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Scene17

 車を飛ばし辿り着いたのは、山奥にある古びた屋敷だった。

 ――いや。古びたなどという表現は生易しい。そこはまさに廃墟と言って差し支えないほどの荒れようだった。

 ここもかつては集落だったのだろう。

 なんとか車が通ることのできる、という程度ではあるが、一応道は舗装されていたし、屋根が抜け落ちてはいるが家々が数件建っているのも確認できた。

 だが電気は通っておらず――当たり前と言えばそうなのだが――、夜の十一時を回った現在、ここは気を抜けば飲みこまれそうなくらいの重い闇に包まれていた。

 寂しい場所だ。

 日の差す時間であればまた違った見方もできるのだろうが、今はただただ薄気味悪い。


「ここから深田さんのマンションが見えるんですね」

 運転席から降りてきた鈴切が、ドアを閉めながら言った。夜子が彼の視線の先を追ってみると、なるほど、木々のあいだの拓けた場所から街の光が見えた。確かにあの辺りには深田家のマンションがあったはずだ。

(それにしても、なんで真帆さんは急に……?)

 真帆は、自分の携帯電話で親へ連絡をしたようだった。

(ここは歩いてくるには険しいし、道も悪い……。ですが決して徒歩で下りるのが無理という悪路でもない)

 深田夫妻の話によると、真帆はずっとこの場所にいた、というようなことを話していたらしい。

(直線距離だけで考えたら、深田家までなんとか歩いて帰ることができそうなのに……)

真帆はなぜ、自力で家まで帰らなかったのだろう。

(見張られていた? もしや見張りの隙を縫って電話を? ……いや、もしかしたら)

 うつむき、夜子は眉を寄せた。そういえば電話をした真帆は――本当に真帆本人だったのだろうか。

「夜子ちゃん?」

 考え込んでいると、上から鈴切の心配そうな声が降ってきた。

 夜子はなんでもない、と首を振る。

「そういえば深田さんの家が見えるということは、御守本家も見えますね。――ああ、やっぱり」

 山の麓にある大きな屋敷に目を止め、少女は頷いた。屋敷の周囲には等間隔で電灯が置かれているため、山の上からでも御守本家は簡単に見つけられた。

(あ……)

 ――その時ふと、この山は御守の所有物かもしれない、と夜子は思った。

 このあと起こることによっては(・・・・・・・・・・)山を荒らしてしまう可能性があるゆえに事が終わったら所有者を調べようとは思っていたが――。

(もしかしたら日佐志さんか、日登美さん……。――ひょっとすると明美さんか。誰名義なのかはわかりませんが……。でも当たっている気がしますね……。なんとなく、ですけど)

「夜子ちゃん」

 名前を呼ばれ、少女がくるりと声の主のほうへと振り返る。――と、そこには、電灯代わりにつけていた車のライトに照らされ、眩しそうに目を細めている鈴切がいた。

「……藤くんは」

「先に到着しているはずです。まずは彼を探しましょうか。藤さんは屋敷の入り口で待つと深田さんに伝言を残したんですよね? 行きましょう」

 そう言って夜子は、装備したガントレットをひと撫でした。片方の手から伝わるガントレットの硬さに、否応なく神経が研ぎ澄まされていく。

「…………」

 右手を軽く持ち上げると、ガントレットに嵌められた「珠」が、車のライトに照らされキラリと光った。この珠はガントレットに「力」を与える特別なもので――今回夜子は、水の気を宿した青珠を用意した。もちろん、「流浪の神」と対峙することになった時のために、だ。

