独演と懐疑ときどき勇者
━━━━━レギオ会議の数日前。
【蟻の巣】この空間に少しばかり落ち着きが訪れ始めた頃の話。
オットも目覚め、各々が思う所があるのだろう、口数は少なく起きた事について各自が口を閉じ逡巡している。
皆が眉間に皺を寄せ、難しい表情を見せていた。
「サイクロプスは調教されていなかったのか?」
「もちろン試したが、反応はなシ。調教されたものではなかっタ」
「だよな」
カズナの答えは予想していたものだ、やはり【吹き溜まり】は一筋縄ではいかない。
今回はそれをイヤと言うほど痛感した。
「のう。さっきから調教がどうの言っているが、あんな怪物を調教なんて出来るのか?」
ウルスがふたりのやり取りに首を傾げていた。
キルロはカズナに視線を送るとカズナは眉をひとつ動かし口を開く。
「詳しい事は言わないガ、小さいものなら出来ル。その術をアッシモは知っていル」
アッシモという単語にオットが反応した、鋭い視線をカズナに向ける。
「いんやぁ、しかしよ。あの数を捕まえて術かけるなんてえらい大変じゃのう」
ウルスはラミアの黒い大群を思い出し渋い表情を見せる。
たしかに、今まであまり考えてなかったが、【果樹の森】もとてつもない数で埋め尽くされていた。手間を考えると万能ってわけでもないのか。
「相当な労力がいるぞ。あの数をいったい何人で何日掛けて集めたのだ?」
クラカンも波のように押し寄せたラミアを思い出す。
考えただけでも面倒な作業だ、みんながその労力を想像して黙る。
とてもじゃないが、やりたいと思う作業ではない。
そんなみんなの姿をカズナは困った表情で首を傾げていた。
「おまえ達ハ、何を言っているんダ? あんなもの一匹ずつ捕まえるわけないだろウ」
カズナはみんなが言っていることが理解出来なかった、なんでそんな事言うのかが分からなかった。
カズナの言葉に全員が固まる。
他に方法がある? 捕まえない? どういうことだ?
「カズナ、どういう事? 調教というか術はかけるのよね? 捕まえてこない? え?! でもあの数??」
ハルヲも混乱している。しかしハルヲの言葉がみんなの思いを代弁していた。
それこそアルフェンも、事情を知ったオットも、困惑の表情を見せていく。
「おまえ達ハ、【魔の素】も知らないのカ??」
カズナは呆れ顔で言い放った。
みんが顔を見合わせ、首を横に振る。
カズナ少し驚いた表情を見せ、肩をすくめた。
「真っ黒の軽い石ダ。それで覆った部屋へ術をかけたモンスターをぶち込ム。数日後には部屋の中が術のかかったモンスターで溢れているゾ」
━━━━━━ 会議室のざわつきが止まらない。
今まで聞いたこともない話を矢継ぎ早に聞かされ、弱冠の混乱を来す者もいた。
【ソフィアレイナレギオ(知恵の女王】団長のライーネがもっとも怪訝な表情でキルロを睨む。
アッシモと繋がりあり、そのソシエタス名、間違いなく学者系だ。
常識から外れた未知の事柄に混乱を隠せなかった。
オットに視線を移すと混乱具合が楽しくてしょうがないみたいだ。
満面の笑みで困惑している様子を楽しんでいる。
「はい、はい、はい。ちょっと落ち着こうか。本当に君達は次から次へだね」
