鍛冶師と調教師と勇者達
【登場人物】
⊡キルロ 男 主人公
⊡ハルヲ 女 ドワーフエルフ
⊡キノ 女の子
⊡アルフェン・ミシュロクロイン 男 オッドアイを持つ、勇者の三男
⊡タント・ユイ 女 猫人 盗賊 アルフェンパーティーの裏方担当
⊡クラカン・ロンドベルフ 男 アルフェンパーティーの前衛
「単刀直入に言うね。君達に我々の直属のパーティーを組んで貰いたいのだ」
アルフェンは、穏やかだが良く通る声で告げた。真っ直ぐにキルロとハルヲを見据え、放たれた言葉に意志の強さを感じる。
「ハハ、何言っているんだ。ただの鍛冶師と調教師だぞ。無理、無理、無理。なぁ、ハルヲ」
キルロはアルフェンの言葉を笑い飛ばす。
ハルヲはその隣で前を向いたまま、剣呑な雰囲気を漂わせているだけだった。睨まれている猫人のタント
は、その雰囲気にやれやれと苦笑いで口を開く。
「ハルヲンスイーバ・カラログース。4~5年前この界隈じゃちょっとした有名人よね。“白い閃光”⋯⋯なんて異名もあったわね。あそこにいたサーベルタイガー由来かしら? キルロ・ヴィトーロイン。そういえば西方のヴィトリアに、著名な治療師⋯⋯名前はなんて言ったかしら? そうそう! ヴィトリア最大の治療院を運営する名家、ヴィトーロイン家! あらぁ? あなた同じ家名ね。関わりが合ったりして~」
タントがしなやかな手をヒラヒラ振りながら半笑いで言い放つ。“おまえらの事などお見通しだ”と、いわんばかりに言葉のはしばしから伝わって来た。
タントの言葉は、キルロの表情一を変させる。キルロは、険しい表情で勇者一同を睨んだ。
そんなキルロの姿に、ハルヲは“クエイサー達と遊んでらっしゃい”と、キノを退室させた。
「なんだ? 嗅ぎ回っていたのか?」
キルロは突き刺すような視線をアルフェンに向け、警戒を見せる。
「内緒にしていた事は謝罪するよ。ただ聞いた所で、君は答えたかい? 洞窟での雨宿りの日、君は家名を名乗らなかったよね。直属のパーティーに誘うんだ、近辺については調べさせて貰うさ。その上での勧誘だよ。勿論、強制は出来ないけどね」
アルフェンは、キルロの問い掛けをあっさり認め、頭を下げた。
キルロを見つめるアルフェンの視線は全く淀みがない。
アルフェンの言葉に嘘はないのだろう。だが、コソコソと嗅ぎ回られたのは、やはり面白くはない。
「あそこで私たちを見つけたのは? 貼り出されたクエストを見て様子を窺っていたって事?」
今度は、ハルヲがタントに突き刺す視線を向けた。そこには不信感しか感じ取れない。
「あぁ~あれね。たまたまよ。偶然ってやつ? クエストがどうの言ってきた時は、何言ってんだかさっぱり。見た事のある白蛇が目に入ったんでね、あれれ? もしかして⋯⋯ってね。あんた達運が良かったわねぇ」
タントは相変わらず飄々としている。
捉えどころのないヤツね。
ハルヲは睨み続けながらも、洞窟で会った時の殺気はまったく感じていなかった。ハルヲの中で、敵なのか味方なのか判別つかない状況がもどかしい。
“再会”って何? ハルヲの知り合い??
ふたりのやり取りを横目に、キルロもまた逡巡していた。
どこまで信用出来るのか、信用していいものなのか、判断出来ないでいた。
直属のパーティーってどういう事だ?
彼らのイヌになれって事か?
