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詫言

 まるでお伽噺の世界に迷いこんだ錯覚を受ける。

 小さき者たちが続々と馬車から降りてくるその姿はまるで虚構映し出す世界のような錯覚を覚えた。

 物珍しいのかキョロキョロと首を動かす者。不安に襲われ手を握り合う者。新しい世界に胸躍らす者、うなだれる者⋯⋯十人十色、様々な様子を見せる小人族ホビットたちが自治領アルバへと降り立って行く。

 夕餉の途中なのか皿やスプーンを握りしめたまま、窓から玄関から住人たちが顔を出し、現実感の薄いその光景がお伽噺の世界へと誘う。

 その様子には三人のエルフも絶句し、茫然とその光景を見つめていた。


小人族(ホビット)⋯⋯⋯」


 常に冷静を装うエルフですら、そう呟くのが精一杯だった。

 それだけ呟くとカイナは、ただただその不思議な光景に迷い込んでいく。


「みんな、お疲れ様! うまく行ったな」


 キルロがマッシュたちを労うと肩をたたき合い、お互いの健闘をたたえあった。

 さすがにみんな疲労の色合いが濃い、しかし充実した表情を見せている。

 キルロも小人族(ホビット)を目の当たりにして、さすがに驚きの表情を隠さなかったが、すぐに小人族(ホビット)たちの前へと進んだ。


小人族(ホビット)のみんなもお疲れ様! 自治領アルバへようこそ。アルバとして新しい仲間を歓迎しよう!」


 キルロはそう叫ぶと、両手を広げ小人族(ホビット)たちを向かい入れた。

 どこからともなく拍手が起き始め、街中が拍手と喝采で埋め尽くされていく。

 想像をしていなかった歓迎ぶりに、小人族(ホビット)たちは落ち着きなくキョロキョロとし始め困惑を深める姿だけが見える。

 それでもしばらくすると堅かった表情が少しずつ綻んでいき、はにかんだ笑顔を見せ始めると慣れない歓迎に照れた顔を見せ始めた。


「とりあえず今日はもうゆっくりと休んでくれ。寝るだけなら大丈夫だ、ベッドの準備はしてあ⋯⋯」

「ちょっと、ちょっと、領主さん! 寝る前に腹ごしらえが先だよ。ほれ、みんな! 飯持ってきなー!」


 元気のいいおばちゃんが鍋を片手に現れると、キルロの言葉を遮って声を上げた。

 おばちゃんの呼びかけにすぐに住人たちが呼応する。

 テーブルや皿が手際よく準備されていき、あっという間に小人族(ホビット)たちへ食事が振舞われる。


「本当に小さいね。小さい食器ないけど大丈夫かい?」

「だ、大丈夫です⋯⋯」

「遠慮せず食べるんだよ」


 食事を振舞う住人たちからの気兼ねのない言葉が、小人族(ホビット)たちの心を溶かしていった。

 住人と一緒になって笑う小人族(ホビット)たちの姿にキルロたちも笑顔を見せる。

 相変わらず敵わない、小人族(ホビット)たちもこれで大丈夫だ。

 その光景を見ながらそっと胸を撫で下ろした。


「やるわね。さすが私の王子様」


 シルがキルロの耳元で囁く。幸せな光景にシルの心も温もりを感じ、笑みをこぼす。

 キルロは住人と小人族(ホビット)たちを見つめ笑顔を深めて見せた。


「結局さ、オレたちの力なんて微々たるものなんだよ。あのおばちゃんの一言、あれでここにいる全ての人が幸せな気分になったんだ。どう逆立ちしたって敵わないよ」

「フフフ、まぁいいわ。そういう事にしといてあげる」


 街をあげての歓迎ムードに大騒ぎとなっていく。その様子を楽しげに眺めていた。

 今日はとことん疲れ果てて、あとはゆっくり眠ればいい。



 喧騒の嵐は意外にもすぐに収束し、平穏な空気が街全体を覆い始める。

 小人族(ホビット)たちも素直に、新しい家となる集合住宅へと向かい今頃は一息ついているはずだ。

 【キルロメディシナ】の待合いに自然とみんなが集合していく。

 それぞれが長椅子に体を預け、疲れた体を弛緩させていった。


「で、早速だがイスタバールの襲撃犯が分かった。オーカの騎馬隊だ」


 マッシュやタントは軽くうなずくだけだった。

 思っていたより薄い反応にキルロは少し戸惑いを見せる。


「あれ? 意外と反応薄いな」

「いやぁ、正直驚きはしないかな。オーカの闇は深いぞ。ちなみにオーカの摂政、ありゃぁ十中八九クックだ」

「あぁ、やっぱりそうだったか」

「ほら、そっちだって反応薄いだろう。まぁ、そんな感じの国だよな」


 マッシュが皮肉を込めた笑みを漏らす。


「もう少しオーカを洗ったほうがいいのかな?」


 反勇者(ドゥアルーカ)の取っ掛かりとしては間違いないが、国として関与しているかどうかと問うとクックの存在が引っかかる。

 名前を変え、顔まで変えて危ない橋を渡る何かが、オーカにはあると言うのか?


