表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
120/263

待機

 叫びが届く。

 キルロは無意識にその声に反応した。

 空っぽになっていた頭の芯までその声は響き、足は勝手に動きだす。

 言葉は頭に吸い込まれ、また頭の中が空っぽになる。

 やるべき事は分かっている。

 その叫びに応えればいいだけだ。

 動かせ足を。


「ハルヲーーーー!!」


 小さな剛弓から矢を放つ。

 小さな体で動きまわり、ドレイクのターゲットを自分へと向けていく。

 人間を一裂き出来る大きな爪で、骨を砕く牙で、目の前の餌に食いついかんと猛る。

 羽は射抜かれ穴だらけとなっていた。 

 その羽は空気を掴むこともなく意味のない動作を繰り返している。

 ハルヲは弓を構えながらキルロの叫ぶ声に、自分の焦りが消えていくのが分かった。

 

「左手にマッシュとフェイン、ヒールを頼む!」


 ドレイクから視線を外す事無く、ハルヲは早口でまくし立てた。

 キルロはマッシュ達を見やり叫ぶ。


「ユラ! ハルヲのフォロー! キノはこっちを手伝ってくれ!」


 ユラがドレイクの前面へと回り込み、大盾を構え威嚇していく。

 怒りを携えた鋭い瞳がユラを睨むとそれ以上の怒りを見せる瞳を返す。

 怒りの度合いはお前の比ではない。ユラの瞳は雄弁に語る。

 襲いかかる爪に怯むことなく構えた盾から、激しい擦音を鳴らし、いなしては剝き出しの前足を叩く。

 硬い表皮に阻まれ肉まで届かない、それでも叩き続ける。

 それだけを考える。

 

 マズいな。

 キルロは二人を見た瞬間感じる。

 ドレイクの視線がユラとハルヲに向いているのを確認すると、マッシュとフェインの襟首を掴み必死に引きずって行った。

 柔らかい土が二人の重さで抉れて4本の線を描く。

 力の無い二人の重さがずしりと両腕にのしかかった。

 二人ともかなりの深手を負っている。

 フェインは血塗れの脇腹を押さえ、低く呻きを上げていた。

 マッシュは腹の真ん中に穴が空いているのではないかというほどの酷い出血で、傷さえ見えてこない。

 容態は最悪だな。呻きも上げずに意識のないまま、浅い呼吸を繰り返すマッシュを見つめた。


「キノ、ドレイクに捕まらないようにスピラを連れてきてくれ」

「うん」


 真剣な眼差しで答えると脱兎のごとく駆けだした。

 ハルヲの後ろに控えているスピラに向かって回り込んでいく。


「フェイン、すまん。もうちょっとだけ頑張ってくれ」


 フェインは言葉を発する事なく、苦しそうな笑みで答えた。

 キルロは唇をギュッときつく結ぶ。


《レフェクト・サナティオ・トゥルボ》


 口から漏れた囁きに白金の光を放つ光玉が、マッシュの腹に開けられた穴へと落ちていく。

 吸い込め。光玉はマッシュの腹の上で落ちていくのを躊躇した。

 片膝をつきマッシュの腹へと手をかざした姿で集中を上げる。白金の光がさらに強く光っていく。

 落ちろ、落ちろ。

 心の中で何度となく呟く。

 良し!

 ゆっくりと落ち始めた光玉。

 マッシュの意識がゆっくりと覚醒していく。

 穏やかな呼吸と共にゆっくりと目が開き、微笑を浮かべた。


「助かったよ」


 マッシュはそれだけ言ってまた目を閉じる。


「キノ、スピラが青い小瓶を持っているから、マッシュにあげてくれ」

「あいあーい」

「フェイン、すまん。待たせた」


 フェインが必死に笑顔を作る。

 抑えている脇腹に力が入っているのが分かった。

 待っていろ、すぐに楽になるからな。


《レフェクト・レーラ》


 フェインの荒かった呼吸が落ち着いてきた。

 脇腹を抑えていた手の力も緩み、穏やかな表情を見せる。

 

