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エピローグ ~2~

 チャイムを鳴らし、しばらく待つと、背よりも高い大きな門が開いた。

「お待ちしておりました、夜子さん」

 門の向こうでは、三村が破顔して待っていた。

「さぁ、お入りくださいな」

 三村に促され、夜子は久しぶりに――といっても半月も経っていない――御守本家に足を踏み入れた。

「さ、こちらです」

「え? ですが――」

 夜子の先を歩いていた三村は玄関へと向かわずに、庭へ足を踏み入れた。不思議に思って夜子が訊くと、彼女は「あちらでお待ちですから」とだけ言って微笑んだ。


 やはりどこか荒れた様子の庭を通り抜け辿り着いたのは離れだった。母屋よりかは劣るが、それでもしっかりとした造りの日本家屋だ。

(あれは……)

 離れの縁側に、男がひとり座っていた。男は夜子達の姿を確認すると立ち上がり、軽く頭を下げる。

「日登美さん、御守夜子さんをお連れしました」

 言って三村は夜子のうしろへと下がった。自然に夜子が前に出て、男と面と向かい合うことになる。


 男は以前日佐志に見せられた写真の人物そのままだった。ひょろりと痩せていて、どこか陰気そうな雰囲気を漂わせている。写真よりは少しだけ老けて見えるが、なるほど日佐志の言うように年の割には若々しい。

「はじめまして」

 乾いた声で男が言う。長い前髪の隙間から、うっすらと笑みが見える。

「御守日登美です」

「……御守夜子です」

 夜子が会釈をすると、男も同じように頭を下げた。

「どうぞ、そこに座ってください」

 日登美は縁側を差し、自分もそこに腰掛ける。

「こういう時は部屋に案内したほうがいいと思うんだけど。恥ずかしながら人を招くことのできるような部屋じゃなくて」

「いえ……。お気遣いなく。――失礼します」

 言って日登美の隣に座ると、男はおかしそうに笑った。

「何か?」

「いや……。本当に若いなぁ、と思って。まさか夜子さんがこんなに若い……というか子供だなんて知らなかったから」

 日登美の言葉に、夜子は軽く片眉を吊り上げた。夜子は子供扱いされることが好きではない。まだまだ子供だ、という自覚はあるが、それを他人に言われるのは少しだけ気分が悪い。――が、日登美は夜子の様子には気づかず、話を続けた。

「婚約の話……なんだけど。まぁいつものことでね。オレもいい加減うんざりしてたから、話なんて右から左だったんだ。いやはや……、子供だって知っていればオレも真剣にオヤジを止めたんだけど。今回はごめんね。夜子さんに迷惑をかけて」

「はい。寝耳に水のことばかりでしたのでびっくりしました」

 夜子は正直に言った。こういう時に取り繕わないのは彼女の長所であり――短所でもある。だが日登美は一瞬きょとんとしたあと、盛大に笑った。

「正直者だねぇ! うん、でも本当にごめん。叔母さんとも色々あったんだって?」

「明美さんですか?」

 日登美はうん、とひとつ頷く。この男はどこまで明美達のことを知っているのだろう――夜子は彼が何について訊いているのか判断に困り、まぁ、と曖昧に答えた。

 すると日登美は何かわかったかのように――夜子がそう思っただけではあるが――大きく頷く。

「大変だったんだってね。まぁ……、オレも詳しくは聞いてないけど、周防のほうでごたごたしてたんでしょ? 叔父さんも体調崩したんだって?」

「まぁ……」

「でも無事解決したみたいでよかったよ。――はは、どこも親が子を心配する……しすぎるのは変わらないんだな」

 夜子が首を傾げると、日登美は苦笑いを零した。

「いやさ、藤くんのことが心配になっちゃって、叔父さんと叔母さんが夜子さんの仕事に顔を突っ込んだんでしょ? それで事がややこしくなったって……。本職に任せておけば間違いなかったのに――って叔母さん反省してるふうだったから」

「ああ……」

 なるほど、明美は本家にそう伝えたのか――。

「うちも同じなんだ」

「え?」

「うちのオヤジ。――夜子さんはさ、御守は短命だって話聞いたことある?」

 夜子は小さく首を振る。

「そっか。まぁ、そういう迷信みたいなのがあるんだ。実際、うちの爺さんも四十くらいで亡くなったそうだし、ご先祖さんにはもっと若いうちに亡くなった人もいるらしい。だからまぁ……、オヤジももしかしたらそろそろ……って思ってるのかもしれなくて」

「そんなの迷信ですよ」

「まぁね。でもうちのオヤジはさ、それを笑って済ませることができなくてさ……。もし自分が早くに死んでしまったら、息子はどうなるんだって心配してるんだ。……オヤジは母さんを早くに亡くしてるから、余計に思うところがあるみたいなんだ」

「……でも失礼ながら、日佐志さんが亡くなってもすぐ生活に困窮しそうには見えませんが」

 本当に失礼だ――と思いながら夜子は訊いてみた。ただ、「まぁねぇ」と庭を眺めている日登美の横顔が暗いものではなかったから、少し罪悪感は薄れた。

「金の問題というか……。ひとりで生きていくことを心配してんだよ。オヤジ、ああ見えて愛妻家だったから、母さんが死んだ時だいぶ凹んだんだ。……オヤジには母さんが必要だった。だからひとりの人生は堪えるんだろう。それで息子には自分みたいな寂しい思いはさせたくないって感じなんだと思うよ」