「夜子ちゃん、あそこから入れそうだよ」

 いつの間にか鈴切は、屋敷を囲む塀のそばに立っていた。彼は屋敷へと続く小さな橋に足を乗せ、木の橋が抜けないか踏んで確かめている。

「――うん。大丈夫そう」

「確認ありがとうございます、鈴切」

 夜子は鈴切に礼を言うと、早足で橋へと近寄った。苔むし傷みも見えるが、なるほど渡れないことはなさそうだ。

「ここ、変わった造りですね。家に入るのに橋がいりますか?」

「多分、昔はちょっとしたお堀があったんだよ。――見て、ほとんど埋もれちゃってるけど、これお堀だよ」

 鈴切は懐中電灯で橋の脇を照らした。そこには言葉の通り堀がある。

「ああ――。堀というには小さいですけど」

 ともすると用水路だったのかもしれない。堀はそれほど小さなものだった。

「なんで山の中の屋敷に、わざわざこんなもの……。わかりませんね」

「そうだねぇ。まぁ、何か理由はあるんだろうけど。――それより、僕が先導しようか? ここ古いし、何があるかわからないし」

 そう言って鈴切は心配そうに夜子を見やる。

 ――今この場にいるのは鈴切と夜子だけだった。

「…………」

 鈴切の目からは、「夜子を守れるのは自分しかいないのだ」という思いが滲み出ている。

 だが、夜子は静かに首を振った。

「いえ。何があるかわからないからこそ、私が先を行くほうがいいでしょう。もし何か(・・)あれば、鈴切には兄さんにそれを伝えてもらわなくちゃいけませんしね」

 現在琴浦は、夜子達とは別行動をしている。――といっても、この場所には来る予定だ。ただ琴浦は、沼元を連れだってここへ来る手筈になっている。

 沼元の力が今夜役に立つか立たないか、それは現時点ではわからない。

 しかし何があるかわからない。だったら準備は万全に――。

 それが三人の見解だった。

「さ、行きましょう」

 言って夜子はヘッドライトのスイッチを入れ、橋を渡り始めた。

「…………」

 鈴切はそれを見て不安そうに眉を寄せたが、すぐに少女のあとを追った。


 ふたりは倒壊しかけた門の下をくぐり、鬱蒼と茂った草を踏み分け進む。

 ぐるりと辺りを見回してみると、玄関らしきものはすぐに見つかった。夜子は頭のライトでそこを照らし、鈴切へ行こうと無言で伝える。

その時だった。

「――!」

 玄関のすぐ横にあった大木の影から、白い塊がぬるりと姿を現した。夜子ははっと息を呑み、そしてすぐ、その塊の正体に気づき声を上げた。

「藤さん……!」

 塊――それは白いシャツを着た周防藤だった。

「…………」

 藤は口元に指を一本立て、こっちへこいと手招きをした。

 夜子は鈴切と一度目を合わせ、頷き合うと――藤のもとへなるべく足音を立てないようにして駆け寄った。

「お待ちしていました、お嬢さん。さて申し訳ないんですが、明かりを消してもらえますか?」

「明かりを?」

「ええ。暗くなっちゃいますがね。この先にいる御方(・・・・・・・・)になるべく知られないようにするには、そっちのほうが都合がいいんです」

「……この先にいる御方」

「……歩きながら話します。とりあえず、行きましょう」

 藤は大木の横をするりと抜け、暗い庭を先に歩いていく。

「夜子ちゃん」

 眉を八の字に下げた鈴切が、夜子の名を呼ぶ。夜子はじっと藤の背中を見つめ、ヘッドライトの明かりを消した。

「……行きましょう」

 鈴切はしばし迷い――手にしていた懐中電灯を切った。

「……真っ暗だから、気をつけて」

「もちろん。鈴切も気をつけてください」

 言って夜子は、すぅと目を細めた。

「――すべてにおいて」


◇◆◇


 乾いた地面を踏みしめながら、三人は奥へ奥へと進んだ。

 ――といっても、たいした距離ではない。

 ただ真っ暗闇の中を進んでいたから――月の明かりはとてもじゃないが頼りにならなかった――、体感時間が長く感じたのだろう。

「この先にあの御方がいます」

 ちょうど屋敷の裏手に辿り着いた時、これまで黙っていた藤が口を開いた。

 白いシャツを着ている藤は、明かりが無いはずなのになぜだか薄く発光して見えて、闇のなかでも不思議な存在感があった。

 逆に――。

「『あの御方』について、訊いてもいいですか?」

 そう藤に尋ねた夜子はというと、髪や服の色も相まって、すっかり暗闇に溶け込んでしまっていた。銀のガントレットが時折光を弾くおかげでなんとかそこにいることがわかるが、少女は夜そのものに近しくなっている。

「ええ、もちろんです。むしろ僕は、お話しなくちゃいけないんです」

 言って藤はゆっくりと視線を動かす。

「……あれは……」

 動きを追ってみると、そこには漆喰壁の大きな蔵が建っていた。

「お嬢さん。ここが御守家の土地だってことは……ご存知でしたか?」

 夜子は首を振った。「でも、もしかしたら、とは」と言うと、藤は小さく頷いた。

「さすがお嬢さんです。――お嬢さん、ここはね、うちの奥様が相続した土地なんです」

「明美さんが……」

「はい。元々は御守の分家さんと、そのお世話をしていた人達が住んでいたらしいんですけどね、分家さんも絶えて住む人がいなくなって……。使い道も無いもんだから、放置されていた場所なんです、ここは」

 そう言って藤は吐息を漏らすようにして笑った。吐き出された白い息が空へと昇っていく。夜子はこの時に初めて、「ああ、まだ冬だった」と思い出した。気を張り詰めているせいか特別寒いとは思わなかったが、髪をかけるふりをして耳を触ってみると、ガントレットは目が覚めるほど冷たくなっていた。

