絶叫
少し冷えるな。
冷気が地表を覆っている。
歩く足元に白い冷気が絡みついてきた。
フェインを先頭に【スミテマアルバレギオ】は、ゆっくりと森の中を進んで行く。
陽光は木々の葉に遮られ余り届かず、薄暗い森はすっきりとはせず気分は晴れない。
乾く事の無い地面は湿り気を帯び、湿った土と濡れた葉の香りが鼻孔をくすぐった。
大型種に出会うかもしれないという緊張と、この件を裏で糸引くヤツらと遭遇するかも知れないという二重の緊張感が、パーティーにズシリと重くのしかかっていた。
浅くなりそうな呼吸に気を使いながら足を運ぶ。
些細な音が鳴る度に皆が一斉にそちらを見やる。
過度の緊張状態だ。良くないな。
分かっている、分かってはいるが、それを打ち消す術を思い描けず、皆が苦心していた。
「この辺からです」
「よし、始めようか」
キルロが背負ったバックパックを静かに下ろし、手早く魔具を取り出して行く。
フェインが地図を眺めながら設置する場所を指示した。
「次だ」
キルロの指示で一行はまた次に向けて歩みを始める。
「警戒を怠るな!」
ミルバの良く通る声が響き渡る。
ミルバのパーティーもまた精浄を始めていた、マッパーのジッカが慣れた手つきで指示を出して行く。
「ヤクラス」
ミルバが声を掛けるとヤクラスはひとつ頷き、何をすべきか分かっている。すぐさま鬱蒼な森の中へと消えて行った。
厳しい表情のままヤクラスを見送ると、再び辺りを見渡し作業を見守る。
愚直なまでにそれを繰り返す。
今すべき事を見据え、真っ直ぐに進む。
「ふぅ」
マッシュが口から息と共に緊張を吐き出した。
ここいらも大丈夫だな。
身を隠しながら辺りの異常を探る。
ユラも少しだけ頭を出し、左右を確認しているのが見えた。
ユラがマッシュを見つけると親指を立てて見せた。
良し。
マッシュも親指を立てて返答する。
「ここらも大丈夫だな」
「だな」
安全を確認すると先行組の二人はパーティーの到着を待つ。
レグレクィエス(王の休養)に敵が紛れこんでいたという衝撃は、携わる人間に少なくない緊張を走らせた。
安全確保と確実性。
昨晩のうちにこちらを最優先という共通意識をしっかりと確認した。
「待ち伏せ、あるんかのう?」
「どうかな? ないに越した事はないけどな」
後方へと視線を向けパーティーの到着を待った。
「あっちはどうだろうのう?」
「うん? ミルバ達か? こちらより手慣れた連中が揃っているんだ、問題なかろう。オレ達も休める時に休んでおこう。皆も時期に到着する」
ユラの肩に軽く手をやりパーティー到着まで、ふたりはいくばくかの休息を取った。
順調に来ている。
順調過ぎる気もするが、作業が進むのは素直に歓迎すべき事だ。
キルロは辺りを見渡しながら魔具を地面へと埋めていくと、曲げていた腰を上げ、大きく伸びをした。
「皆、大丈夫か?」
軽く頷きあうと少し空気が弛緩した。
仕掛けてこないって事はないよな?
「次のポイントはすぐだ、ひと踏ん張りしよう」
森の中を進む、靄で視界が悪くなってくる。黒素が濃くなってきているのだろうか。
先行していたマッシュとユラの姿が見えた。
?
マッシュ達の後ろに人影のようなものが見えた。
なんだ、あれ?
「マッシュ!! 後ろになんか……いる……」
人影の後ろを追うように巨大な影が見えた。
人影はフラフラ今にも倒れそうにこちらに向かってくる?
生き残りか?!
「マッシュ! ユラ! 下がってぇぇぇええ!!!」
ハルヲが叫びを上げた。その声にマッシュとユラは弾かれたように走り出した。
「フラついている、アイツはどうする?」
キルロが問い掛ける。ハルヲも即答出来ず迷いを見せた。
キルロが救出に向かおうとすると、マッシュが飛び込んで来る。
「行くなアイツは多分餌だ!!」
マッシュがキルロの腕を押さえる。
どういう事だ?
「あの様子は齧っている。間違いない」
マッシュが早口でまくし立てると風向きが変わった気がした。
歩いている人影の後ろに見えていた大きな影がなくなっていた。
いない?
《《ズゥゥゥウウウウウウウウン》》
その瞬間地響きを伴い人影のすぐ後ろへ大きな影が現れた。
飛んだ?
その姿があらわになっていく、短い羽を有するそれは大きな口を開くと人影は視界から消えた。
「ドラゴン……」
「いや、ドレイクだ。違いは良くわかんねえけどな。構えろ!」
黒味を帯びた巨大な体躯から伸びる長いクビ。
パーティーを見下ろすかのように向ける視線は冷ややかだ。
こちらをただの餌くらいにしか認識していないのだろう。
構えろと言ったものの、コレをどうしろというんだ。
呼吸が浅くなっていくのが分かる。マズい、剣を握る手に力が入らない。
「いくよ!」
ハルヲの弓が低い唸りを上げ、矢を放つ。
放物線を描くことなく真っ直ぐに短い羽に向かっていった。
強弓の一撃に薄い羽は耐え切れず、小さな穴を開ける。
それを見届けると矢継ぎ早に矢を放つ、先ずは上への退路を断つべく羽を狙い撃つ。
ドレイクの雰囲気が変わった気がした。
まるで顔をひきつかせるように歯牙を剥くと、一瞬でパーティーの距離を詰め前足から伸びる長い爪で襲いかかってきた。
ヤバっ!
最前線にいたユラの反応が一瞬遅れる、人の腕程もありそうな三本の爪がユラを捉える。
剝き出しの体へ強固な三本爪を振り抜く。
鋭い振りが風切り音を鳴らし、その勢いを知らしめる。
覚悟を決めたユラが目を瞑ると、鈍い金属の擦過音と小さな呻きと共に突き飛ばされた。
生温かい何かを顔に浴び、地面へと転がっていく。
手をついて起き上がりながらゆっくりと目を開けると、真っ二つになったネインの姿と大盾が目の前に転がっていた。
目の前に広がる光景に混乱する頭、呼吸が上手く出来ない。
誰か……。
顔を両手で拭うとベッタリとした感触。自分の手の平を見ると、その手は真っ赤に染められていた。
何だコレ?
自分の吐く息の音しかしねえぞ。
手をぎゅっと握ると握った先から血が滴り落ちて行った。
何だコレ、何だコレ、何だコレ、何だコレ⋯⋯。
「アアアアアアアアアアアアアーーー!!!!」
ユラの絶叫が木霊した。