした。
エルフだよな?
そう疑いたくなるような雰囲気を醸し出している。生真面目なエルフとは思えない、怪しい雰囲気を纏っていた。
「あらあら、お邪魔だったかしら。ごめんなさいね」
わざとなのか、天然なのか、全く読めない人を食ったような口調を響かせた。
「そうだな、もういいだろう」
キルロは足早に離れようと先を急いだ。
「あ、ちょっと待って下さらない。私をアナタのクエストパーティーに入れて貰えないかしら? 面接の時間に、間に合わなくて。そこのハーフちゃんみたいなパワーは無いけど、お役に立てると思うわよ」
エルフは、笑みを深めながら、二人の行く手をやんわりと阻んだ。