どのニュースから聞きたいですか?
キモかわいいレベルを九一の割合でキモ寄りにした造形で悪夢に出てきそうな光景だ。
中学の選択美術の時間に田辺くんが良くああいう絵を書いていたのを思い出した。H・R・ギーガーを心の師と崇めていた彼は一体どうしているだろう。
オンギャアアアアア‼︎
オンギャアアアアアア‼︎‼︎
《精神干渉を受けています》《洗脳2が付与されました》《無気力2が付与されました》《多幸感2が付与されました》《思考停止2が付与されました》《偏頭痛2が付与されました》《過呼吸2が付与されました》《耳鳴り2が付与されました》《錯乱2が付与されました》
あまりの出来事に、望郷の念に駆られていた僕だったが鼓膜を破きかねないほどの泣き声によって我に返った。
どうやらあの赤ん坊の泣き声を聞いていると洗脳と精神汚染両方の攻撃を受けているのと同じ状態に陥るらしい。心地の良い頭痛と耳鳴りのサンドイッチによって悪酔いしそうだ。
慌てて錆喰らいによじ登り、砲台へと移動している間に、それまでビルの屋上にいたドローンの群れが一斉に飛び立ち、応戦を開始する。
《《《キルユー、キルユー》》》
ふにゃあああああああああ‼︎⁉︎
それまで眠っていたらしい錆喰らいも、さすがに異変に気付いたようだ。びっくりしたような声を上げると臨戦態勢に入った。
大地にしがみつくような姿勢でどかんどかんと容赦なく目の前の怪物に砲撃をお見舞いしていく。
いいぞもっとやれ。砲撃音で耳元が痛くて仕方がないがこの際遠慮はするな。敵にすると無茶苦茶恐ろしいけれど味方にするとこれほどまでに心強いとは。
だがーー
砲煙が晴れてみると撃ち出されたはずの大量の弾丸も、巨大な弾丸もまるで命中していなかった。
狙いも射程も、そして威力も十分だったはずだ。コントロールも抜群に正確で、全弾が赤ん坊芋虫の頭部を捉えているのがはっきりと目視できる。
何故目視できるかといえば、どういうわけか撃ち出されたあらゆる弾丸と砲弾が中空に留まったままになっているからだ。
見えない壁にめり込んだように弾殻がひしゃげ、小さな弾丸たちは高熱を帯びた状態のまま停止している。
そしてーー
ピキンーーピキンーー弾丸や砲弾を中心に亀裂とも見まごう赤い幾何学模様が放射線状に拡散した。
その先端に接触したビルなどの建造物が次々と串刺しになって破壊されていく。
なにこの怪奇現象。
全く意味がわからん。何となくだがクオヴァディスさんなら《熱量を拡散誘導させています》とか言いそうだ。
にゃーん……。
錆喰らいは急に怖気付いたようになってしおらしい鳴き声を上げ、その場に伏せってしまった。もしかしなくてもそれ服従のポーズじゃないか。
「おいちょっと待ってくれ。戦力に数えてるんだから心砕けるの早すぎるぞ」
装甲をバンバン叩いてみるが、錆喰らいは完全に怯えきっているらしく蹲り動こうともしなかった。
パーティメンバーになった途端使い物にならなくなるNPCですか。臆病な性格なのは知っていたけどここまでヘタレとは予想外だ。次元が違う相手なのはわかるけどもさ諦めないでせめて逃げるくらいして欲しい。
オンギャアアアアア‼︎
オンギャアアアアアア‼︎‼︎
《精神干渉を受けています》《洗脳3が付与されました》《無気力3が付与されました》《多幸感3が付与されました》《思考停止3が付与されました》《偏頭痛3が付与されました》《過呼吸3が付与されました》《耳鳴り3が付与されました》《錯乱3が付与されました》
尚も這いずりながらこちらへと近づいてくる赤子芋虫。その距離が近くなる程に精神攻撃の圧が増してくる。
頭痛と吐き気と多幸感が酷いので鎮静剤のスキルを強化しようとしたがカロリー不足らしく強制解除されてしまった。
これ以上やったら死ぬかもしれないし仕方ないか。まあ全国の育児ノイローゼに悩まされる方々はこんなもんではないはずだから我慢しよう。
《《《《キルユー、キル……スヤァ》》》
最後の砦であるドローンたちも再度一斉放射を行おうとするも近づいた機体から順に次々と墜落していってしまう。
《《《スヤァ》》》《《《スヤァ》》》《《《スヤァ》》》
まるで蚊取り線香を焚かれた蚊でも見ているかのような光景。どうやらあの鳴き声は生物だけではなく機械にも悪影響を及ぼせるらしい。
何でもありの女王蜘蛛級の怪物なのは分かった。これが業務命令にあったモルディギアンの顕現って奴なのだろうか。などと頭をよぎったが考察する余裕は皆無だ。
なんというか絶体絶命の大ピンチだった。
ただまあ打つ手がないわけではない。
生き残る手はまだ一つだけ残されていた。
「こうなったらもうショゴたん頼りだな」
あの何でも取り込んでしまう大食いの怪物に丸投げする以外に解決方が思いつかなかった。
元の姿に戻れる保証などどこにもなかったがきっと何とかなるだろう。
某異色ホラー映画でも言っていたではないか。バケモノにはバケモノをぶつけろと。
早速、僕は端末にある生存戦略に似たアイコンーー黙示録を呼び出してポチってみる。
「……」
だが何も起きなかった。代わりに現れたメッセージが現れる。
そこに書いてあることを読んで甲板に端末を叩きつけたくなる衝動に駆られた。
「おい……ふざけてるのか?」
喚いて罵って暴れ出したくなるのを堪える。
「あまりにも……あまりにも……馬鹿にしてる」
代わりにのろのろと砲台に上がるとハッチの前にやってくる。
無論、逃げ込む為ではない。
タンクのなかでやり過ごす手も考えたが感覚的に無意味そうだと分かった。
あの泣き声は空気の振動による「音」ではない。脳に直接作用する「声」だ。
だから近づかれたら最後、鋼鉄の隔たりなど御構い無しに直接僕の脳を破壊してくるだろう。
ならば何故ハッチを開けるのかと言えばそこに用があるからだ。
むあっと鼻につく血と汗と汚物を煮詰めたような悪臭を含む蒸気。
底のほうで蠢いている何か。
キッズたちーー誰ー人としての原型どころか境界すら持たない半透明の赤黒い液状化した肉のスープ。
あの司祭はこれを生きていると言っていたが本当にこんな状態で生命活動できているのかそもそも生物なのかすら定かではない。
会話どころかまともな思考すら残っているかも怪しい状態だろう。
「……やあ」
けれども僕は話しかける。
何故ならそうせずにはいられなかったからだ。
「悪いニュースと悪いニュースと最悪のニュースがあるんだけどどれから聴きたい?」