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鍛冶師と調教師 ときどき勇者と 【改稿中】  作者: 坂門
鍛冶師と治療師ときどき
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黒い波

 腐臭、鉄臭、獣臭、入り混じる不快な臭い。

 入口から送り込まれる新鮮な空気が、いつまでも空間を満たしていかない。

 キシャとウルスが【ブラウブラッタレギオ(青い蛾)】の団員を確認しては腰に手をあて宙を仰ぐ。

 その光景を見つめる事しか出来ず、掛ける言葉が見つからなかった。

 横たわる4人にありったけの回復薬と点滴を投入していく。

 苦しそうな呼吸は治まり、4人とも穏やかな寝息を立てている。


「ゥ⋯⋯ウゥ⋯⋯ンン⋯⋯」


 寝ていた犬人(シアンスロープ)が覚醒していく。

 目を見開くとその瞳を恐怖が塗りつぶした。


「キャアアアアアアアアアアア!!」

「大丈夫、大丈夫よ」

「ココ!!」


 体を起こし叫びを上げる。

 覚醒と同時に恐怖が襲いかかった。ハルヲはすぐに声を掛け抱き寄せ、キシャとウルスがその叫びに飛び込む。

 ガタガタと震える抑えの利かない体でハルヲにしがみついていく。

 恐怖に目を剥くその顔がここで起こった凄惨な出来事を雄弁に語っていた。


「ココ! 大丈夫か? 何が起こった!?」


 矢継ぎ早に言葉をぶつけるキシャをハルヲは手で制した。

 黙るキシャを一瞥し、ココを見つめ、抱きしめる腕に少し力を込める。


「大丈夫、もう大丈夫だから」


 ハルヲは何度も繰り返す。

 荒い呼吸としがみつく強い腕の力が、極度の緊張状態だと伝わる。

 何度となく繰り返したハルヲの言葉に、少しずつ、少しずつ落ち着きを取り戻していった。


「落ち着いた? これ飲んで」


 水筒を手渡すと一気に飲み干し、緊張がゆっくりとほぐれていった。


「少し休んで。ここはもう大丈夫だから」


 ココは黙って頷き、目を閉じた。

 さて、どうしたものか。

 この人数を外に運ぶには単純に人数が足りない。

 キシャ達はここの整理もしたいだろうし。

 逡巡しているハルヲにウルスが声を掛けてきた。


「見事じゃのう。ヌシは医者だったのか」

「まさか、ただの調教師(テイマー)よ。あなた達になんて声掛ければいいのか言葉が見つからなくて、お気の毒なんて言葉じゃ軽すぎて何も言えなかったわ」

「もう十分じゃ。あんたらがいなかったらこの4人だってどうだったか⋯⋯」


 ウルスが横たわる4人を見つめる。

 瞳が映す悲しみがハルヲの心臓をギュッと握り、苦しい。

 そう、もっと救えたはずだ。

その思いが胸を苦しめる。


「オレからも礼をいわせてくれ、助かったよ。救出してからの治療の連携が凄かった。まるで野戦病院のようだったよ。こんな何もない所であんな芸当やってのけるのはあんたらだけだ」


 キシャもハルヲに声を掛けた、この現場での功労者は間違いなくハルヲだった。

 的確に指示を飛ばし、この現場を、荷物を持って駆けずり回る。

 生存者を確保出来たのは間違いなくハルヲの働きがあったからだ。

 

もっと早く到着出来てればもっと救えた命があったろうに。

キシャの心にくやしさが滲む。

 転がる仲間の躯を見渡し、どうにもならない衝動を押し殺していった。


「このあと、どう動く?」


 マッシュが点滴を持ちながら問いかけ、次の行動について言及した。

 キルロはその言葉に横たわる4人と入口を見やり、逡巡する。

 その様子を見てキシャが片手を上げ、口を開いた。


「運べる程度に回復したら、とりあえず【蟻の巣】に運ばないか? 仲間が補給を届ける手筈になっている。そこでもう少し回復させてから街に戻るってのはどうだ?」

「意義なしだ、そうしよう。オレ達も交代で休憩を取っていこう、まだ先は長い」


 キルロがパンパンと手を軽く鳴らし鼓舞した。それを合図に無理矢理、空気を弛緩させていく。【吹き溜まり】の中を突っ切る時だけ踏ん張れればそれでいい。

 キルロが入口を睨んだ。

 アッシモにいいようにやられた悔しさが滲んでくる。

 クソ!

 心にひとつまた消えそうにもないしこりが残った。





 クラカンとミースが覚醒したのを見計らい【蟻の巣】を目指す。

 フラフラと立ち上がるふたりを支え、淀み切った空間をあとにした。


「クラカンもミースも余り無理をするな。距離はたいしたことはないんだ、焦らず行こう」

「すまんな」


 キルロは“気にするな”とクラカンの背を軽く叩いた。

 キルロはクラカンに肩を貸し、フェインがミースに肩を貸す。

 ショックの大きいココをウルスがおぶさり、キシャがまだ目覚めぬオットを背負った。

 カズナとキノが先頭、マッシュとユラがしんがりを務める。

 ハルヲが荷物を背負い、本調子にはほど遠い4人の様子を注視しながらパーティーはゆっくりと進んで行った。

 大型種を倒したばかりだ、エンカウントはきっと大丈夫。

 少し楽観的だと思いながらもそう信じて歩を進めた。

 (もや)のかかるうす暗い森の中を黙々と進む。

 パーティーの足跡が柔らかな土にくっきりと刻まれていく。

 風もなく空気は淀む、それでもあそこに比べたら100倍マシだ。

 力の入らない体をクラカンとミースは必至に動かしていく。

 落ちた体力が足取りをさらに重くしていた。


「大丈夫か!? もう少しで【蟻の巣】だ!」


 キルロの叫びと何かが聞こえた。

 カズナとキノが構える。

 本気か!? 