「ありがとうございますです」

 

 良し。

 いつものフェインが戻った。


「キノ、フェインにも同じものをあげてくれ」


 前回の事を教訓にして点滴よりも即効性は落ちるが、汎用性の高い回復剤を携行すると言ってハルヲが買い込んでいた。

 早速役立ったな。

 結構高いのにかなりの数を持ち込んでいる。

 スピラのバッグをのぞき込む、点滴も相変わらず積んであった。

 移動診療所が出来そうな量だな。

 万全を期してのぞんでも結果がでない事もある……か。

 ハルヲも悔しかったのか……いや、みんな悔しかったよな。

 悔しくないことなんてない。


「行くか!」

「団長待て!」


 勢いよく前線へ飛び込もうとしたキルロの腕をマッシュが掴んだ。

 

「あの二人のフォローに行かないと!」

「団長はここで待機だ。オレ達にまたなんかあったとき頼むぞ」


 マッシュの言葉にフェインも頷く。

 キルロは眉間にしわを寄せマッシュを睨む。

 早く行かないと前線の二人が……。


「言い争っている場合じゃないんだ。おまえさんの戦場はここだ。頼むぞ。キノ、団長とスピラを頼む」

「あいあーい」


 マッシュはキルロの両肩を強く抑え意志の強さを示す。

 キノがキルロの前に立ちはだかり両腕を広げた。


「ふう。分かった、分かった。ここで見守るよ」


 前線へと飛び出したマッシュとフェインの背中を視線で追う。

 もどかしさで心が満たされる。

 しかし、ああまで言われては従うしかない。

 みんな頼むぞ。

 静かな森に大地を踏みしめる重い足音と小さな打撃音だけが響く。

 心許ない打撃音が唯一の救いか。

 頼むぞ。

 世話しく動く影を追いながらもどかしさを募らせていった。



「ユラ、大丈夫か? 一度下がれ、代わる」


 肩で息をするユラが下がっていく、前線にマッシュとフェインが代わりに上がって行った。

 この人数でイケるの?

 矢を放ち続けるハルヲに弱気が顔を出す。

 ドレイクのダメージなんてたかがしれている、このまま続けてコイツを倒せると思えない。

 休みなく襲ってくる爪や牙、踏み潰そうとする足。

 どれを取っても直撃喰らったら……。

 緊張が抜けない。

 疲労が蓄積するだけだ。

 決め手に欠ける。

 ダメだ、ダメだ、弱気になるな。

 

