設立
「に、に、20万?! ミルド!?」
「はぁ~い、左様でございます」
ギルドの受付嬢が満面の笑みで、死の宣告とも言える冷酷なワードをキルロへ投げつけた。驚き、おののいているキルロに対する受付嬢の無慈悲で冷酷な笑みに、キルロは次の言葉がなかなか出せないでいた。
「ぉぉぉぉ⋯⋯マジっすか」
「はぁ~い! マジでございます」
「それは、なんとかならんものですか?」
「はぁ~い、なんともなりません」
なんとも貼りついたような笑顔の受付嬢が、表情を崩さずにキルロに答える。
世の中って世知辛い、そして厳しい。
今まさに、世の中の厳しさ最前線に立たされ窮地に追い込まれているに違いない。
どこかに救いの神はいないものなのか⋯⋯。
“はぁ~い、現れません”
心の中の受付嬢がバッサリ斬り捨てた。
ソシエタス設立の為の登録料、手数料に諸々20万ミルド。3万ミルドですら滞っているのに。目の前が涙で滲んできそうだ。
「はぁ~い、ではでは、お支払いはどうされますか? 一括でされますか? 分割でされますか?」
「⋯⋯ぶ⋯⋯分割でお願いします⋯⋯」
キルロは、消え入りそうな声を絞り出すのが、精一杯だった。あまりの衝撃に血反吐を吐くんじゃないかと思ってしまう。
「はぁ~い、分割ですね。御名義はどうされますか? 個人名でされますか? ソシエタス名義にされますか?」
「うううぅぅぅ、こ、個人で」
溢れそうな涙を堪える。
上を向いて歩くのだ。
「はぁ~い、かしこまりました。ではでは、こちらに記入をお願いします。それと、こちらにはソシエタスの名称をお願いします。こちらの欄には、団長の御名前と副団長の御名前をお願い致しまーす」
あ、語尾が伸びた。
そんなくだらないことを思いつつ、差し出された登録証に、キルロは記入していく。団長の名義は自分の名を、副団長の名義はハルヲの名を記入していった。
了承貰ってないけど、いいよな。つか、他にいないし。
あ! 肝心のソシエタスの名称考えてなかった。
どうしよう⋯⋯。
「はぁ~い、記入をお続けのままお聞き下さい。ソシエタスとして、毎月5万ミルドの更新料をお支払い下さい。お支払いが滞りますと自動的に解散という事になりますので、お気をつけ下さーい」
書いている手が止まる。
え? 毎月5万ミルドも払うのか?! 確かにクエストの報酬額の桁が、一つ二つ違うけど、人件費やら諸々も掛かるし⋯⋯その辺大丈夫なの! オレ!
「はぁ~い、手続きは以上になります。今後とも我がギルドを宜しくお願いいたしまーす」
「あ、はい。いたしまーす⋯⋯ハハハ」
受付嬢の笑顔は貼り付いたままキで、ルロの笑顔はひきつったままだった。
■□■□
「手続きして来たぞー」
キルロは自宅に帰る途中、【ハルヲンテイム】に寄り、ハルヲに経過を報告する。
「ご苦労様。滞りなかった?」
ハルヲが仕事の手を止め裏口に現れた。
「大丈夫だ。ただ色々と体力削られたよ」
「そうなの? まぁ、完了したならそれでいいわ」
あっさりとハルヲは答えた。キルロの気苦労は、苦労としと認めて貰えないようだ。
「鍛冶、調教全般、採取、討伐、探索、その他⋯⋯って、感じにしといた」
「いいんじゃない」
「あ、あとハルヲ副団長な」
「えー、いやよ」
「仕方ないだろ二人しかいないんだから、団長が良かったか?」
「絶対イヤ。事あるごとに、名前出るとかでしょう? 面倒でしかないわ」
確かに矢面に立つんだよな、これから。
「まぁ、いいじゃん。副団長いないと、オレ不安過ぎるもん」
「まぁ、確かにアンタが団長だもんね。副団長がしっかりしなきゃかかぁー、あぁーやだなぁー」
もの凄く面倒臭さ全開でハルヲは、顔をしかめて見せた。本気でイヤがっているのが、イヤでも伝わった。
そんなにイヤがらなくともいいじゃん。
「イヤイヤ言うなよ、諦めろ」
「はいはい。で、名称は?」
「ああ、それな、【スミテマアルバレギオ】だ」
「何それ??」
ハルヲは、物凄く微妙な表情を浮かべる。
「鍛冶師と調教師。それと、サーベルタイガーと白蛇の白。合わせて、【スミテマアルバレギオ】だ」
「云われは悪くないけど、そこはかとなく微妙ね」
全くもって同意見なのだが、いいのが浮かばなかったんだから仕方ない。
「オレもそう思う」
「まぁ、いいわ。変に大仰な名前つくよりマシって事にしとくわ」
「白い閃光みたいな?」
その瞬間、キルロの腿裏に激痛が走る。ハルヲの見事な蹴りが、腿裏に決まっていた。
いってぇー!
