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Scene4

 私は生まれてすぐに両親を失っている。

《異形の者》に喰い殺されたのだ。


 私の両親を屠った異形は、駆けつけた《探偵》によって《排除》されたが――生まれて間もない私は、その日の夜、孤児となった。

 だが私は幸運だった。

 なんとたまたま駆けつけた《探偵》は、遠縁ではあるが私の親戚にあたる人だったのだ!

 その《探偵》は、これまで付き合いと言えるほどの関わりを親族としてこなかった。けれどこの時ばかりは赤ん坊の私に縁を感じ――養子として迎え入れることにした。


 その探偵こそ、日本の対異形探偵業界屈指の探偵である御守夕であり――私の先生だ。


 先生に私に「夜子」という名前を与え、「家族」の一員として御守家に迎え入れてくれた。

 御守家には先生が引き取った他の孤児や弟子の人達がたくさんいて――私は賑やかな「家族」に囲まれ育つこととなる。

 血の繋がりこそ無いが、兄や姉達は皆優しく、住み込みで働いている助手の人達も私を目にかけ色んなことを教えてくれた。

 ――幸せだった。

 そう、幸せだったのだ。だから私は、先生から「あなたには私以外にも親戚がいるのですよ」と言われた時、「はぁ、そうですか」としか思えなかった。

 その話が出た時、私はまだ小学生だったからというのもあるかもしれないが、今更親戚の話をされても――と思ったのが正直なところだ。

 同級生にはおじいちゃん、おばあちゃんがいて、正月にはお年玉を貰ったのだとか、従兄弟で羽根つきをしたのだなんて話をされても、「へぇ」としか感想を抱かないような子供だったのだ。

 お年玉をくれる人は私にもいるし、羽根つきはやりたければ兄弟とやればいい。親戚の家に行くことを楽しみにしている同級生の気持ちが、私にはよくわからなかった。

 私にとって親戚といえば先生だが、先生は親戚以前に私の父だ。周りの皆がいう「親戚」とは違う。

 きっと、血の繋がりがある人間達のコミュニティは、何か特別な意味合いを持つのだろう。

 けれども私は、血の繋がらない者達のコミュニティで育ち――そのことに不満どころか幸せと感謝を抱いている。

 私にとって血の繋がりであるコミュニティ「親戚」は、校区の違う学校くらい遠いものに思えた。

 だから、先生から深刻そうに「親戚がいる」と言われても――先生には申し訳ないが――困ってしまった。

 しかも先生の語る「御守家」というのは、血の繋がらない者達で構成された「御守家」と比べるとつまらなくて(・・・・・・)、これを聞いて私はどうすればいいのだろうと余計に困惑してしまった。

 まず御守家というのには本家と分家があり――先生は分家の人間だそうだ――、私はその本家筋の血を引く人間らしい。

 それを知った時先生は、ほぼ付き合いを絶っていた本家の人間に、私を自分の子にしたいという旨を話しに行ったそうだ。

 もしかすると自分より「血が近い」本家の人間達が、夜子()を引き取ると言うかもしれない、と考えての行動だったという。

 あとから聞いたところによると、本家の人間が私を引き取りたいと答えても、先生は自分が育てるつもりでいたから、はいそうですかと私を渡すつもりは無かったらしいが――筋は通しておこうと本家へ赴いたそうだ。先生はそういう、そういう一本筋の通ったところがある。

 けれども、先生の心配は杞憂に終わった。


 本家の人間は夜子()にまったく興味を示さなかったのだ。


 その時先生のお供としてついていった助手――今は独立し、御守探偵事務所(うち)を離れたが――は、この日のことを語る際、必ず憤る。

「先生は何も言わなかったけど、あいつらはどうかしている! 酷い奴らだ!」――と。

 その助手曰く、まず両親を失った赤ん坊を憐れむことは一切無かったという。

 それというのも、赤ん坊――私は本家筋といっても先々代の末娘の血を引く人間で、ほぼ分家と言えたし、何よりその末娘――私の祖母らしい――が、兄弟からひどく嫌われ、家出同然の形で御守を飛び出しており、付き合いはとうの昔に耐えていたことに発する。