「お嬢さん、真帆がここにいる理由……わかりますか?」

「わかりません。ですが私達は今、いくつか情報を持っています。だから推察――とまではいきませんが、想像することはできます」

「情報ですか……。お聞きしても?」

「……知人から『流浪の神』が人を求めて東京に来たと聞きました。その時私は――藤さん、あなたから聞いた話を思い出しました」

「……なるほど」

 藤は悟ったような表情で頷いた。

「説明……してくださいますか?」

 夜子はまっすぐ藤を見据え訊く。

「……はい、もちろんです。ですが今は、それより先にお嬢さんにお願いしたいことがあるんです」

 蔵へ一歩、藤が近づく。

「――……」

 夜子の右足が、じり、と地面を滑る。夜子の背後で、鈴切も体を強張らせた気配がした。

「真帆のことです」

「真帆さん?」

「はい。真帆には……本当に迷惑をかけました。だから僕は、真帆だけは絶対に助けたい」

 言って藤はゆっくりと頭を下げた。そしてその頭が再び上がった時――。

「その顔は……!」

 藤の顔――いや、顔だけではない、体つきもすべて、「深田真帆」になっていた。

「お嬢さん、僕が初めてこの姿で(・・・・)あなたに会った時、あなたが噂に違わぬ実力者なのだと知りました」

「あの時の――……!」

 真帆の顔をした藤は、口角をわずかに持ち上げた。

「失礼ながら見かけによらずパワフルで驚きました。――だからこそお願いします」

 堅い顔をして藤が言う。

「真帆のことを頼みます」

 言って藤は夜子の手を取った。ガントレット越しではあるが、藤が強く手を握りしめているのが振動で伝わってくる。

「僕は……。あなたになりたかった」

「え……?」

 くしゃりと藤の顔が歪んだ。


「あなたみたいな、完璧な子供に」


 藤はそう言うとパッと夜子の手を放した。そして少女に背を向け、蔵へ向かって一目散に走り出す。

「藤さん――!」

 急いで夜子、そして鈴切も青年のあとを追った――が。

 重い音を響かせながら開いた蔵の戸は、藤を中へと受け入れると再び重量の感じる音を出しながら閉じてしまった。

 蔵へ辿り着いたふたりは戸に手をかけるが、それは《武器》で筋力を強化した腕でもびくともしない。

「お……もたい……!」

「これは……。ただ重たいだけじゃない」

「そうですね……。なんらかの呪い(まじない)がかかっています。私達だけじゃ簡単には開けられません」

 壊しでもしないと――と、夜子は自身の腕を見つめたが、すぐに小さく首を振る。

「恐らく真帆さんは中にいるんでしょうし、神とやらも……。無鉄砲なことをして、中のふたりに危害が及ぶのだけは避けなければ」

「琴浦さんを待とう。呪いで閉じられているなら、沼元さんの力で開くかもしれない」

「そうですね。鈴切、あなたは車を停めたところまで戻ってください。兄さんが到着したら、ここへ案内をお願いします」

「夜子ちゃんは?」

「私は見張りを」

「…………。……夜子ちゃん」

 鈴切は不安そうに顔を顰めた。夜子はそれを見て、

「ひとりで飛び込むような無茶はしませんよ」

 と微笑みを浮かべる。

「さ、行ってください。もしかしたら、兄さんはもう着いているかもしれません」

「……わかった」


◇◆◇


 鈴切が引き返したのを確認し、夜子は改めて蔵を見上げた。

 大きな蔵だ。二階建てなのだろうか。高さもかなりある。

(あれは……)

 上部には明り取りの小さな窓があった。夜子ならばそこから中へと入ることもできるかもしれない――が、残念ながら窓には鉄格子が嵌められている。力づくで鉄格子を引きちぎってもいいが、それは隠密という言葉からはかけ離れている。現実的ではないだろう。

「………………」

 蔵の壁はところどころ剥がれ落ち、その古さが見て取れる。けれども「朽ちた」という言葉が似合う屋敷と比べると、今でも十分蔵としての役目が果たせそうだ。造りがしっかりしているのだろう。

「さて……」

 夜子がぽつりと呟いた、その時だった。


「――!」


 ぎぃ、と音を立て蔵の戸が開いた。

 そして戸のわずかな隙間から、突き飛ばされるような勢いで人が転がり出てきた。

 夜子は急いで戸に手をかけるが、強化されたはずの腕力でも、やはり扉が閉まることを止めることはできず――人をひとり吐き出した蔵は、再び固くその口を閉ざした。

「一体なにが……」

 戸を開けることをひとまず断念した夜子は、足元に転がっている人間を抱き起そうとしゃがみこむ。

 ――それは、巫女装束をまとった娘だった。

 夜子はうつぶせになっている娘の体を起こし――驚いた。


「深田……真帆……!」


 虚ろな目で空を見ている娘は、自分が探し、そしてさっき藤が姿を変えた娘そのものだった。

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