プロローグ
みもり、よるこ……。ああ、御守夜子ね。夜ちゃん。
うん、知ってるよ。小中と一緒の学校だったから。学年は違うけどね。
――あ、ごめん。今のあの子のことはあんま知らない。私、外部受験したから。でも確か夜ちゃんはそのまま内部進学したはず。
どんな子だったか……かぁ。
うん? 悪い子じゃないよ。すっごいしっかり者。頭もいいし、学校の先生や上級生にも物怖じせずなんでも言うし。――あはは、そう、怖いもの知らずって感じの子。
嫌われてはいなかったね。人は見た目がなんちゃらっていうじゃない? ――ふふ、冗談冗談。
夜ちゃんはねぇ、人と一定の距離を保ってるっていうか……。積極的に皆の輪の中に入ってくる子じゃなかったけど、話しかけられたら誰とでも話すし、あと悪口も言わないし……。自分が違うって思ったことはズバズバ言ってくるけど、それは結局、他の人も思ってることだったりしたからね。表だって嫌いって言ったりする子はいなかったかな。
――そそ、見た目がいい。髪は長くてさらさらで、目もぱっちり大きいし、肌も白くて……。身長もそこそこあって、スラーッとしてるの。
いやー、モテては無かった気がするなぁ……。いっつも不機嫌……っていうか困ってるみたいな顔してて、近寄りづらい子だったから。話したら全然普通なんだけどさ。男の子は声かけづらいかもね。
――あ、でもどうなのかな……。全然モテないってわけでもなかったのかも? 私はよく知らないけど、地味ーな男子に好かれがちっていうか? そんな感じだったかも。
よく知ってるねぇって……。そりゃそうだよ! 夜ちゃんは学校の有名人だったから!
お兄さんもそれで話しかけてきたんじゃないの?
夜ちゃんが《探偵》だから――。
ああ、やっぱり! 夜ちゃんのお話聞かせて~って人、昔からたまにいるんだよね。なんで?って聞いたら大抵が《探偵》のことを知りたがってんだよね。
――いや? 別に?
夜ちゃんも隠し事はないから好きに話していいって言ってたし。
――っていうか、あれは興味ないんだな、こういう話に。うん。自分のことに興味ないんだよ、あの子。
お仕事? 《探偵》の?
う~ん……、何してるのかっていうの、実はよく知らないんだよねぇ。
でもさ、やっぱ《探偵》なんだから《異形の者》を探したり……戦ったりしてるんじゃない? かっこいいよね。
そうそう。それで有名なのよ。高校生《探偵》ってかっこいいじゃない? ま、私が学校一緒だった頃は、まだ《探偵》じゃなくて、助手って立場だったと思うけど。
ええ? 知らないの? てっきり知ってて話しかけてきてんだと思ってた。
夜ちゃんちは家族みーんな《探偵》か、それに関わる人達なんだよ。この辺りに住んでる人は皆知ってる。
血? ああ、血筋ってこと? それは関係ないんじゃないかなー。だって夜ちゃんちは皆血ぃ繋がってないもん。
――ん。養子なんだよ、夜ちゃん。ていうか、お兄さんもお姉さんも含めて皆。うん、たくさんいる兄姉全員が養子。だから血っていうよりは……環境じゃない?
あ~、夜ちゃんちねぇ。あんま詳しくは知らないよ。ただ夜ちゃんが生まれたばっかりの頃に、夜ちゃんの本当のお父さんとお母さんが、その……。
《異形の者》に殺されちゃったんだって。
それで、その時事件を担当していた《探偵》さんが夜ちゃんを引き取って、今のお父さんになった――とかそんな感じだった気がする。
うん、夜ちゃんのお父さんはそんな境遇の人達をいっぱい家族として迎え入れてたみたい。すごいよね。
あ。でも夜ちゃんひとりだけは、一応遠い親戚らしいけど。
……今思えば、だからなのかなぁ。夜ちゃんって小さい頃からお父さんに仕事についてスパルタ教育受けてたのは。想像だけどさ、やっぱ他の養子とは期待の仕方が違ったのかな。
自分に流れる血と少しでも似てる血を持ってるのは、夜ちゃんだけだから――。
ん? ああ、夜ちゃんのお父さん――実の父親じゃないほうね、そっちの血を引いた子はいないみたい。――って、うちの親は言ってたけど。
別に? さっきも言ったけどさ、夜ちゃんはぜーんぜんこういうこと隠してないもん。この辺りの人達は皆知ってる。てか、夜ちゃん本人だって聞かれれば答えると思うよ。
お兄さんも直接本人に訊いてみたら?
◇◆◇
それは最初、見間違いだと誰もが思った。
酔っ払いや客引きのあいだを、制服姿の少女がするすると走り抜けていく――というのは、どうにも真夜中の繁華街には不釣り合いだったからだ。
しかしながら、夜の街に若い娘がいるのは珍しいがゼロではない。家に行き場が無かったり、悪い友達や男に誘われたり――理由は様々だがいないことはないのだ。
けれどもあの少女は、家出娘でも不良娘でもない――それは一目でわかった。
流れ星の尾のような黒髪を揺らし走る少女は、何かから逃げているようにも、切羽詰まっているようにも見えなかった。
なぜなら街の人々に一瞬だけ見せたその横顔に、凛とした気高さのようなものがあったからで――むしろ、彼女は何かを追いかけているのだ、と皆直感した。
『こんな時間になんで子供が?』
『子供が何を追いかけているんだ?』
彼女とすれ違った人々の頭に、その瞬間だけ疑問が浮かぶ。
『――まぁ、いいか』
だが、疑問はあっという間に頭の中から消え去ってしまい、夜の街を楽しむ人々は、すぐに元の馬鹿話に花を咲かせたり、新たな飲み屋を探したりと、何事も無かったかのように振る舞い始めた。
――ここにいる者達は皆知っているのだ。
この街は、「こういう」ところで、「こういう」時代なのだとうことを。
これまで仲良くしていた友人が、親が、子供が、急に化け物に姿を変えることもある――そういう時代だ。
制服姿の少女が夜の街を走っている程度では、もはや驚愕などしなかった。