「一緒に来た中に偉かったやつがいるだろう、そいつに聞けばいいじゃん」


 タントが長椅子にだらしなく体を預けながら、怠そうに声をあげた。


「ヤクロウか? 摂政の事は知らないって言っていたぞ」

「ヤクロウ? 違うよ。さっき連れてきた中に偉かったヤツが混じっているんだって」


 キルロの言葉にタントが肩をすくめる。

 小人族(ホビット)で偉かったヤツ?

 いまいち要領を得ない答えにキルロは首を傾げた。


「ああ、ローハスね。おまえさんを襲った青マントのやつだ」

「え?! いるの? 大丈夫なのか?」

「大丈夫だ。問題はない」

「まあ、マッシュたちが大丈夫って言うなら大丈夫か」

「ねえねえ、オーカの現状ってどうなっているの? いまいち話が見えないわ」

「あ! そうか。シルたちにとっては、いきなり小人族(ホビット)が現れたってだけだもんな」


 エルフの三人が顔見合わせうなずく。

 ざっくりとことの経緯を話した。小人族(ホビット)の事、薬の事、クックの事、奴隷性の事⋯⋯。

 話を聞きながらシルは弓なりの双眸が見る見る内に凄みが増していった。


「なるほどね。ただ国が関与していたら、さすがにお偉いさんがこっちに移住なんてしないんじゃない? バツが悪いってだけじゃすまないでしょう」

「確かに。クックの独断か⋯⋯? クックといえば小人族(ホビット)の居留地になんか建てようとしていたな。釘は刺してみたが、工事が進んでいたらそっちも気になる」


 【金のなる木】、マッシュの心にずっと引っかかる言葉だ。

 ろくでもない事に違いない、金を産み出す工場ね⋯⋯。


「ごめん下さい」


 扉から少年の声色が届いた、振り向くとふたりの小人族(ホビット)が入口に佇んでいる。

 ふたりは待合いの中に進むと、ひとりの小人族(ホビット)が頭を垂れた。


「先日は大変申し訳ない事をした、許してくれとは言わない。ただ、同族(ホビット)のためにここに居る事だけは許可を頂きたい」


 ローハスが開口一番謝罪を述べた。

 何の事だか分からないキルロは口をポカンと呆気にとられる。


「青いマントを羽織っていたヤツだよ」


 マッシュの一言で理解した。

 そっか、小人族(ホビット)に戻ったのか。

 分からないものだな。


「ああ。いいよ、構わない。小人族(ホビット)のためにしっかり働いて、みんなと仲良くしてくれ」


 キルロの間髪入れずに放った軽い口調に、ローハスは驚いた顔を見せた。

 出たよ! お人好し。シルやタントはやれやれと呆れて苦笑いを向ける。


「ほらな、だから言っただろう。謝って終いだって」


 マッシュはローハスの肩に手を置いた。


「私からも、小人族(ホビット)の代表のコルカスと申します。この度は同胞のために尽力して頂き、まことにありがとうございました。一族を代表してお礼を申し上げます」

「かしこまらなくていいよ。ここも人手が欲しいところだったんだ。なぁ、マナル副大統領」

「副大統領はいりませんヨ。先ほどの通り、私たちは人が増える事を歓迎しまス。そしテ、こちらこそ宜しくお願いしまス」


 マナルはジロっとキルロを睨み、小人族(ホビット)のふたりには笑みを向けた。


「スマン! 遅くなった! 全くあの小僧こんな仕事押しつけやがって⋯⋯」


 ブツブツ言いながらヤクロウが扉をくぐる。

 待合いに目を向けるとふたりの小人族(ホビット)が目に入り絶句した。

 目を伏せ今までの勢いが一瞬で消え去ると、居心地悪そうに言葉を飲み込んだ。

 オーカに潜入した人間にとってその姿が何を意味しているのかすぐに分かったが、キルロにはもどかしく映る。

 ヤクロウに声を掛けようとするとカズナがそれを制した。

何かあるのか? キルロは黙ってそれに従った。

 ヤクロウはコルカスを見つめると丁寧に頭を下げる。

 とても深く長い時間。


「本当に申し訳ない事をした。あなた方の尊厳を踏みにじる行為を何年もの間行っていた事を謝りたい。こんな言葉じゃ何の意味もない事は重々承知している。ただずっと謝罪したかった。詫びても、詫びても、詫びきれない。それも分かっている。それでも言葉で伝えたかった。本当に、本当に申し訳ありませんでした」


 待合いに長い沈黙が訪れる。

 誰もが言葉を探すが、うまい言葉は見つからない。

 頭を下げ続けるヤクロウにコルカスが嘆息する。


「もう、止めましょう。頭を上げて下さい。あなたが作ってくれた道が同胞(ホビット)に救いをくれました。それで十分です。言葉ではなく行動で示してくれてありがとう。あなたのおかげで一族は救われました」


 ヤクロウが顔を上げると、頬にいく筋もの涙がこぼれ落ちていく。

 コルカスの言葉にヤクロウが、呪縛から解き放たれる。

 長い年月ひとりで抱え込んでいた心の重石が、この瞬間消えてなくなった。

 ひとめをはばからず涙をこぼし安堵の笑みを浮かべる。

 その姿を見ていたフェインもなぜかボロボロと涙を流し、ひとりうなずいていた。

 ハルヲはフェインの肩に手をやるとその姿に噴き出す。


「フェイン、何泣いているのよ!」

「だっでぇー、良がっだなあーって思ってですよ」

 

 フェインの号泣姿にみんなが笑顔を零していった。


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