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Scene9

 この日の目的地は、閑静な住宅街にあった。


 もう一度、依頼人である深田真帆の両親に話を聞こう――。


 深田真帆の行方を捜査し始めて数日。深田の姿をした《異形の者》と偶然遭遇したあの晩以降、夜子達は彼女の手がかりを何も掴めずにいた。

 深田のバイト先近辺やよく遊びに行っていたとされる場所、それらに潜伏していそうなところはないか片っ端から探し、親しい友人やバイト仲間にも些細なことでいいから気になることは無いか聞き込んだ。だが、これは、と思える情報を得ることはできなかった。

 もともと彼女がひとりで行動するタイプだったのも、捜査を困難にしていた。

 深田は決して陰気なわけではないが――むしろ陽気で社交的な性格だったそうだ――、人とつるむことはほとんど無かったらしい。必要があれば集団でも行動するが、必要が無いと自分が判断したならば、周りの目など気にせずいつでもひとりでいたという。

 数日姿を見ないと思っていると、ある日突然現れて「ひとり旅に行っていた」と笑うこともざらにあったそうだ。

 そしてそれは家族に対しても同じで――彼女の姿を見かけなくなってしばらくの間、深田の両親は、娘は小旅行に行っていると思っていた。

「ちょっと家を空けるから」

 朝早くに出かけようとしていた娘を見つけ、深田――真帆の母が声をかけると、彼女はそう答えたそうだ。

 だから最初深田の両親は、また旅行かと何の心配もしていなかった。


 それが娘からの最後の言葉になるとは思いもせず――。


 深田はひとりを好む風来坊な気質があった。だがそれでも両親には、たびたび現在地を写真という形で報せていた。文章は添えられてはいなかったが、見事な風景写真を――深田の趣味のひとつは写真撮影だ――移動するたびに送ってきていたという。

 しかし今回の「旅行」では一枚も写真が送られてこない。

 これにはさすがに深田の両親も危機感を覚え、《探偵》へ捜索を依頼することにした。

 ――さて。


 なぜ深田夫妻はここで娘の捜索を警察ではなく、《探偵》に依頼したのかだが――。


「深田さんのお婆ちゃんが、急に『孫は狐に憑かれた』って言い出したんですよね?」

「――と、深田さん……ええと、真帆さんのお父様は言ってらっしゃいましたね」

 夜子は隣で並び歩いている鈴切を見上げ言うと、うしろからついてきている藤へと顔を向ける。

「真帆さんが旅行――失踪する一週間前ほどに、深田家では一悶着あったそうなんです。なんでも深田真帆さんのお婆様が、尋常じゃない様子の真帆さんを見てしまったとかで」

「尋常じゃない……」

藤が呟く。

「その晩お婆さんは、夜中急に目が覚めて……。喉がカラカラだったから、水でも飲もうと台所に行ったんだって。そしたらそこで冷蔵庫を漁る真帆さんを見つけて……。お婆さんは『電気もつけずに何やってるの』って真帆さんに声をかけたそうなんだ」

 話の続きを引き継いだのは鈴切だった。

「そしたら……」

 鈴切は肩をきゅっと竦め、眉尻を下げる。

「真帆さんはゆっくりお婆さんのほうを向いた。その時の真帆さんは――お婆さんが知っている、いつもの真帆さんの顔じゃなかった」

 まるで我が身に起きたことのように、鈴切は悲しそうに顔を歪めると口を閉ざした。

初めて深田家を訪ねた時、鈴切は夜子の供として一緒に話を聞いていた。その時にぽつりぽつりと孫の様子を語っていた老婆の悲痛な顔を――思い出しているのだろう。

「お婆様が見た真帆さんは、真っ赤に光る眼でお婆様を睨みつけてきたそうです。口には牙まで生えていて……。その鋭い牙を剥きだして威嚇してきたのだ……とお婆様は言ってらっしゃいました」

「お婆さんは驚いて、怖くて、息子の――真帆さんのお父さん達が寝ている部屋に逃げ込んだんだって。それで息子夫婦を叩き起こして、寝ぼけ(まなこ)のふたりを連れて台所に行ったんだ」

 鈴切がそこまで話した時だった。

これまで黙って話を聞いていた藤が「知っています」と小さく呟いた。

「え?」

 藤の先を歩いていた夜子と鈴切の足がピタリと止まる。振り向くとそこには、いつものにやけ顔を消し、真剣な表情をしている藤がいた。

 どういう意味ですか――。

夜子が尋ねようとすると藤はへらりと笑い、半分口を開いた少女より先に話し始めた。

「台所には誰もいなかったんでしょう? それで真帆の部屋に行ってみたら、真帆はベッドの中で爆睡していた。――それで、おじさん、おばさんは、寝ぼけたお婆ちゃんの見間違いだってことにしたんでしょう? あってますよね?」

