折角だから根絶やしにしましょう
「君はいい加減、絶望したのではないかね?」
白兎女史はモニター越しにこちらに向かってそう問いかけてくる。
「もうこんな世界なんかウンザリだ。何もかも滅びてしまえと、そう嘆き儚んでいるのではないかね?」
「……」
まあ確かにこの世界はロクでもないな。
殺人ドローンに追われ、怪物に追われて、猫の餌を食べさせられて、ブラックバイトで働かされるはめになったしな。
オマケに最近では人喰い教団に身体中を毟りとられたし、親しくなった少年たちはドロドロの液体にされたし、スナック感覚で人殺せるようになったりとか散々な目にばっかり遭った。
「けどまあ、嘆き儚んではいないのでB」
「では早速……えっB? Bなの⁉︎」
「いやさせっかくキッズたちを犠牲にしてでも生きようと足掻いているわけで、ここで盤面返しちゃあ意味がないというわけでBでお願いします」
「……」
白兎女史は何故か暫く固まっていた。まさか僕がそっちを選ぶとは思っていなかったのか。
ていうか今更だけどいつの間にか会話が成立してしまっている。完全に一方通行だと思っていたのでこっちとしてはその方がショッキングだ。
深夜ラジオにツッコミを入れながら試験勉強中に励んでいたら、いきなりツッコミ返されたみたいな感じだな。
「えっと……えっと……世界を滅亡させるなんて一生に一度のチャンスかもだよ?」
「チャンス」
「だってそうでしょ普通に考えて宝籤とかでお金持ちになれる確率より地球をどうにかできちゃうチャンスの方が断然低いもの」
「どうにかできちゃうチャンス」
チャンスって二回言ったぞこの人。
「こんなことって滅多になくない? 折角だから人類根絶やしにしてみたくない?」
「滅多にないから滅亡させるんですか? 折角だから滅亡させるんですか?」
「えっえっ? そう言うもんだと思うんだけど? 私何か間違った? えっえっ?」
何故か目を白黒させながら質問を質問で返してくる白兎女史。
何というか人類滅亡史とやらを語っていた時はあれだけ上から目線でノリノリだったくせに会話になった途端、余裕のない口調になったな。コミュ障かこの人。
あと多分だけど、核ミサイルのスイッチがあったら好奇心で押しちゃうタイプだな。寧ろ連打しちゃうタイプだ。
「ていうか滅ぼしちゃったらカップ麺食べられなくなるので却下ですね」
「へ……カップ……麺……?」
そう僕はまだカップ麺を諦めてはいない。
コンビニの店長になったことで発注ができるようになったのだ。今はまだ灰色表示だが製造ラインは残っているはず。
ならば可能性はゼロではない。
だがもしここで世界が滅びたらきっと作り手がいなくなり、二度と手に入らなくなるだろう。
文献は探せば手に入るのでラーメンくらいなら再現できるかもしれない。
だが生憎、僕が食べたいのは即席麺だ。
身体に悪い?
貧民の食事?
味がチープの極み?
それがどうした。
化学調味料たっぷりの謎の肉が或いは乾燥した海老紛いの蒲鉾がのった後乗せ背油ドバーッのお湯を入れれば食べられるカップラーメンが僕は食べたいのだ。
「そうカップ麺です」
別にそんなに好物でもなかったんだけどさ社畜時代死ぬほど食べてて寧ろそのせいで栄養失調で死にかけたんだけどさ。こっちに来て食べられないって分かった途端に無性に食べたくなったんだよなあ。何故だろうか。
「……」
ああカレー味のやつの匂いが好きだ。
チリトマト味のピリ辛な喉越しが好きだ。
勿論定番の醤油味も美味しい。
ラーメンではないけどワンタンだけ入ったやつとか天ぷら蕎麦とかきつねうどんも何杯でもいける。
たまには未確認飛行物体系のやきそばを食べたくもなる。
「だけど今一番食べたいのはやっぱりシーフード味かなあ」
何でだろう。何でかわからないけど無性にシーフード味のカップラーメンが食べたくなったんだよな。
全くもってきっかけが思い出せないけれど女王蜘蛛戦の時からだ。あの時以来、お湯を入れて3分後に蓋を開けてブワーッと湧いてくる蒸気を嗅ぐ為なら何が何でも生き抜いてやろうと思って足掻いてきたのだ。
だから今更、地球滅亡なんていう選択肢はあり得ない。たかだかカップ麺と馬鹿にされるかもしれないがその為なら何を犠牲にしてでも生き延びるつもりだった。
「……」
モニターの向こう側では白兎女史が何故かうつむいたまま黙りこくっている。
僅かに肩を震わせているのが見てとれた。
それからーー
急に廊下中に割れんばかりの声が響きわたったかと思うとキーキーとハウリングが発生して鼓膜が破れそうになる。
耳が痛い。なんだ。何が起きた。もしかして笑っているのか。
「あーっはっはっサイコー、さすがダーリン、ひーっ笑い過ぎで苦しい。いいよ。分かった。合格。世界は救われた。そういうことにしてあげる」
スピーカーの主人は問いには答えずひーひー言い笑い、お腹を押さえながらそう告げてくる。
僕は至って真面目なのだが何故笑われなきゃいけないのか。笑われたっていいとは思ったが実際に笑われるともの凄く腹がたつな。まあいいけど。
「そこ」
彼女が涙をこすりながらモニター越しに何処かを指さしてくる。
振り返る。左右にずらりと並ぶドアのひとつにぼんやりと何かがともった。緑に白抜きのヒトガターー非常口誘導灯だ。
「……」
ドアに近づいてノブをひねってみるとと少しだけ開いて微かな日差しと冷たい空気が漏れてくる。どうやら外に通じているらしい。
「続きからだからね。いきなりショゴス化解除されるから、モルディギアンと戦闘しなきゃだから、死ぬかもだから気をつけてね?」
「嘘だろ」
「大丈夫。ちゃんと協力してあげる。死ぬ気で頑張って復讐して、あの子達成仏させてあげなね?」
「確約はしないですけど」
「きっと食べれるといいね!」
シーフード味、という声を背中に僕はドアを抜けた。
そしてーー
向こう側から溢れてくる圧倒的な光に包み込まれながらーー
「あっヤバ。ミスった」
僕は現実の世界に戻った。
ーーいや、ちょっと待て今何か余計なこと言わなかったか。
◆◇◆◇
《ハロー、ハロー御主人様(╹◡╹)》
「……クオヴァディス……さん……?」
僕は目をこすりながらあくびをした。
随分と長い時間寝ていたようなうたた寝していただけだったような不思議な感覚だ。
一体どれくらい寝てたんだろうか。
《一週間くらいでしょうか》
「……なんか変な夢を見たよ。これから世界が滅びるとか何とか」
《終末論ですか? ノストラダムスですか? マヤ文明ですか?》
「いやなんか眼鏡をかけた女の人が……何か大事なことを言っていたようないなかったような」
詳しく思い出せないな。
夢ってなんでいつも起きると忘れてしまうのだろうか。
《夢を覚えていないのは、現実との区別ができなくなるのを防ぐためらしいですよ》
「ふうん人間の脳ってよく出来てるなあ」
《というわけでそろそろ現実をしっかりと認識しましょう》
「現実………これ現実でいいんだよな? なにかの悪夢の続きじゃないよな?」
おっきー様レビューありがとうございます。
なろう系ポストアポカリプスファンタジー! なろうらしさを目指しつつ自分の好きな終末SFを全部のっけしたので非常に嬉しいです!




