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鍛冶師と調教師 ときどき勇者と 【改稿中】  作者: 坂門
鍛冶師と治療師ときどき
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鍛冶師と治療師ときどき狼

 久々に振り注ぐ冷たい雨の音に合わせて背中の傷がシクシクと痛んだ。

 傷のケアを怠るなとハルヲから渡された薬を見つめる。

 我が家の居間で頬杖をつき天気と同じ晴れない気分で時間の流れに身を任せているだけ。

 背中に力を入れることが出来ない現状、鍛冶仕事すらままならない。

 背もたれに体をなげうつ事さえ出来ない体に鬱々と気分が湿っていた。


「よお、傷の具合はどうだい?」

「ぉわ! マッシュ! びっくりした。する事なくてボーっとしていたよ」


 雨具を被った姿での突然の訪問に驚く。濡れた雨具を手際よく畳んでいる間に熱めのお茶を用意した。

 あの洞窟から三日、ヨークと一緒にケルトを中央(セントラル)へと護送した。

 フェインだけは残り、オット達【ブラウブラッタレギオ(青い蛾)】と中央(セントラル)からの増援を待ちつつ洞窟の捜索に当たっている。多分今もあの複雑な洞窟に手をこまねいているに違いない。


「いやぁ、そこまでひどくないんだけど、こういうのが一番イヤな疼きなんだよな。まだ仰向けになって眠れないよ。マッシュの肩はどう?」

「おかげさんで肩はすっかりいい感じだ。いつも助かる」


 マッシュはにこやかな笑顔を見せると熱そうにお茶を少しすすった。


「【アウルカウケウスレギオ(金の靴)】はどうなるんだ? アッシモが逃げているけど、きっと無関係なやつも多いよな」

「まぁ、その辺は中央(セントラル)とギルドが話し合って、落としどころを探すさ。とりあえずは解散、幹部は逮捕。シロと判断されたメンバーはどこかに移るか、職替えだろう」


 規模が大きいだけに衝撃も大きい。

 末端のヤツらは大変なのかな、犯罪者集団の汚名はついてまわる。

 まあ、その辺も中央(セントラル)がうまくやるか。


「ケルトはどう?」

「ようやく落ち着いてきたってよ。どこまで把握しているかわからないが、副団長だからな。それなりには情報持っているはず。えげつない手を使ってでも吐かせるさ」

「こわっ」


 雨音が静かに鳴り響く部屋の中、ゆったりとした空気が溢れている。

 こんなにのんびりとした時間を過ごすのは久しぶりだ。

 たわいもない会話に笑えるのが楽しくてうれしい。

 

「そうだ。時間もあるんだし、療養を兼ねてエーシャの所に顔をだしてみたらどうだ? 背中の傷もマシになる」


 マッシュが帰り支度をしながらの提案してきた。

 鍛冶が出来るわけでもないし、一度顔出すのは悪くない話だ。


「そうだな、近いうちに行って来るよ。仰向けで寝たいし」

「ハハ、また動きあったら顔出すよ」


 雨具を被って外へと消えていく。

 雨足がマッシュの姿を隠していった。





 相変わらず小さな村。

 キノを抱えた馬上から村の入口をのぞいた。

 散見する家の煙突から煙が立ちのぼる。

 以前と違ってまばらながらも、住人達が各々の仕事の為に行きかう姿を目にすると、平和な日々を送れているのだと確認出来た。

 村へと入ると珍しい外の人間がキルロと気が付く。

 笑顔とともに大きく手を振ってくる。

 手綱を握るキルロに代わり、キノが小さな手をブンブンと一生懸命振り返した。

 入口から左に折れてしばらくもしないうちに見えてくる。

 【ラカイムメディシナ】

 そんなに経っていないのに懐かしいとすら感じる。

 そしてその佇まいに頬が自然と緩んでいく。

 馬を繋ぎ、久々に扉をくぐった。


「いらっしゃ⋯⋯! じゃなかった⋯⋯、どうされましたか? ってあれ? キルロさん?? キノ!?」

「よお、リン。治療院でいらっしゃいって⋯⋯クククク」

「よお!」

 

 キノもキルロのマネをして軽く手を上げた。

 酒場と見紛うばかりの元気な掛け声に思わず笑ってしまう。

 なんであれ、元気な声を聞けたのは良かった。


「いやっー! 今のは忘れて下さい!」 


 リンは顔を真っ赤にして俯く。キノが後ろでニマニマとずっとリンを見つめている。

 また何か企んでいるのか? あんまりいじってやるなよ。


「調子はどうだ? ふたりとも元気か?」

「はい。というか村が平和で健康になったのはいいのですが、すっごい暇です!」


 リンが言葉に力を込めた。

 なるほど、それでさっきあんなに食いついたのか。


「んじゃ、患者様が来たぞ。宜しく頼むよ」

「え? キルロさん? どこか悪いのですか?」

「エーシャに背中の傷を診て貰いたいんだ」

「分かりました。では、準備しますので、しばらくそちらに掛けてお待ち下さい」


 リンが待合いの長椅子を指した。

 奥にひっこむとドタバタとした足音が静かな待合いに響く。


(エーシャさーん! 患者! 患者!)