アステルスが軽く手を叩くと、少しばかり顔をしかめてその場を治めていく。
キルロに向くと大きく嘆息して見せた。
こっちが溜め息を漏らしたいよ。
「ちょっとにわかには信じられないのですよ。モンスターをテイム? しかも増やす? ありえないですわ」
ライーネが噛みついてきた、説明が面倒くさい。
またも視線がキルロに集まる。
オレの独演会かよ、大きな溜め息をついてライーネに向かった。
「別に信じなくてもいいさ。事実を言ったまでだ。問題なのはこれをアッシモが知っているという事だ」
「私ども何年も研究しておりますが、そんなもの仮説にすら辿り着いておりませんよ」
「何年? そらぁそうだろう。きっとこの術式は数十年、もしかしたら数百年という歴史を経て、種族を守る為に編み出した秘術だ。たかが数年齧った所でスタート地点にだって立てやしないさ」
キルロの正論にライーネはむくれて、そっぽを向く事しか出来なかった。
「その秘術とやらはどのようなものなのだ?」
メイレルはエルフらしく、落ち着いた口調で問いかけてきた。
キルロは少し唸り、逡巡する。
どこまで言っていいものか悩む、兎人達が脈々と引き継いで守っていたものを簡単に言って良いものか⋯⋯。
メイレルに向かい穏やかな口調で答えた。
「申し訳ないが、オレの口からは軽々しく言えない。兎人が大切に守っているひとつの文化でもあるから、今はちょっと。もし必要になれば開示する、それまではそういう事実があるって事だけを頭に入れておいて欲しい」
キルロの言葉にその場のざわつきが落ち着いていく。
メイレルもキルロの言葉に納得し、軽く手を上げた。
その姿に胸を撫で下ろし、言葉を続けた。
「兎人達も隠そうとしている分けではない。必要とあれば開示してくれるし、協力してくれる。現にウチにもオットにもアルフェンにも話してくれている。ただ、簡単に広げて悪用されるのもイヤだし、まぁ、今日のところは勘弁って事で頼むよ」
ざわつきは止まり、キルロも一息ついた。
ライーネだけは眉間に皺を寄せ、難しい顔しているが放っておこう。
「アッシモの狙いはまだ分からないのか?」
ウォルコットが今までの話を踏まえ口を開いた。いろいろな情報と知識を持って消えた。
これほどまでに厄介な存在だとは思っていなかった。キルロの発言でウォルコットの中でも考えを少し改めたのかも知れない。
「分からないね。まぁ、ウチが総力上げて捕らえるからさ、ちょっと待っていてよ」
オットの瞳が冷える、それと同時に強い意思も宿る。
【ブラウブラッタレギオ】として弔い合戦の様相を呈していくに違いない。プライドをズタズタにされて黙っているわけがないのはその冷え滾る瞳が物語っていた。
コケにされた分はきっちり返す。
何度となくオットから聞いた言葉がキルロの頭の中で繰り返された。
「足取りは掴めておるのか?」
「うーん、どうかな。隠れん坊が得意みたいだからね、難航中。でも、時間の問題だよ」
「手を貸すか?」
「ありがとうフィン! 何かのときはぜひお願いするよ」
オットが笑顔を向けると、フィンも頷き答える。
オーカという単語を出さなかったな。
この中に繋がっているかもしれない者が紛れている?