「それは……、うん。そうだけど……」

 答えた鈴切は、助けを求めるように横目で夜子を見る。夜子はというと、目をうっすら細め――けれども藤の姿をしかとその両眼に捕え、

「どうして」

とはっきり口にした。

「………………」

 すると藤はゆるりと口角を均等に引き上げ――、


「僕と真帆は幼馴染ですから」


 そう言った。

「真帆が失踪した件は、おじさんとおばさんから直接聞いているんですよぅ、僕は」

「え、ええ!?」

 声を上げたのは鈴切だった。巨体を大きく揺らし、男は大きく開いた目で笑っている藤を見る。

 そして藤はなんでもないことかのように、「ああ、そうそう」と空を見ながら、

「真帆が失踪する前日に、僕は真帆に会っています。真帆はいつもと変わらない様子でしたよ」

 と言ってのけた。

「…………」

 夜子はじっと藤を見つめた。藤もその視線に気づき――少女と目を合わせる。

「なんでしょう?」

 ひゅう、と冷たい風がふたりのあいだを吹き抜け、夜子の髪が乱れた。――が、夜子は髪を直しもせず、ただ藤を見据えている。

 藤はくすりと困ったように笑うと、ゆっくり夜子へと手を伸ばし――夜子は瞳だけで手の行方を追った――彼女の顔にかかった髪を梳いて直す。

「秘密にしていたわけじゃないんですよぉ」

「なら、どうして最初に会った時に言わなかったんですか」

 夜子の声は冬の乾いた空気によく通った。さらに淡々とした口調であることも相まって、それは聞いている者の耳に鋭く突き刺さる。

「悪気はなかったんですが……」

藤は眉を八の字に下げ、弱々しく言った。

「……怒ってますか?」

「怒ってはいないです」

 夜子はふう、と嘆息し目を伏せた。

「むしろそこに考えが至らなかった自分に呆れています。深田さんは明美さんからの紹介でうちに来たと最初から知っていたのに……」

 家族ぐるみの付き合いがあったんですね――と夜子が藤を見やると、青年は小さく頷いた。

「おばさんは真帆が姿を消してすぐ、奥様に相談したそうです。――そのことについては?」

「聞いていませんね。ですが――ああ、そういうことですか。以前知人から《異形の者》について話を聞いたことがあって、その時の話を思い出して怖くなったと――。だから娘の行方が知れなくなった時――お婆様のこともありますし――、警察より《探偵》に相談するほうがいいのではないかと思った、そう仰っていました」

「その知人というのが奥様です」と藤は頷く。そして後ろ頭を掻き、「最初お嬢さんに会った時、お嬢さんはおじさん達から僕のことを聞いていると思っていたんです」と言った。

「でもお嬢さんは知らなかった。だったら早く話さなきゃとは考えていたんです。――でも真帆のお婆ちゃんは狐の《異形の者》を恐れていたのに、僕はまさに狐の異形なわけで……。変に疑われないようお嬢さんに説明するにはどうしたらいいか考えていたら、タイミングを逃してしまったんですよぉ」

「なるほど……」

 藤は事前に夜子のことをある程度調べていたようだった。だから余計に言い辛かったのだろう。この少女の評判を知ってしまえば――本当の彼女がどんな性格なのかはさておき――下手なことは言えないと考えてしまっても仕方がない。

「ただいつかはご説明しなければと思っていたんです。そしてそれは、今日だと――」

「私が深田さんを訪ねると決めたからですね?」

「――はい。おじさん達と顔を合わせれば必ずばれる……と、言うと隠してたみたいですけどねぇ。まぁつまりはそういうことです」

 藤が吊り上った目を細め、いたずらそうに言う。

「隠してたんじゃないですか」

 くす、と夜子が口角を上げ息を漏らすと、藤も彼女と同じような顔を作った。

「ですかねぇ?」

「ええ」

「悪気はなかったと信じても?」

「もちろんです。お嬢さんと出会ってから日は浅いですが……。お嬢さんってそこらの女の子と全然違うでしょう? それがよぉくわかりましたから。僕程度の人間がお嬢さんをどうにかしようなんておこがましい。考えてもいないんですよぉ」

「ふふ……。どうでしょうね。――でも、今はその言葉を信じておきます」

 夜子の言葉に藤は小さく肩を竦めた。そしてようやく少女は青年から視線を外し――静かな住宅街の奥へと目をやった。

「――さて」

 少女はあるマンションを目に止めた。

「聞きたいことはまだありますが、それはのちほどにしましょう」

 そして数歩歩くと、

「そろそろ時間です」

 ねぇ、鈴切――?薄く笑いながら振り返った。

「うん……」

 鈴切が頷くと、少女は「急ぎましょう」と早足で歩き始める。それに少し遅れて、狐顔の男が続く。

「…………」

 その時、鈴切は――――。

(夜子ちゃんと藤くん……。ふたりが話しているとどうして……)


 薄っぺらいのだろう――。


 鈴切はぶるりと体を震わせた。普段夜子と接している時はこんなこと考えもしない。夜子は同じ年頃の娘と比べると表情に乏しく、言葉も硬いが――それでも端々に気遣いや温もりを感じられる。

 けれど藤と話している時の夜子は、いつもと同じようでどこか違う――ように鈴切には思えた。

 全く違うわけじゃない。藤への言葉が冷たいわけじゃない。優しくないわけじゃない。

 それなのにまるで「ままごと」を見ているような、芝居を眺めているような不思議な感覚に襲われた。そしてそれは、夜子と藤が話している時に起こった。

(……藤くんは何者なんだろう)

 悪い(異形の者)でないはずだ。それは先日、危険を顧みず自分を守ってくれたことからわかる。


だがそれでも――。


(事件が解決するまで、ふたりのそばから離れちゃいけない)

 自分に何ができるわけでもないだろう、また何が起こるわけでもないだろう。

しかし何故か――そう思った。

「鈴切! 何をぼーっとしているんですか!」

 少女に呼ばれ、男は「今行きます!」と答える。

 そして先を行くふたりのあとを、小走りで追いかけた。

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