 廊下の奥から興奮気味のリンの声が響いた。

 キノと顔を見合わせ苦笑いする。


「お久ぶりですね。こちらへどうぞ」

「宜しく頼むよ」


 待合いにひょいとエーシャが顔を見せる。杖を器用に扱い廊下をスムーズに進んで行く姿に、キルロは感嘆の声を上げた。


「慣れたものだな」

「ひま⋯⋯⋯⋯時間があったので杖を改良して、使い勝手を良くしました。普通に歩くのと変わらないスピードで移動出来ますよ。さぁ、こちらへどうぞ」


 病室の奥にある清潔なベッドへと案内される。

 うつ伏せに寝そべり、準備を待った。


「患者、全然いないんだって?」


 奥でガチャガチャと準備するエーシャに声を掛けると、奥のほうで溜め息が聞こえた。


「はぁー、そうなのですよ。皆さん健康で良いことなのですけど、メディシナ的には力を発揮する機会がほぼゼロです」


 カツカツと杖の軽快な音を鳴らし、エーシャがベッドの横へとやってくるとキルロの背中の診察を始めた。


「ふむふむ。これはハルさんですね。相変わらず縫い目が綺麗」

「シクシク痛んでさ、仰向けで眠れないんだよね。どう? 治る?」

「そうですね、表面は綺麗に処置されているので、中がまだなのでしょうね。そこまで強いヒールかけなくても大丈夫でしょう。じゃあ、いきますね。癒光(レフェクト)


 エーシャの手から、光る小さな白玉がキルロの背中へ落ちて行った。

 背中にほのかな熱を感じ、ポカポカと心地良い刺激が背中を覆う。

 風呂上りのような心地良さに思わず眠りそうになる。


「終わりましたよ」


 あっという間だ、もう少しこの心地良さに揺られていたい。

 早速仰向けに寝返ってみる。

 痛くない。

 ちょっと違和感は残っているが、眠るのには全く支障はない。

 上半身を起こし背中に力を込めてみる、痛みはない。

 普通に生活するには問題ないな。


「サンキュー。いい感じだ。来て良かったよ」

「ハルさんからきっと薬出ていますよね。それはしっかりと飲みきって下さいね」

「わかった。しかし、村が元気になって良かったな。あの時はやばかったもからなぁ」


 エーシャが杖をつきながら器用に片づけをしている。

 もう少しでも、足に踏ん張りがきけば楽に生活出来るだろうに。


「そうなのですよ。村自体も健康になりましたから良かったです。ただ、自分の仕事が減ってお腹の横には余分なお肉が⋯⋯はぁ⋯⋯」

 

 嘆息し、うなだれるエーシャにキノが近づくと纏っている法衣の上からプニっと横のお肉を摘まんだ。


「キィィィ⋯⋯ノォォォォ⋯⋯」


 今まで感じた事のない殺気にキノとキルロが震えあがる。

 こ、殺される!


「キ、キノ謝れ! ほら! 早く!」

「ゴメンンサイデシタ!」

 

 こんなにハキハキと謝罪するキノを初めて見たかもしれない。

 笑顔を見せるエーシャを直視出来ない。


「ダメだぞ~キノ。そいうことしちゃ、めっ」


 怖かった、ここ最近で一番死を近くに感じたかもしれない。

 キノの顔もいまだにひきつっている。

 キノを黙らすなんてエーシャ最強かよ。

 あ! そうだ。


「なぁ、エーシャ。これはちょっと秘密にして欲しいのと、試す形になるんで申し訳ないが、試してみたいヒールがあるんだ。受けてみるか? 正直うまく行く保障はない」


 キルロはただ繋がっているだけというエーシャの右足を指さした。


「足? ですか? ダメだった所で何も変わらないと思うので構いませんというか、むしろお願いしたいですが⋯⋯」

「じゃあ、早速準備しよう。キノ、リンを呼んできてくれ」

「あいあーい」


 今度はエーシャがベッドへと横になる。


「ちょっとごめんな」


 キルロが法衣をめくるとエーシャの足が剥き出しになった。

 真剣な顔つきで本来の真っ白な肌とは程遠い土気色の足を触診する。

 硬いな、筋肉で硬いんじゃなくて、硬直した硬さだ。


「失礼しま⋯⋯す?! エーシャさん?!」

「リン、悪いな。これからヒールかけるんだけど、掛け終わったと同時にオレ多分ぶっ倒れるんで床に寝かしてくれ」

「え? へ? あ? はい?」


「|復回白光《レフェクト・エルピス・テンペスト・メディスナ》」


 え? なにその長い詠唱?? 

 聞いたことのないキルロの詠唱にエーシャが驚く。

 その驚く間もなく、キルロの手から直視するのが辛いほどの金色の光が、エーシャの足へと降り注ぐ。

 エーシャは目を凝らし、見たことのないその光景に唖然とするしかなかった。

 玉が落ちていくのではない、光がシャワーのように足に降り注いでいる。

 なにこれ⋯⋯。

 何も感じることのなかった右足に熱を感じる。

 あたたかい。

 右足の感覚、久しく忘れていたこの感覚。

 エーシャの目から涙がこぼれた。

 これは奇跡? いや、きっとこんな事言ったらキルロさんは怒る。

 やがて光はゆっくりと小さくなり消えていく。

 宣言通りキルロはバタリと倒れ込む、リンが必死に支え、ゆっくりと床へと寝かしつけた。


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