お手です
生き残ったのは偏に日頃の行いが良かったせいだ。
と言いたかったが相手が躍起になり過ぎてコントロールが定まってない部分が大きかった。
何よりも僕は僕で此の期に及んでジャミングをカンストさせた報酬を得ていた。キャンセラーなるその性能を一段上に押し上げたスキルである。
《《《ブーブー》》》《《《ブーブー》》》
上空のドローンたちは実に楽しそうにブーイングで追い討ちをかけている。
「どうしたの猫くん。もう終わり?」とか「おやおや実に素晴らしいコントロールですな」とか言ってそう。
ふぎゃあああああああ!!
錆喰らいは悔しそうにドカドカと地団駄を踏んでから、再び恨みのこもった砲撃を仕掛けてきた。もはや思い通りにいかなくて逆上する駄々っ子だ。
「でも当たらないんだよな」
キャンセラーのおかげで僕を対象とする攻撃は自動的に打ち消された。
発射されたのはすべて外れ弾丸。欠伸混じりに見送りして審判からのボール判定を待つだけで良かった。
ベースボールと違うのは四つ溜まっても塁には進めないのとデットボールで死ぬことくらいか。
錆喰らいがろくに狙いも定めずにドカドカ撃つものだから周りのビルが燃えたり崩れたりしていた。
高級フルーツパフェ店とかペンギン印の量販店とかあちこち建物が炎上している。
街の景観を損なうなよ。
《《《ブーブー》》》《《《ブーブー》》》《《《ヘーブー》》》《《《ヘーブー》》》
というかドローン部隊、君らも大概楽しそうだけどからかって遊んでるだけじゃないよね。ちゃんと計算して煽ってるんだよね。
「ジャミーーうわ」
ずしんと直下型地震に似た振動が腹に響いた。
錆喰らいがついに痺れを切らしたらしい。重い腰を上げ、巨大な脚を大きくあげて前進してきた。砲撃よりも確実な手段で叩きのめしに出たようだ。
自らのプライドにかけて全身全霊で目の前の小虫を踏み潰すつもりのようだ。
感覚的にわかる。
主砲や対空機銃ならジャミングで押えつけたりタイミングや方向をずらせるしキャンセラーなら打ち消しできる。だがとてもではないがあの図体そのものをーー圧倒的な質量を停止させるのは不可能だ。
全身重症の僕は未だ両足で大地を蹴るどころか立ち上がることさえも難しい状態だ。このままでは確実に踏み潰されるだろう。
無論このまま何もしなければの話ではあるがーー
既に打つべき手は打っている。
寧ろあのまま大砲でバンバンドカドカやられるよりも、自ら向かってきてくれたおかげで這いずる手間が省けたし、ようやく射程圏内だ。
そして大質量の塊はいつまでも降ってこない。巨大な足の裏は空高く掲げたまま僅かに震えたまま硬直している。
その姿はまるで獅子の尾をうっかり踏みそうになった鼠だ。
にゃううううう……。
困ったような怖れるような弱々しい鳴き声が漏れてくる。先程までの高圧的で荒々しい態度が一変して今や初対面の客人に怯える飼い猫のようだった。
「おやおや、一体どうしたんだい?」
僕は土ぼこりを払ってなんとか立ち上がると、身体を取り巻いている煙の量を駄目押しで増大させる
拡散する赤黒い煙幕が届く度に、見上げるほどもある錆喰らいが気圧された様に後ずさりしていく。
嗅覚があるのか、それとも成分が内部に組み込まれているらしい脳みそに届いたのか。
何れにせよスキルの説明書きにあるーー「その臭いはあらゆる生物に嫌悪と畏怖を催させる」という効果をもぎ取ることができたようだ。
「何を怖がってる? さあ踏み潰せよ?」
万能スキル悪臭ーーまさか対錆喰らいの切り札としても使うことになるとは。
元々猫だったし悪臭が効くかも程度にしか考えていなかったが、まさかここまで有効とは嬉しい誤算だ。
前段階でジャミングを使っていたのも功を奏した。
最初はただのダニ程度でしかなかった認識が、自慢の砲撃が全く当たらない得体の知られない何かに、そして最終的にとてつもなく恐ろしい存在に徐々に格上げされたのだ。
勿論、悪臭の効果にすがっているだけで僕自身が直接、この錆喰らいに危険を及ぼすほどの何かなど持たない。つまるところハッタリなのだけれども。
何よりこの錆喰らいの「本来の性格」を計算に入れるのを忘れてはいけない。
「動くものに過敏に反応する態度」「弱者への執拗な攻撃」そして「短気」。
それら行動から推測できる生物としての性格はひとつ。この怪物は間違いなく臆病だ。
故にその心は圧倒的強者と認識した者の前には容易く挫ける。
論より証拠ーー
にゃ……う……う……。
錆喰らいはガタガタと四肢を震わせたのちオイルらしき液体を漏らしながら蹲ってしまった。
土下座でもするかの勢いで砲身を地面に擦り付けその姿勢はいわゆる服従のポーズである。
「……ふう」
《《《ウィウィウィーウィン》》》《《《ウィウィウィーウィン》》》《《《ウィウィウィーウィン》》》
機関銃を空に向けて発射させて勝利を宣言するドローンたち。
いやはや君ら結局始まりから終わりまで騒いでただけじゃね、とクレームのひとつも入れたくなったがまあ良しとするか。
それにしても悪臭頼りの戦闘ばっかりで当分スカンクのあだ名はなかなか返上できそうにないな。
◆
「……さてと散々、いたぶってくれたね?」
僕は足を引きずりつつ、錆喰らいへと近寄っていく。
暴走多脚戦車は縮こまってガタガタ震えている。
どれだけ分厚い装甲に鎧われようがもはやその柔な魂が砕けたならば無力化させたも同然だ。
思い出したけど、昔観た動物チャンネルで獣は捕食者など天敵のにおいを嗅ぐと、逃避やすくみなどの恐怖行動を示すと言っていた。
つまりは錆喰らいは僕のことを捕食者だと思っているのだろう。
まあこんな大きな鉄の塊は歯が全部欠けても食べきれないだろうけど。
「まあ虐めるつもりはないんだ。猫缶でも食べる?」
ふーん……。
バックパックから缶詰を取り出して置いてみるもののイマイチ反応らしきもの得られない。
放置自動車を主食にしてるくらいだからナマモノには興味はないのか。ミルク皿にガソリン入れたら喜びそうだけど残念ながら手持ちはないな。
「えーとお手」
試しにそう言ってみるとーーズシンと勢い良く前脚が目の前に降ってきた。言葉がわかるのか。偉いね君。
そういえば煽られて怒ってたもんね。これからは煽り耐性磨こうな。
「それじゃあちょっと背中に乗せてもらっていいかな?」
書籍版が発売したようです。どうぞ宜しくお願いします(╹◡╹)ノ
また池袋の街歩きイベントが明日8月8日から9月末日まで開催されます。
イベントの案内ページ↓
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書き下ろしの体験型ノベルゲームで、ゴールすると特典ももらえます。
担当さんとテストプレイしてみましたが脱出ゲームみたいで楽しかったです。
コロナ禍ですしこの為だけにお出かけ頂くのはお勧めしませんが、
池袋にお越しの際は、是非プレイしてみてください^_^