「もう休んだ。いくぞ」


 ユラが再び前線へと飛び込む。

 強い。その強さに憧れるわ。

 マッシュが避け、フェインが拳をぶつけ、ユラが叩く。

 愚直なまでに繰り返しても与えるダメージはわずか。

 それでも続けろ。抗い続けろって事よね。

 羽はもう充分ね。定石通り顔、目を狙え。

 前線の人間に向けて振り下ろす頭に狙いを定める。

 止まる事なく常に動いていて狙い辛い。

 何本もの矢が空へと消えていく。

 クソっ。

 こうも当たらないとはね。この下手くそ。

 自分を叱咤し、また矢を放つ。

 三人の動きに合わせてランダムに動く頭を予測するのはなかなか難しい、ジリジリと焦りが積み重なっていく。



「フェイン、ここぶん殴ったら何とかなんねえか?」


 ユラが爪に向かって杖を振り下ろす。

 ゴツっと鈍い音が鳴るだけで傷ひとつ入らない。

 フェインも拳を振り下ろすが同じように弾かれた。

 目を見開くとフェインが爪の横を蹴り上げ、上手くいかないもどかしさをぶつける。

 ピシっと小さい音がした。

 ユラとフェインが視線を交わす。

 フェインは爪の横を蹴り上げ、ユラも渾身の力でそれに続いた。

 ピシ。

 小さい亀裂音が鳴り、小さな亀裂が入り始めるとふたりはさらに力を込める。



 空を切っていく矢が視界に入り、いっそうのもどかしさを募らす。

 あんな動いていたら、狙うのは厳しいよな。

 せめて単調な動きに持っていければ……。

 キルロが横からみんなの戦いぶりを見つめていた。

 みんなが頑張っているのに何もしていないように感じて仕方ない。

 くそっ。

 当たり散らすように周りを見渡す。

 スピラの横腹に添えられた槍が目に入る。


「あれ? エレナ? なんで?」

「え?! え?! どこどこ?」


 キルロが指さす。

 キノがエレナを求めてキョロキョロする隙をつき、槍を握り締め前線へと駆けだした。

 マッシュが振り下ろされる足や牙を右に左にかわしている。

 キルロが飛び込んでいく姿に眉をひそめるが、かまっている余裕はない。

 一瞥だけしてドレイクに集中した。

 キルロはドレイクの前に立ちふさがり槍で自分の籠手を激しく打ち鳴らす。

 ドレイクの視線が小うるさくチョロチョロする者へと移っていく。

 良し、釣れた。


「ハルヲ!」


 キルロは向けられる牙を避けながら叫ぶ。

 キルロは槍を顔に目掛けて投げると力無く跳ね返される。

 見下ろす視線に怒りが宿る。


「跳ねる! 後ろ!」


 それだけを叫ぶ。

 勢いよく振り下ろされた頭は確実にキルロを捕らえて食らおうと口を開き牙を向けてきた。飲み込まれそうなほど開かれた口角をギリギリまで耐える。

 地面に近づけ、もっとだ。

 吐息がかかる程まで接近してきた所を後ろに跳ねて避ける。振り下ろされた頭の勢いに気圧されキルロは無様に地面に転がった。

 キルロを狙ったドレイクの頭が地面を叩く。


「行けー!」


 ハルヲはその一瞬に集中した。放った二本の矢が、鋭い軌跡を見せる。

 力のある二本の矢がドレイクの顔を捕らえた。

 一本は鼻の付け根へ、もう一本は左目を見事に射抜く。


『ゴォオアアアアアアア』


 ドレイクは顔を上げ吼える。

 初めて悲痛の叫びを上げた。

 ドレイクは怒りのままに突進する。

 死角に回ろうとしたマッシュが、ドレイクの突進に巻き込まれ足を引っ掛けてしまった。

 ヤバイ、みんながその光景を見つめる事しか出来ない。

 地面へと転がるマッシュ。そこにドレイクの巨大の足が迫る。

 その様にただひとり、ユラだけが反応出来た。すぐさま飛び込みマッシュを投げ出す。

 投げ出された体が外へと舞う。

 ドレイクの前足が一瞬だけ早く、マッシュの左足に届いてしまった。

 踏みつけられたマッシュの足からゴリュっと骨を捻るイヤな音が耳に届く。


「がああはっ!」


 マッシュがたまらず大きな叫びを上げる。

 キルロはその叫びにイヤな汗が噴き出す。

 早く!


「ユラ! 連れてこい!!」


 キルロは前線から直ぐに離脱する。

 フェインがその動きのフォローにまわった。

 ユラに引きずられたマッシュが呻きと共にキルロの前へ、ユラはすぐさま前線へとまた跳ねていく。

 呻きを上げるマッシュの足を見て顔をしかめる。

 くそ!

 あらぬ方向へと曲がる左足。

 ハルヲにも診て貰わないとこれはヤバイ。

 ここでハルヲを前線から剥いでいいのか?

 まとまらない思考と急を要する視界の光景に、頭が混乱していく。

 正解は?

 心臓の音が激しく打ちまくり、積まれていく焦燥感にイヤな汗ばかりが噴き出していく。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