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Scene20

 蔵の中を一歩、また一歩と夜子は進む。

「…………」

 真帆の言っていた通り、蔵の中は開けていて、すぐに二階へ上がる階段は見つかった。しかしタンスやら工具やら雑多に物が置かれていて、まっすぐそこへ向かうのは難しそうだ。

 夜子はガラクタを避け、時にはひょいと飛び越えながら階段へと向かった。蔵の中は意外にも明るく、ぼんやりとだが足元が見えていたおかげで、何かに躓いてしまうことは無かった。

(不思議……)

 夜子は蔵の至るところに灯っている火に目を凝らす。――あれは、ただの火ではない。

(狐火、とかいうやつでしょうか)

 火は蝋燭などに灯っているわけではなく、ふわふわと空中を漂っていた。赤いものと青いものが入り混じったそれは、不思議なことに夜子が足を向けたほうへ集まり、先を照らしてくれる。

(確実に《異形の者》に寄るものでしょうね)

藤が灯したのか、それとも焔狐が灯したのかはわからないが、どちらにせよ『狐』か『狐もどき』のものだから狐火と言っていいだろう。

 夜子はわずかに「この火が蔵内のガラクタに燃え移ったら」――と想像し背筋を寒くした。もし蔵に火が回ればどうなるだろうか。いかに水の力を持つ沼元が外にいるとしても酷いこと(・・・・)になってしまうはずだ。

(丸焼けはごめんです)

 そんなことを考えながら歩いていると、蔵の一角に寝袋と毛布、そして大量の保存食と水がまとめられている場所が目に入った。おそらく真帆が居住していたスペースだ。

 そこにはランプにミニテーブル、マグカップや本まで置かれていた。

 用意周到なことだ。姿をくらます前に引き出した十万円の使い道はこれだったか。


(さて……)

 人の生活の痕跡と、人が捨てた道具らを踏み越えて、夜子はようやく階段に辿り着いた。

(本当に、二階に誰かいるんでしょうか……)

 蔵に入ってから、夜子は物音を一切耳にしなかった。

また広い蔵を歩き回っているさなか、藤を見つけることもできなかった。――つまり藤は、すでに二階へ上がっているはずだ。

 上には焔狐がいる。

(ここにいないのなら、藤さんは焔狐に遭遇しているはず……)

それなのにこの静けさはなんだ。


(もしや、すでにすべてが終わってしまっているのでは――――)


 頭に浮かんだ考えを払うかのように、夜子は頭を振った。可能性は否定できないが、悲観的になりすぎるのもよくない。

 夜子は一度大きく深呼吸をし――埃臭い空気が肺に入った――、自身のガントレットに付与した属性が水であることを再確認すると、階段に足をかけた。

 なるべく音を立てないように――と思っても、ギッ、ギッ、と木の音が蔵に響く。

夜子は二階まであと数段を残したところで足を止めると、そうっと――二階を覗き込んだ。

「――っ!!」

 夜子はその時目に飛び込んできたものに、思わず声を失い――自分の目を疑った。


 そこにはへたり込みうなだれている藤と、ソファにもたれかかり苦痛に顔を歪めている藤の――ふたりの藤がいたのだ。


 だが、どちらが夜子の知る藤かは一目瞭然だった。

なぜならソファにもたれている藤は、帯揚げで緩く締めた小紋をバスローブのようにだらしなく纏っていたし、なにより狐らしき耳と尻尾があった。対してうなだれている藤は、さっきも見た白いTシャツを着ている。

(罠……でしょうか)

 夜子は悩んだ。もしや焔狐は、藤を囮に夜子を誘い出そうとしているのかもしれない。


(だけど――……。それがどうした!)


