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あら、奥さん。こんにちは。最近また寒くなってきたわねぇ。このあいだは暖かかったでしょう? 少し早いけど春が来たのかしら~なんて思ってたけど……。まだまだ春は遠いわねぇ。
こっちの生活は慣れた? ――そう、よかったわ。一時間も電車に乗れば東京に行けるし、買い物に不便はないし、でもって自然は多いし……。なかなかいいとこでしょう、ここは。まぁ若い人にはちょっとつまんないかもしれないけど……。ほどよく賑わっていて、ほどよく静かで、穏やかに暮らすのにはぴったりな街よ。奥さんにも気に入ってもらえたなら嬉しいわぁ。
――そうそう、私はここが地元なのよ。子供の頃からずぅっとここに住んでるの。だから何かわからないことがあったら気軽に聞いてちょうだいね。
え? 山の上の屋敷……?
ああ……、あそこ……。あそこはねぇ、この辺りの大地主さんのお屋敷よ。そりゃあたくさんの土地を持ってらっしゃるみたいでね、いろんな企業やなんかに土地を貸しているらしわ。ここらのショッピングモールやマンションもほとんどそうなんですって。凄いわよねぇ。
ええ、そうね。そりゃもうお金持ちよ。ただね、うちの母がいうにはこれでもだいぶ落ちぶれたらしいわ。持っていた土地や建物も何年か前に売りに出してたみたいだから……。
まぁそれでもお金には困らないんでしょうけど……。問題はお金より人よ。
昔は偉い学者さんやお医者さんや先生やらをたくさん出したお家だったみたい。なかにはそれなりに名の知られた《探偵》もいたみたいだけど……。それが今はねぇ……。
――そうよ、《探偵》っていうのは《対異形探偵》のほうね。あの、人間に成り代わった異形を探したり、悪さをするのがいれば退治する……あっちの《探偵》よ。
たった数代でこんなになっちゃうなんて……、何があるかわからないわね。
……何があったのかって言われると……。私もあの家とお付き合いがあるじゃないから詳しくは知らないんだけど……。
――あれは私が子供の頃だったわねぇ、あのお家でお家騒動があったのは。
確かその時のご当主が、お嫁に行った末の娘さんに遺産を多く残したとかでご兄弟が揉めたとか……。
それがきっかけだったのかはさだかじゃないけど、それ以降あの家はガタガタよ。
このあたりの年寄りは、「あれ」からお家の格が下がった――なんて余計なことを言ってるわ。
それまでは金持ちが多少鼻につくけど、あそこのお家の人達にはお世話になってるからって、皆ちょっとは尊敬してたみたい。――ほら、お医者さんだったりしたからね。
それが今や……。今のご当主はまだしも、後継ぎの一人息子はニートなのよ。ご当主の妹さんは結婚して家を出てるから、家を継ぐのはその長男しかいないってのに、大変よねぇ。
え、名前? 長男の?
違う? ああ、お家の名前ね。
――「みもり」よ。あのお屋敷に住んでいるのは「御守」っていう旧いお家。
ほーんと、下手にお金があったり、家族で騒ぎがあると嫌ねぇ。私みたいな噂好きのおばさんにあることないこと話されちゃうから。
あら? 携帯が……。ええ!? もうこんな時間!?
あはは、旦那からよ。
私旦那にちょっとコンビニに行ってくるって出てきたもんだから……。「どこのコンビニまで行ってるんだ」って連絡が来ちゃったわ。
奥さんもごめんなさいねぇ。引き留めちゃって。
ええ、それじゃまた――。