 キルロが視線を忙しなく動かす。

 マッシュとユラも空気が変わったのが分かった。

 風がないのに草の擦れる音が届く、それもいくつもの擦れる音が聞こえる。

 途切れない擦過音とその数にパーティーの警戒が一気に上がった。

 近いのか?

 見渡すとすぐ側に大きな木が見えた、キルロはそこを指差す。


「ひとまず、あそこの根元に4人を避難させよう。キノとハルヲ、4人を頼む。エーシャ! 後衛は任せた、頼むぞ」

「任せてよ!」


 木の根元に4人を避難させる。

 4人の前にキノと弓を構えたハルヲが陣取る、その前にエーシャがいつでも詠えるように準備をしていた。

 残りのメンバーで大きな木をぐるりと囲むように警戒態勢を取っていく。

 草を擦る音が大きくなっていき、いくつもの影が蠢めいていた。

 なんだあれ? 

 遠目に見るのは下半身が蛇、上半身が女性の姿のモンスター。

 女性といっても醜い相貌に胸らしき凹凸、辛うじて人型と認識出来る程度の容姿。

 手には長い爪、大きな口を開き、その口から先がふたつに割れた長い舌を垂らしている。

 黒素(アデルガイスト)に染まる体は黒く煤け、2Mi近い体をうねらせながら近づいてきていた。


「気持ち悪いな。ありゃあなんだ?」


 キルロが目を凝らしながら問いかけた。

 マッシュの目が警戒を強めていく。


「ありゃあ、ラミアだ。しかも尋常じゃない数いるぞ」


 しばらくもしないうちにマッシュの言葉を理解する。

 それはまるで黒い静かな波だった。

 静かなさざ波が大きなうなりと化し、キルロ達を飲み込もうと体をうねらせていた。

 何匹いるのか想像もつかない光景に、目を見張る。

 地面を覆う黒いうねりが静かに押し迫る。

 2Mi近くある体が隙間なく蠢く姿に背筋にイヤな汗を感じた。

 近づく黒い波に心臓が高鳴りを見せる。

 黒い波に浮かび上がる、無数の歓喜の瞳。

 肉を見つけ、舌なめずりをする。

 爛々と輝く醜悪な瞳が一斉に向けられた。

 じりじりと迫り来る黒い波が周囲を包む。


「エーシャ、あれは火じゃなくて氷でいって」


 背後からハルヲの声がかかり、黙って頷きヘッグの鞍上で詠唱を始めた。

 マッシュとキシャがポーチから火山石(ウルカニスラピス)を取り出し、火を点けるタイミングを計る。

 ユラが大楯を地面に突き刺し、杖を構えた。

 フェインは拳を握りしめ、眼鏡の奥にある瞳が険しく前方を睨む。

 カズナが鉄靴で軽く地面を蹴り、両手を下げると脱力した体はいつでもしなる準備が整う。

 ウルスは大きく息を吐き出し鉄製の大槌を構える、背後を一瞬見やり、黒いうねりを睨みつけた。

 キノが白銀のナイフを逆手に握り4人の前に立ち塞がる。

 ハルヲは黒い小さな剛弓を手にして、弓を引く時を待つ。

 キルロが刃と爪を備えたいびつな剣を両手で握る。

 

草と地面を擦る音に混じり、ぬるりとした感触の音が聞こえてきた。

 

『シャアアアアアアアッツー!!』


 威嚇の猛りなのか、歓喜の声なのか、ラミアが一斉に猛る。

 頭を低くしうねり、黒い波が一気に押し寄せた。


「マッシュ!」


 キシャの声にふたりは火山石(ウルカニスラピス)に点火、そのまま黒い波へと思い切り投げ込んだ。


 ドオオオオォォオォォ


 轟音と共に少しばかり離れた所に二本の火柱が黒い波に立つ。

 千切れたいくつものラミアの肉片が舞い上がる。


「【氷槍(グラシェフリーギ)】」

 

 地面に冷気が広がると、地面から飛び出すいくつもの氷の針がラミアを貫いた。

 串刺しのラミアから生気が失われ地面へと転がる。

 それを黒い波が飲み込んで行く、地面に転がるその躯はすぐに埋もれ見えなくなった。

 エーシャは確認する間もなく、すぐにまた詠唱を始める。

 エーシャの瞳は鋭く前を見つめた。


「来るぞ!」


 キルロは両手に力を込め、真っ直ぐ睨む。

 心臓の高鳴りが止まらない。

 やるべきことははっきりしている。

 後ろを死守する。

 それだけだ。


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