 少女は階段を力いっぱい蹴った。すると少女の体はふわりと宙に浮きあがる。――飛んだのだ。

藤めがけて飛んだ少女は空中で一回転すると、軽やかに地面に着地した。

「藤さん! 無事ですか!?」

 夜子は藤の肩に手を置くと、ぐいと無理やり自分のほうへ体を向けさせようとした。

「あっ……!」

すると弾けるような音がして、閃光が飛び散った。――夜子のガントレットが、異形である藤の体に反応したのだ。

「藤、さん……?」

 光の粒がすべて消えたあと、藤の頭には獣の耳が生えていた。さらにはふさふさとした尻尾まである。

「ふ、藤さん!」

 柔らかな毛が夜子の細い足を撫でたことで、夜子はハッと我に返った。そして改めて彼の体を見て――少女は驚愕した。

「その血は――……!」

 藤のTシャツの前面が、赤く染まっている。ゆらゆらと揺れる仄かな明かりでは鮮明な色はわからず、それは若干赤茶けてはいた。

だが夜子にはわかる。何度も現場で見たことがあるし、それ(・・)で自分の服を汚してしまったことだってあるのだ。――これは確かに、血だ。

「お嬢さん」

 藤はぼんやりとした目で夜子を見上げた。よく見れば藤の手は血濡れだった。

「その手……」

「お嬢さん、思ったより早かったですねぇ」

「藤さん、あなた、ここで何が」

「……僕はねぇ、すべてを終わらせようと思ったんですよ。お嬢さんや御守の方達……巻き込んでしまった人に申し訳ないですから、ひとりで……。でも、僕ひとりじゃ後片付けできませんから、あとを託そうと……お嬢さんを呼んだんです……。情けないですよねぇ……。結局僕は何もできない……。何にもなれない……」

 藤の言葉は、最後はまるで独り言のようにか細かった。誰に聞かせるわけでもない、自分を責めるかのような口調だった。

「……しっかりしてください」

 夜子は藤の肩をギュッと掴む。そしてソファに横たわり、さっきから荒い息をしている狐の異形へと目をやった。

「焔狐……、ですか?」

「……そうだ」

 異形はニッと小さな牙を見せて答えた。

「………………」

 少女は藤から離れると、何があってもいいように全方位に神経を尖らせ、猫のようにそろりそろりと異形へと近づいてみた。

「――……」

 狐は薄ら笑いを浮かべていた――が、額には脂汗が浮いており、無理やり笑みを作っているのがわかる。左手で押さえている脇腹を見てみると、淡い紫の小紋に赤黒い染みが広がっていた。

 深手を負っていることは明らかだ。

(これを、藤さんが――)

 夜子は生唾を呑みこんだ。なかなかに酷い傷だ。これは――殺意が無ければできない。

「また……か」

 狐はそう言って喉の奥で笑った。夜子が眉を顰めると、狐は長い指をすぅっと伸ばし、寝そべった体勢のまま黒髪の少女を指す。

「人形。また人形が来た」

 男にも女にも聞こえる不思議な響きを持った声で、狐は続ける。

「……どういう意味です」

「そのままだ。お前、さっきの人形と同じだな? 私にはわかるぞ」

 言って狐は夜子のうしろにいる藤を見ようと、わずかに首を伸ばした。

「あれは私を模した人形だろう? ふふ……、時々いるのだ。私を作り出そうとする人間が。あれ(・・)はその典型だ。――それにしても面白い。人ではここまでできない。だがあれは人ではないがゆえに、あんなにも瓜二つだ。人の考えることは面白いな」

 狐はくすくすと笑いを零す。

(……藤さんと、貴一さんのことか)

 それに気づき、夜子は一気に不快感に襲われた。ふたりのあいだには複雑な事情がありそうだ。事の是非は置いておき、それぞれが真剣であったことは想像に難くない。だからそれを茶化すように言う狐には――嫌悪を抱かずにはいられなかった。

「なぁ、お前」

 重傷を負っているのだ。黙っていても辛いだろうに、狐は喋るのを止めない。

「お前は何を模している? ――いや、やっぱり言わなくてもいい。ただ、お前も紛い物だな? 完璧ではない」

 したり顔で言い、狐はふふ、と息を漏らした。

「お前を作った者はなかなかに歪んでおるなぁ。貴一と同じくらいか? お前にはお前を作った者の執着がべっとりとへばりついている。うふふ、よっぽど空っぽなんだな」

 ぴくり、と夜子のこめかみが動いた。空っぽとは、誰を指して言っているのか。もしや――。

「……あなたに何がわかるのか……!」

「わかる。私はそういう(・・・・)能力なのだ。私はな? 人を見通すことができるのだよ。だからお前を作った者の情けなさなどお見通しだ」

「……何を……!!」

 夜子は口から出た言葉が揺れていたことで、初めて自分が身震いしていることに気づいた。そしてそれに気づいた瞬間、体の内側から一気に熱が溢れてくるのを感じた。

 この狐は、恐らく養父のことをさっきから嗤っている。

「――……っ!!」

 狐に向かって何か言ってやりたいが、わなわなと震えるこの唇が言葉を発したならば、出てくるのは間違いなく罵りだ。

(御守探偵事務所の一員として、そんな品の無いことはできません……! でも……!!)


 夜子は珍しく、激昂していた――――。

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