 ――意外だ。夜子から見た日佐志は俗っぽく、正直好感情は持てない人間だった。

「でもそれって、親の勝手だと思わない?」

 言って日登美は、横目で夜子を見る。意図が汲めず夜子が首を傾げると、日登美は細い指を組み話し出す。

「オレは結婚なんて全然する気はないんだよ。少なくとも今は。なのに勝手に自分の考えを押し付けて――……。心配してくれてるってのはわかるから、これまで強く言えなかったんだけど、今回はさすがに――」

 日登美は再び夜子を盗み見る。

「はっきり言わなきゃいけないと思って。……一応、最初のころはオレも結婚はいいからって言ってたんだけど。聞き流されるからどうでもよくなってたんだ」

 でも、それじゃ駄目だな――と呟き、日登美は眉根を寄せた。

「もっとオヤジと話をしなきゃいけないってわかったよ。これ以上夜子さんに迷惑かけられないしね」

「日登美さん……。ありがとうございます」

 夜子が礼を言うと、日登美は顔に笑みを浮かべ首を振った。

「坊ちゃん、夜子さん」

 ――と、その時、三村がふたりを呼ぶ声がした。

夜子と日登美が声のするほうに目をやると、三村が――彼女はいつの間にかこの場から離れていたようだった――誰かを案内し、こちらへ向かってきているのが見えた。

「お、来た来た」

「あれは……明美さん……」

 三村のうしろにいたのは、周防明美だった。彼女は前回会った時と同じくパンツスーツをすらりと着こなし、まっすぐ背筋を伸ばしこちらへ歩いてきている。

「こんにちは。夜子さん。先日はバタバタしてろくな挨拶もせずすまない。きちんと礼を言えなかったのが、ずっと気になっていたんだ。――ありがとう。このあいだのことは、すべてあなたのおかげで解決した」

 明美は凛とした力強い声で言うと、静かに頭を下げた。そのキビキビとした所作は粗が無く美しかった。

「私は何もしていません。ただあなたの脚本通りに動いただけです。最終的に今の結末を迎えられたのは、藤さんが頑張ったから――……だと思います。私がやったのは少しのサポートと後始末です」

「そのサポートと後始末に随分助けられている。それに、すべてが私の考え通りだったわけじゃない。むしろほとんどが――上手くいかなかったと言える」

 明美は柳眉を顰め、苦しげに言った。

「……私は藤だけ救えたらそれでいいと思っていた。だが、本心は違ったようだ。貴一も傷つけたくないし、当然真帆も失いたくない。覚悟したつもりだったが、迷ってしまったがために結局すべてが中途半端になってしまった。――全部思い通りに、というわけにはいかないと思っていたが……。やはり上手くいかなかったな」

「そうですか?」

 夜子は縁側から立ち上がり、明美の目を見つめた。明美の瞳は、夜子と同じ濃紺の夜空だ。

「あなたが非情ではなかったから、藤さんも貴一さんも真帆さんも――それから『あの人』も自分の意思で舞台から去ることができた。幕を引くことができたんじゃないかと思います。そりゃそれぞれ思い描いていたものとは違うかもしれませんが、納得しているのでは?」

「……そうだといいが」

 明美はフッと笑みを零す。

「……何の話?」

「さぁ……」

 黙って聞いていた日登美と三村はというと、お互いに顔を見合わせ、首を傾げていた。

「ところで、今日はその話をしに?」

 夜子が尋ねると、明美はいいや、と首を振った。

「兄に用がある。君と日登美の婚約は無かったことにしてくれ――と話をしないといけない」

「え? いいんですか?」

「いいも何も……。私の蒔いた種だからな。兄には君のような優秀な《探偵》の将来を、いち親戚ごときが口を出すのは間違いだったと伝えておこう」

「私はただの助手ですけどね」

 夜子は肩を竦めて言った。

「そうなのか? まぁどちらにせよ、優秀な人材だというのは違いないよ。――そうだ」

 明美は「君の父上のことだが」と目を細める。

「先生が何か?」

 明美はそっと夜子の耳に顔を寄せると、声を潜めて話し出した。

「あの日の夜、私は御守さん――夕さんから連絡を貰ったんだ。藤と君達の居場所を伝えられて、今すぐ行きなさいと……。行かねば後悔すると助言を貰った。悩みはしたが正解だったと今では思っている。――ふふ、それにしてもどうやって私の番号を調べたんだろうな」

 夜子はにこりと微笑んだ。

「凄いでしょう? 先生はなんでもご存じなんですよ」

「ああ、まったく。君が優秀なのは、あのような素晴らしい人から教育を受けているからなんだろうな」

 明美に言われ、夜子は満面の笑みで頷いた。


 それから明美と日登美は連れだって母屋へと向かった。夜子もついて行かなくてもいいのかと尋ねたのだが――ふたりは自分達だけでいいからと行ってしまった。

「夜子さん、もう少しゆっくりなさっても皆様何もおっしゃられないと思いますよ?」

 三村は暗に夜子を引き留めている。もう少し、少女と話がしたいのだ。

 ――だが、夜子は申し訳なさそうに首を振った。

「このあと行かなくてはいけないところがあるので……。あまり長くお邪魔はできないんです」

「そうですか……。残念です」

「またご挨拶に伺います。その時お話しましょう」

 夜子が言うと、三村はパッと顔を輝かせ「お待ちしております」と頭を下げた。


 初めはあんなに嫌な奴に思えた日佐志も、日登美の話を聞いた今、そこまで嫌悪感は無い。

(御守本家か――)

 自分(夜子)のことなど一切興味が無く、都合よく利用しようとしている人々だと思っていた。

 そしてそれはあながち間違いではなかったわけだが――それでも「見方」を変えてみると、少し違う印象を受ける。

(やっぱり私はまだ子供……なんですかね)


 次ここへ来た時はもう少し、彼らの話を聞いてみるのも悪くないだろう。

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