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ピッチャーはビビってますか?

※グロテスクな描写があるのでご注意下さい。


「はあ……はあ……はあ……」


たかだか数秒だったと思う。でもそれは何もかもを一変させるには十分な時間だった。


証拠に、すぐ背後のアスファルトがひっぺがされて隕石が落ちた跡のように掘り返されていたし、目を落とせば自身は使い古されたボロ雑巾のようになっていた。


右腕は破れてちぎれて捻れて千切れていたし、右大腿骨は完全に明後日の方向を向いていた。顔の左半分も焼け爛れているらしく視力が薄ぼんやりとしかないので鏡を見るのが非常に怖い。


幸いなことにそれら大怪我は強烈な痛みと熱を伴ってみるみる復元しかけていた。直前で飲み込んだ回復薬のせいだ。


いやはやプレデターから取り上げたものなのだが、どんな成分を使えば外科手術もせずこんな風に肉が再生し始めたり、骨継ぎされるのか。ああ痛い。海老反りにのたうちまわりたくなるほど痛い。痛い痛い。


まずはこの痛みをなんとかしなくては。


「カプセルトイ」

《起動しました》

《トークンを二枚入れてスロットをーー》

「時間分解」

《発動しました》


灰色の世界になった瞬間、痛みは最高速度を保ったままゆっくりと全身を周り脳を焼き切ろうとした。


あかん。これ五部でジッパーの人が路面バスで喰らってたやつだ。やばい死ぬ。やばいやばい死ぬと思いながらも取るべきものだけはしっかりと捥ぎ取る。


《鎮痛剤を取得しました》

「ーーっつ、はあ、はあ、はあ」


死ぬかと思った。でも何とか助かった。


アンロック後に間髪入れずに手に入れたスキルが効果を発揮して、優しさで構成されたロキソニン錠を大量に飲み下した時みたいにそれまでの痛みが嘘みたいにすっと消えてほっと息をついた。


怪我の具合は最悪だったがあれだけ悪かった体調や混濁しかけていた意識ははっきりしていた。司祭の精神攻撃が解けた証拠だ。


「はあ、はあ、あいつらはーー」


僕は見回す。先ほどまでいたホッケーマスクたちの姿は影も形もなくなっていた。辺りには肉が焦げる様な匂いを漂っており、よく見ればあちこちに彼らが欲しがっていたモツやスペアリブやらサーロインやらが散乱している。


「……」


鎮痛剤のスキルはどうやら感情には作用しないらしい。頭のなかをこの惨状を正当化する言い訳が並び、後悔やら怒りやらの負の感情と共に込み上げてきた吐き気を必死で堪えすべてを無視して、唇をへの字口にして念仏代わりに唱える。


「おれじゃない、あいつらがやった、しらない、すんだことだ、おれじゃない、あいつらがやった、しらない、すんだことだ」


心のオアシス。すべてを他人のせいにしてなかったことのできる最強の呪文を繰り返し後はもう目を向けない。臭いが鼻をつき、その度に喉元まで出かかったゲロを無理矢理のみくだす。


何故なら糞ったれな状況は未だ続いている。人喰い殺人鬼たちはいなくなったが、それよりも遥かに恐ろしい相手に立ち向かわなくてはいけない。そしてその為には絶対に一カロリーだって無駄にはできないのだ。


ぐるるるるる……


錆喰らいーー自らの意思で動く戦車が低く威嚇する様な声をこちらに向けてきていた。


一匹だけ潰し損なったダニがいることに気がついたのだ。そしてその事が気に入らずどう料理するべきか考えているのだ。


ピリピリと目に見えない毛を逆立ててながら今にも飛びかかりそうな気配を漂わせていた。がこんという音ーー早くも重量のある砲弾が砲身に装填され、留めの一撃を加えることにしたようだ。


もう後戻りはできない。


間も無くすれば嫌でも超ド級の砲弾がこちらに向かって飛んでくるだろう。助けてくれる者はいないし、クオヴァディスさんもデスマーチ真っ只中。なんというかドッチボールの試合で一人だけコート内に残されたような気分だ。


「さて……」


先程のように避けられるだろうか。いや多分、無理だ。時間分解を使っても砲撃を避けるだけの移動力は失っている。


更に言えば直撃を避けるだけではだめだ。この怪我だ。次はかすっただけでも死ぬ。ドッチボールのルールと同じで完全に回避しなければこの世というコートからオサラバする羽目になる。