そいつはごめんだよな。
キルロとハルヲは黙って思考を巡らせている。どうすればいいのか、何が正解なのか。彼らの目の前であからさまに相談出来る雰囲気ではない。キルロが視線をハルヲに送ると、ハルヲもまた視線をキルロに向けていた。
「白精石」
唐突にアルフェンが聞き慣れない単語を口にした。
アルフェンは、キルロとハルヲをじっと見つめ相変わらず落ち着き払っている。
「なんだそりゃ?」
耳慣れない単語にキルロは聞き返す。専門家ではないが、素材になる石なら耳にしたことはあるはずだ。しかし、白精石なんて石は聞いた事がない。
「キノについている石の名前知っているかい?」
アルフェンが自分の鼻の頭を指しながら言う。
「え?! あれが、白精石?」
「フフ、話が早いね。カラログースさんも知っている⋯⋯でしょう?」
「どういう事だ??」
何かに感づき“チッ!”とハルヲは舌打ちしてタントを睨んだ。タントの方は我関せずといった感じで肩をすくめて見せる。
何?? どういう事??
「あんたが、あの時寝転んでいたあの場所。そこにあった岩壁の石がそれって事でしょう。あった事を口外しないのを条件に、アイツに外まで案内して貰ったのよ」
ハルヲはタントを親指で指した。
【吹き溜まり】で会っていた? 助けて貰った? どういう事?
「ちゃんとお口にチャック出来ていたわね~。えらい、えらい」
「ァアアン!」
タントの人を食った口ぶりに、ハルヲがイラつきを隠さない。
「おい、タントいい加減にしろ。アルフェンの話が進まんだろう」
黙って成り行きを見ていたクラカンが口を開いた。“すまんな”と、ハルヲに謝罪する。
口外してはいけないって事は、隠さなきゃいけないもの⋯⋯何かマズいものなのか? キノにつけちゃダメだったのかな?
「あれ?? 何か見たら行けない物なんだよな? だったら、オレ達には何も言わず、黙ってればいいじゃん?」
「はっは~! そうだね。失敬、失敬。白精石の事を知っているのは、勇者のパーティーと直属である一部のパーティーだけだった。言っちゃマズかったね」
「アンタ、わざとだろ!」
あまりにもわざとらしいアルフェンの口ぶりに、キルロは思わず吼えてしまう。そんなキルロの姿に、アルフェンは口角を上げて笑みを浮かべた。
「アレがどういうものか、わかるかい? アレは世界の命運を担うモノと言っても良いくらい重要なものなのだよ。あの存在が、もし世界に知れ渡れば世界の均衡が崩れるかもしれない。それくらい重要なものなんだ」
キルロもハルヲもイマイチ頭がついていかない。
ただの綺麗な石なんじゃないのか?
命運を担う?
あんな石が?
世界の均衡が崩れる? どういう事だ?
「精浄しているって話はしたよね。どうやって行っているかって話はしてないよね。簡単に言うと黒素を中和する魔具をこの土地に撒いて、中和することで、人が住めるようにしているんだよ。その魔具は勇者の家系しか作れないと言われている」
「?? だから?」
「言われている。だけで作ろうと思えば作れるのさ」
「え?! だったら皆で作って一斉にバラ撒けば済む事だろ?」
アルフェンとキルロのやり取りを聞いていたハルヲが何かに気がついた。
「材料⋯⋯って事ね」
「さすがだね。話が早い」
あの石が中和の材料って事か!?
「でも、だったらハルヲが言ったように、情報を開示して大量生産すれば⋯⋯」
アルフェンは首を横に何度も振る。
「白精石は、黒素の濃い所にある。それ以外の条件が未だに分からないんだ。何かが変化しているのか? 何年かかるのか? どこに行けばあるのか……」
その言葉にハルヲは気が付いた。
「北方か【吹き溜まり】って事?」
「そういう事。でも、【吹き溜まり】なら絶対あるって訳でもないし、【吹き溜まり】の探索に人員をさけるほどの余裕も正直ない。恥ずかしい話、現状を維持するだけで今は手一杯なんだ」
アルフェンは肩をすくめ、嘆息して見せた。ハルヲは目を閉じて頭の中を整理する。
「でも、それがどうして世界のバランスと係わるんだ?」
「あの石を自分達の国だけに使おうって人間が現れたらどうなると思う? あの石を持つ事に寄って、独裁体制が可能になってしまうと思わんか?」
クラカンはキルロに静かに答えた。まだピンときないキルロに、クラカンは言葉を続ける。
「独裁者が現れれば、それに対抗する勢力が現れる。独裁者が二人、三人と現れれば独裁者同士で資源を奪い合う争いが起きる。まして、白精石が、どれくらい残存しているのか分からないのだ。そんな資源を、取り合うことになって、この世界が良い方向に進むと思うか? 黒素は、容赦なく迫っている。争っている場合じゃない世界で、そんな事をしていたら⋯⋯結果はわかるだろう?」
クラカンの言葉を理解し、キルロはようやく事の重要性を理解した。
あんな石が??