 それじゃあ他人のようなものだ、気にしなくて当然だ――と私は思うのだが、その助手だった人は「そうだとしても」と鼻息を荒くさせていた。


「ほぼ他人だとしても、親を亡くした子がいたらかわいそうだとは思わないか? 自分とはもう縁が無いと割り切っていても、その子を育てたいと顔を出してきた人間がいたら『よろしくお願いします』の一言くらいは言わないか?」


 ――それは、そうかもしれない。

 私だって家族を喪った子供の話をニュースで聞いたら、顔も知らないその子を憐れに思うし、何もできないのだとしても、その子の今後が暗いものではないようにと願ったりする。

 その人がいうには、本家の人間達はそうした態度も言動も一切無かったそうだ。

 先生に対して「好きにしてくれ」と突き放すように言い、ふたりはすぐに家から追い出されたらしい。


 それは確かに冷たいかもしれない。


 けれども当事者である私自身が抱いた感想は「そうなんですね」、ただそれだけである。

 私としてはむしろ、尊敬している先生と離れることにならなくてよかった、とその話を聞いた時安堵したものだ。

 ――御守本家と私の関係なんて、その程度だ。

 つまり、互いが互いに興味が無かった。


 それなのに、なんで今更私の名前を出したのか――。


 最後はそこに行きつく。

 本家の人間達は私のことなどどうでもよかったはずなのだ。それなのに知人に《探偵》を紹介する時、わざわざ私の名前を出すなんて。

 親類に《探偵》がいるから――という理由で知人に紹介するなら、普通に考えれば私ではなく先生の名前を教えるんじゃないだろうか。

 先生は数々の業績を残してきた探偵なのだし――第一私は、御守探偵事務所の正式な探偵ではない。

 もし先生が高齢であることに不安を覚え、先生に依頼をするのが憚るというのなら、「御守探偵事務所の探偵に」と言えばいいだけだ。


「私達だけで決めるのは難しいわね。御守さんに相談してみましょう」


 悩みに悩んだ私達は、山本さんの提案を素直に受け入れ――その日帰ってきた先生に、この依頼について相談した。

 本家の人間が私を名指しで紹介していること、私の勘――すべて説明した。

 そしてそれらすべてを聞き、先生が出した結論、それは――。


「この依頼は受けたほうがいい」というものだった。


 付き合いが無いとはいえ夜子の縁者なのだから、と先生は話していた。

 ――これは先生らしくない説明だ。

 いつもの先生なら、もっときちんと納得できる理由を添えて、断るなり受けるなりの助言を与えてくれる。それなのに今回はどうだろう。

「縁者だから」?

 遠い親戚だったからという理由で先生に拾われた自分が言うのもなんだが、素直に納得はできなかった。


 ――だが同時に、先生には何か考えがあるのだろう、とも思った。


 私にとっては筋の通った理由ではない。けれども先生は意味の無いことを言わない人だ。

(気は進まみませんが……)

 きっと先生の「探偵の勘」が働いたのだ。つまりこの依頼には何か(・・)がある。私が関わることで道が変わる何かが。

だったらやらないわけにはいかないだろう。

 私は、先生の言葉には全幅の信頼を置いているのだ。

(それに、困っている方は実際いるわけですし)

 そう――。気にかかることはある。しかしそれとは別に問題はすでに起こっている。これを無視するなんてさすがにできない。


 結局私はこの依頼――「深田真帆の捜索と、《異形の者》に成り代わられているのか」を受けることにした。


 そしてあの日の夜。偶然(・・)私は深田と遭遇し、彼女をとり逃すという失態を犯した。

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