来訪者
「キルロさン!」
「マナル」
「う、う、兎さん?!」
エレナはその姿に目をパチクリと驚きの表情を見せる。
それは仕事を終えたキルロ達に突然の嬉しい来訪だった。
マナルが待合いに突然に顔を見せた。キルロの顔も自然とほころぶ。
あまりの忙しさに顔出す事もままならず、ヤキモキしていたからなおのことだった。
「いやぁ、ひさしぶり。会いに行きたかったんだけど、なかなか時間取れなくて。マナルもカズナも元気だったか?」
「はイ! キルロさんも元気そうで良かったでス」
「そうだ! こっちはエレナ。ハルヲのところで働いているんだ。今回のSOSに手伝いに来てくれた」
「エレナ・イルヴァンです……」
「マナル・キカハでス。宜しお願いしまス」
エレナは初めてみる兎人に見入ってしまった。
言葉を覚える為にとみんなからプレゼントして貰った絵本のひとつ。
まるでそこから抜け出してきたみたい⋯⋯。
「マナル、学校の方はどうだ? 順調か?」
「建物はほとんど出来たのですけド、先生をしてくれる方がまだ見つかっていませン」
「ここでも人材か」
キルロが宙を仰ぐ。
いそうでいないものなのか、これだけ人がいるのになぁ。
長椅子に体を預け、嘆息する。
「学校か、いいですね。行ってみたかったなぁ」
「エレナさんもですカ、私もでス」
「学校ねえ、勉強はイヤで、イヤでしょうがなかったけどな」
キルロの言葉にマナルとエレナが視線を交わし微笑みあう。
あまりにもらしくて、笑ってしまった。
その後もたわいのない会話に笑い合う。
陽の傾きが窓に橙色の光りを写しだす。
じきに夕方の喧騒は終え、静かな家族の時間が訪れる。
三人しかいないメディシナ(治療院)はやけに広く感じた。
幸いにも、入院患者はいない。ゆったりとした時間の流れに身を委ねても何も問題はない。
何気に幸せな時間が過ぎて行く。
「ぼちぼち、ウチらも帰ろうか」
「落ちついたラ、カズナにも会いに来て下さイ」
「もちろん。顔出しに行くよ」
「あ! 忘れ物したので取って来ます」
エレナが二階へと向かった。軽やかに階段を駆け上がる音が聞こえる。
刹那、入口の扉が突然開き三人の男が現れた。
何も言わずにさも当たり前のように、こちらを睨みつける横柄な態度。
裏通りには似つかわしくない風貌の小男が、少しでも大きく見せたいのか、胸を張り蔑むように待合いを見渡す。
その態度がムカつく、胸くそ悪い、キルロの顔がみるみる険しくなっていく。
「ヤクロウ・アキはいるか?」
小男は風貌に似合わない低い声で話しかけてきた。
真っ白なだっせえ服に赤いマントなんてバカじゃねえのか。
ただ、後ろに構える二人の獣人。
あれはヤバイ、直感が警鐘を鳴らす。
「いねえし、知らねえ。帰れ、ここは終わりだ」
階段を下りる音が聞こえる。
前から見えぬように止まれの合図を背中越しに示す。
エレナは漏れ聞こえる話声に剣呑な雰囲気を感じ、ソッと覗いた。
キルロのサイン。
すぐに顔を引っ込め、心臓の高鳴りを感じながらエレナは聞き耳をたてた。
「見ての通り、ここはもう終わり。誰もいねえ。ヤクロウ? 誰だそれ? 知らねえな、他当たれ」
「兎? 珍しいな。ここにはそんなものまでいるのか。兎、おまえも知らんのか?」
マナルは小男を睨みつけ無言を貫く。
「ここはオレのメデイシナ(治療院)だ。オレがいねえって言ったらいねえ。そして出ていけ。ヤクロウ? ってヤツを探すなら他を当たれ」
「ほう。わざわざこの辺りをうろついている、臭いヤツらに聞いてまで、ここに来たというのに……。まぁ、いい。こんなところに長く居られんからな。今日のところは帰ろう。行くぞ」
小男が獣人に声を掛けメデイシナ(治療院)をあとにした。
マナルが険しい表情のまま唇を噛む。
「エレナ、まだ隠れていろ」
エレナが動きを止める。二人の悔しいという感情が流れて来た。
きっとこの街を蔑んだことを怒っているのだ。ふたりにとって大切な街を。
「エレナ、オレはマナルを念の為に送ってから戻る。街の中心の西よりに緑と青のテントがある。暗くて分かりづらいかもしれないが、そこがヤクロウの家だ。しばらくメデイシナ(治療院)には近寄らず、身を隠せと伝えくれ。オレらが出て行って、しばらくしたら裏口から出るんだ。キノ、エレナを守ってくれ。二人とも頼むぞ」
「はい」
「あいあーい」
待合いの暗がりを抜け、キルロとマナルは外へ出た。
ランプや松明が照らす街を歩く。
淡い光に照らされている街はいつもと同じで、少しばかり安堵する。
「カズナと話せるかな?」
「もちろン」
注意を払いながら街中を進む。多分どちらかの獣人がつけて来ている。
変な動きをすれば勘ぐられる、どうせ兎人の居住区はバレるのだから真っ直ぐに向かおう。
「じゃまするよ」
「キルロ?!」
「カズナ、久しぶり。いろいろ話したいが、ちょっと急を要する」
「??」
久々の再会に喜ぶ雰囲気ではなかった。
キルロの剣呑な雰囲気を察し、カズナの目つきも真剣なものになる。
「この裏通りに変なヤツらがウロついている。ヤクロウを探しているみたいなんだが、どうにも気に入らねえヤツらでな。兎人にも、いらん興味を示したかもしれない。スマンがカズナを中心に自衛の対策を取ってくれないか」
カズナは黙ってひとつ頷く。
「マナルも一応気をつけてくれ。こちらも動いてなるべく早く排除する。申し訳ないが、しばらく頼む」
「気をつけて下さイ。イヤな感じの人たちでしタ」
「カズナもマナルも何かあったらすぐに連絡をくれ、じゃあ!」
「ちょっと待テ、そいつらはここが中央の息がかかっているって、知っての行動なのカ? ただの賊とかではないよナ? なんでヤクロウなんダ?」
カズナの言葉、たしかにそうだ。
情報が少ないってのもあるが、そもそもが分からない。
なぜヤクロウ? あいつらは何者? ただの口の悪い薬剤師って訳じゃないのか?
「確かに、カズナの言う通りだ。ただ今は、情報が少なすぎる。まずは身の安全を確保してくれ」
「わかっタ」
今の段階では情報が少なすぎる。アイツらが何者なのか見当がつかない。
目の前の暗闇がまるで隠すかのように何も見えなく、心がざわっと泡立つ感じだ。
どう動く? まとまらない思考が闇に吸い込まれて何も見えてこない。
ざわつく心持ちだけが残る。
なんとも後味の悪い、歓迎出来ない来訪だ。