「泣くぞ!」
「知るかっ!」
ハルヲが睨みを利かすと、キルロは涙目で腿裏をさする。痛みに耐えながらキルロが続けた。
「団員の募集もギルドで張り出してきた。いいやつが、来てくれるといいんだけど、早々こねえよな~」
「まぁ、こないでしょうね。こればっかりは何とも言えないわ。そういえばアンタ設立金はどうしたの? お金、ぜんぜんないでしょう?」
「あ、個人の分割にして貰った」
「え?! ちょっと相談しなさいよ」
飽きれたとばかりに、ハルヲは溜め息をついて見せる。
「相談って言ってもなぁ、ないもんはないもん」
「“ないもんはないもん”じゃないわよ、全く。一人で被ることないでしょう」
“うーん”と、キルロは腕を組んで唸る。
「ま、いいじゃん。もう手続きしちまったし、頑張って稼ぐ! で、どう?」
ハルヲは、盛大な溜め息と共にうなだれてしまう。
「じゃあ、所在地はどこにしたの?」
「ウチの店」
ハルヲは天を仰ぎ、頭を抱えた。
「もういいわ。登録しちゃったし。ある程度ソシエタスが形になったらウチの店の空き部屋を実質的な拠点にするから、店の子達には私から言っておくわ」
「え! いいのか」
「いいも何も、もう少し頼りなさい。あんたひとりに任していたら、とんでもない事になりそうだわ」
「いやぁ~」
ハルヲは何度も頭を振ると、キルロは眦を掻いていた。
■□■□
ソシエタス登録から数日。キルロは借金返済に向けて、工房で槌をふるっていた。
「おーい! 団員募集見たんだけど、いるかい?」
募集に引っかかった!?
店先からの呼び声に、キルロは慌てて工房を飛び出した。店先には、満面の笑みをたたえる狼人の男が佇んでいた。
「マッシュ!?」
キルロは驚きを隠さずにその名を読んだ。だが、次の瞬間には、再会出来た嬉しさがこみ上げてくる。
「なんだかおまえさん、また面白そうな事始めたな。良かったらオレも混ぜてくれないか」
心底愉快そうにマッシュは告げる。まさかのひとりめに、キルロは興奮を隠せないでいた。
「本気か?! いやホントに嬉しいよ。こちらからお願いしたいくらいだ」
「ハハハ、じやあ、話は早いな」
“あっ!”と、キルロの表情が少し強張りを見せる。
「じつは入団して貰うに当たって、いくつか話さないとならないんだ。しかも聞いたら最後、後戻りはなしだ。どうする? こればっかりは、マッシュ自身で決めてくれ」
「そうか⋯⋯まぁ、いいよ。入団でよろしく」
あっさりにこやかに、マッシュは即答して見せた。
あまりの即答ぶりに、キルロの方が少し戸惑ってしまう。キルロは、意を決し奥で遊んでいるキノを呼ぶ。
「じゃあまず、キノー!」
“はーい”と、キノが店先にやってきた。
「あ! 狼の人! 久しぶり!」
キノが手を上げて見せると、さすがのマッシュも、状況判断の処理が追いつかないようだ。マッシュは、目をパチクリさせながら、キノの顔を覗き込む。
「久しぶりって?? キノ? どういう事だ?? え? 白蛇?? うん?」
だよなぁ、そうなるよな。
キルロはマッシュに、人型になった経緯を正直に話した。納得出来たかは微妙だが、理解はして貰えたようだ。
「この事を知っているのは、ハルヲとハルヲの店の店員、それとと、あるパーティー。そのあるパーティーについては、これから説明するよ。人型に戸惑うのは最初だけだ、すぐに慣れるさ」
“そうか?”とだけマッシュは答える。だが、やはり不思議な物を眺めるかのようにキノを見つめていた。
「そのあるパーティーの事だなんだが、それって勇者のパーティーなんだよ」
「はぁ?? 勇者??」
マッシュから冷静な表情は消え、困惑の表情はさらに深くなった。冷静なマッシュとは思えない狼狽ぶりを見せる。
キルロは、勇者との顛末を伝え、極秘で直属のパーティーになった話をした。
「ハハハ、いつも斜め上からの事が起こるのな。退屈しないよ、ホント」
マッシュは笑顔で言い放つ。
「後戻りはもうなしだ。宜しく頼むよ」
「わかった」
キルロとマッシュは、がっちりと握手を交わした。
ふたりは、その足でハルヲの元へと向かう。
「ハルヲー! 団員が見つかったぞ!」
キルロはいつものように、裏口から声を掛けた。
「デカいな⋯⋯」
その横で、マッシュは【ハルヲンテイム】を見上げ、感嘆していた。
「見つかったってどういうこと? そんな簡単に?」
ハルヲが怪訝な表情で、裏口から顔を出す。
「こちらからお願いしたいくらいの人材だ。間違いない!」
「ま、団長のあんたがそ、こまで言うなら⋯⋯」
やや諦め感のある物言いだが、ハルヲはキルロの言葉を信用した。
「マッシュ・クライカだ。宜しくハルヲンスイーバ・カラログース。まさか、キルロがハルヲンスイーバと近しい関係とはね」
「ハルって呼んで。宜しくマッシュ・クライカ」
「マッシュでいいぞ。ハル」
ふたりは手を差し伸べ、握手を交わす。
まずは一人目。マッシュ・クライカが仲間になった。
「まさか、あのハルヲンスイーバと、パーティーを組む事になるなんてな。ここ3年くらいは、店に集中か?」
「そうね、店に集中していたわ。おかげさまで、今は少し余裕が出て来たって感じかしら」
「ほう。やるなぁ」
素直に感嘆の声を上げるマッシュの横で、キルロは親指を立てて見せた。
「これでクエスト受けられるよな!」
「う~ん、どうかな?」
「そうよね、まだ三人だからね」
慎重なふたりに対し、キルロはもどかしい表情を見せる。20万ミルドのためにもサッサとやろうよと、キルロは心の中で叫んでいた。