「もうひと頑張りするか」


ちなみに言えば両手両足は縛られたも同然だった。回復薬で治ってきているとは言え、立ち上がるどころかつかまり立ちも無理。生後五、六ヶ月の赤ちゃんみたいに這い這いするのが限度。ボールを受けることも逃げることも叶わない状況だ。相変わらずのハードモード設定だ。


《イヤア》


ふいに上の方から何やら聞き慣れた声が降ってきた。


ドローン先輩である。どうやら強制スリープモードから復活したらしい。


やってきて引っ張り上げようとしてからすぐに無理だと判断して諦め、そのまま頭の上で小休止。君は何がしたいんだ。


「ここにいると危ないですよ?」

《イージーイージー》


大丈夫とか気楽にいこうぜとか言う意味合いなのか。どうやら一緒にいてくれているらしい。


さすがに錆喰らい相手にはドローン先輩の攻撃もなしのつぶてだが気持ちの上では心強いかも。


「どちらにせよやることはひとつしかないですもんね」

《アーハン》と言って同意してくれる。


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砲撃の直前のタイミングを狙いーー


「ジャミング」

《起動しました》


果たしてスキルは効果を発揮した。巨大な手で組伏せたように砲口が動きを止め攻撃対象である僕に狙いが定まらないまま見当違いの場所に二撃目がぶち込まれる。


アスファルトの地面が噴火したかの如く盛大に土砂をぶちまけると、ワンテンポ遅れて空から大量の石と岩と土と砂の雨が降ってきた。


脚の骨のどこかがまた折れた感触。ちゃんと外したはずなのに直撃していないのに凶悪な破壊力である。だが死んでいない。生きているし腕は動かせる。


いやはや事前にこのスキルを最大強化していて良かった。


「先輩……大丈夫……?」

《イヤア》と土を被って転げていたドローン先輩が再び宙に待った。


「ちょっ……どこ行くんですか?」


逃げるのかと思えば錆喰らいの目の前まで移動して何やら騒ぎ始めた。ちょっとあんた危ないから逃げなさい。


《イージーイージー》


さっきと同じ文句。だが多分、ニュアンスがちょっと違う感じがした。


もしかして某有名恐竜映画でラプトルを宥めてたみたいに錆喰らいに「落ち着けよ」と言ってるのだろうか。


《イージーイージー》


《《《ヘイヘイヘーイ》》》《《《イージーイージー》》》


上空にいる他のドローンたちも先輩を真似するようにして騒ぎ始めた。

なんだこのよく分からない流れ。

いやこの感じはなだめてるんじゃないな。


「もしかして煽ってる?」


easyってあれか、洋ゲー動画眺めてるとたまにチャットで流れてくるのを見たことがあるやつ。


意味はよく分からんが野球で言えばノーコン野郎とかピッチャービビってるみたいなのか。ちょっと違うかもしれないが概ねそんな感じかな。


《《《ヘイヘイヘーイ》》》《《《イージーイージー》》》《《《ヘイヘイヘーイ》》》《《《イージーイージー》》》


ふぎゃあああああああ‼︎


果たして錆喰らいは咆哮した。

どうやら鋼鉄の野獣は煽り耐性がゼロだったらしい。


いきなり激昂するとドカンドカンと見当違いの場所に見境なく次々撃ち込んではクレーターをつくり始めた。大激怒だ。


にゃーにゃ鳴き叫びながら「ノロノロと地面を這うだけなのに」とか「死にかけているのに」とか「ダニのくせに」などと罵るように怒りの砲撃を、僕に向けてかまし続ける。


八つ当たりじゃねそれ。


間髪入れずの十発連投した後、ぜーぜーと肩で息をするように体躯を上下にさせ一旦砲撃を中断。どうやら疲れちゃったらしい。


あれだけやったのだ。ゴミ粒でしかない小さな人間などバラバラのミンチになって死んだはず。仮に、仮になにかの間違いで死んでいなくてもそれこそ虫の息に違いない。多分、錆喰らいはそう思ったからこそ一旦腰を下ろしかけたのだろう。


「いやー控えめに言って死ぬかと思ったね」


ふぎぃ……。


土煙の向こう側から咳き込む僕の姿を見て、僅かに固まり、僅かにぎょっとしたのを見逃さなかった。

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[良い点] 面白いです。 [一言] 気軽に復讐を!
[一言] なんかもうアレだ。カプセルトイでちゅーる手に入れて餌付けようか
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