追えていないと言いつつも、捕縛に自信を見せておく。
誰も怪しくないし、誰もが怪しい。
脳みそがパンパンになるな、こういう駆け引きにはとことん向かないよなぁ。
一番怪しいライーネとのやりとりから見えるのはシロ、共犯もしくは支援者としてはあまりに情弱だ。
「私達の所に手伝わせて下さいな」
ライーネが真っ直ぐオットを見つめ挙手をした。
真剣な面持ちに一同が少し面食らう。
ライーネの真剣な面持ちにオットは嬉しげに笑みを浮かべた。
「本当かい!? 宜しくお願いするよ。アッシモの行動パターンとか僕らより理解しているし、心強いよ」
オットの即答に手を上げたライーネ自身が面食らったが、すぐにやる気の満ちた表情を見せた。
ライーネ達にとっては汚名返上のチャンスだ、そらぁやる気出すよな。
うん? そこまで考えて突っかかったのか? オットならやり兼ねない。もしそうだとしたら、すげぇを通りこしてちょっとこえーな。
「ひとついいかしら? ウチの娘が追っている反勇者はアッシモとは別なのよ。なんか情報ないかしら?」
メイレルが頬杖をつきエルフらしい憂いのある表情をキルロに向けた。
その姿にまたキルロに視線が集まる。
絶対、楽しんでいるな、一同の視線を躱すべくそっぽを向いた。
横目でチラっと覗き見ると期待値の高い視線が捉えて離してくれない、諦めて言葉を紡ぐ。
「アルフェンパーティーにいた治療師が襲われた話は知っているよな。その治療師、エーシャはつい最近ウチのメンバーになったんだが、エーシャを襲った犯人の像と【アウルカウケウスレギオ(金の靴)】ってのはどうにも結びつかない。それはシルが追っている反勇者にも言える、【アウルカウケウスレギオ】とは結びつかない」
「どの辺がだ?」
当事者の声を直接聞くのは初めてなのか、ウォルコットが真剣な眼差しを向ける。
その姿を一瞥してキルロは続けた。
「細かい所は省く、【アウルカウケウスレギオ】俗ぽい。欲に忠実って感じかな。シルが追っているのは、思想的なにおいがすると。どっちにしても欲求に忠実な気はするけど」
一同、押し黙り逡巡する姿を見せた。
【アウルカウケウスレギオ】を解体して終わりとはいかない、そこにこの問題の根深さがある。
「これは私見なんだけど、【アウルカウケウスレギオ】とシルが追っている思想的反勇者はどこかで繋がっていたと思う。【アウルカウケウスレギオ】が潰れて思想的反勇者にも焦りが出るんじゃないかなと⋯⋯、まぁ、想像の話なんで流して貰って構わない」
「なぜ繋がっていると考えるのだい?」
アステルスの真っ直ぐな瞳がキルロに向いた、キルロは頭を掻きながら嘆息する。
「そうだな、シルに助けて貰ったヤルバの件。シルはヤルバを追っていた、証拠はないがシルが追っていたという事は思想的反勇者の可能性がある。ウチらは知らず知らずのうちに【アウルカウケウスレギオ】を追っていた。それがあそこで交わった。まぁそれだけって話ではあるんだが、あの状況を鑑みると交わっているって考えるのが普通かなってね」
重い雰囲気が漂う、【アウルカウケウスレギオ】の解体でおおよそ方はついたと考えたのかも知れない、あとはアッシモを捕まえてしまえばそれで終わる、そんな空気で始まったがキルロの発言でそれで終わるとは思えなくなった。
まぁ、終わりじゃないよね。
「で、ヌシはどう思う?」
え?! またオレ? フィンが鋭く眼光を光らす。
「え? オレ?! そうだな⋯⋯、アッシモの件はオットを中心に、思想的反勇者はシルを中心に動いて、みんながそれぞれをバックアップすればいいの⋯⋯かな⋯⋯?」
「そうだね。それで行こう。各ソシエタス間での連絡も出来るだけ密にして、お互いにフォローし合おう。中央も君達のバックアップ体制をさらに強固にするので何かあれば気兼ねなく相談して欲しい。大事な局面を迎えたのではないかと思う、黒素の勢いも増している、みんな大変だと思うけど宜しく頼むよ」
アステルスはそう言って、頭を下げた。
アルフェンもそうだが偉ぶる感じの全くない兄弟だな、だからみんながついて行くのか。
会議が終わると一気に疲れが襲う、コンと額をテーブルに置くとヒンヤリとした感触が伝わった。
使い過ぎた脳みそをクールダウンしよう。
背中越しに、みんなの席を立つ気配を感じた。
終わった、疲れた⋯⋯。
「おい! おまえ!」
女の声が響く、誰か呼ばれているぞ。
「無視するな! おい! 【スミテマアルバレギオ】!」
「ふぇ?」
オレ? 今度は何? 誰?
キルロは冷え切らない頭をだるそうにもたげた。