話のスケールがデカ過ぎる。
だけど、そんな話を聞かされてどうしろと言うんだ。
「君はこう思ったかい? 僕達に下僕のように扱われるのかと」
「いや⋯⋯まぁ⋯⋯正直、そうかな」
「僕達にそんなに余裕はないんだ。単純に一緒に動いてくれる、助けてくれる仲間を探しているだけなんだよ」
キルロは、真っ直ぐなアルフェンのオッドアイに、吸い込まれそうになる。その言葉に嘘は無いのだろう。だが、何かスッキリとしない思いがあるのも事実。
アルフェンはいたずらっ子のような笑みを見せ、まるでキルロの心を見透かすかのように言葉を続けた。
「後はそうだな、門外不出の情報を君達は知り過ぎたね。後戻りは許されないかな」
「うおい!? あんたが勝手にベラベラしゃべっただけだろう! こっちは別に聞きたくもない情報を聞かされただけだぞ」
アルフェンはニヤリと笑顔を返す。
「口が滑ってしまったよ」
「それだけ?! 本気か?!」
キルロは頭を抱えてしまう。
ダメだ、イマイチ頭がついていかね。
ハルヲはそのやり取りを見ながら考えていた。
何が正解?
言葉に嘘は無いというより正直過ぎる。こちらに声を掛けて、彼らになんのメリットがあるのだろう? もっと使えそうな優秀な人間がいるだろうに⋯⋯。
「勇者なんて言われているけどさ、その気なれば誰でも出来る仕事をしているだけなんだよ。魔具を作ってばら撒く、それだけさ。ただ、他の人と違うのは魔具を決して自分達の為だけに使わない。人と違うとしたらそこだけかもね」
アルフェンが珍しく真剣な顔で語った。
本音を聞いたような気がした。
キルロはアルフェンを真っ直ぐ見つ直す。
「わかった。やる」
キルロは間髪容れずにすぐ答えた。
「え? おまえもうちょっと考えて⋯⋯」
と、戸惑うハルヲを制止して、キルロは続けた。
「なんだかんだ言っても、あんた達は皆の為に働いているんだろう? それを手伝ってくれってだけの話なんだ。だから、断る理由はない。オレで手作える事があるなら、手伝うよ」
まるで自分に言い聞かせるようにキルロは答えた。
事は簡単なんだ。だれかの為に働く。それだけの話だ。
複雑に考えるのは止めよう。
「ただしだ。ハルヲは関係ない、オレだけがやる。それが条件だ」
アルフェンが少し考えて“じゃあ…”と何か言い掛けると、ハルヲが口を開いた。
「この馬鹿! 何が、“オレだけが⋯⋯”よ! 一人でカッコつけてんじゃないわよ。アンタより私の方が即戦力なんだから、アンタこそ引き下がんなさいよ」
「まとまり掛けた話をほじくり返すなよ。白い閃光が!」
「この野郎!」
ハルヲは顔を真っ赤にして、キルロを睨みつける。どうやら、ハルヲに取って、その異名は黒歴史らしい。
「何をこのー! ヴィトーロイン家のお坊ちゃまが!」
「ぬう!」
キルロとハルヲは睨み合う。勇者一同が、嘆息しながらそれを眺めていた。
「で、結局どうするのさ?」
タントが飽きれモードで言い放つ。
「「やる!」」
と、二人はハモった。アルフェンは大笑いし、クラカンは苦笑い、タントは盛大な溜め息をついて呆れていた。
「アハハハハハ、君達はホントに面白いね。快諾してくれてありがとう宜しく頼むね」
「宜しく頼むよ」
「えぇ、宜しく」
キルロとハルヲの二人は、改めてアルフェンに承諾した。