幸福論の虜のようです
「コンビニを使ってもいいですが条件としてキッズたちを解放してくれませんかね?」
「誰かね?」
軽く躱されるかと思ったら食いついてきた。よしこのまま交渉に持ち込もうか。
「タコみたいなロボットと少年の墓掘り。心当たりありませんか」
「ああ我々を襲撃しようとした連中だな。勿論、覚えているとも」
あいつらやらかしたな。
あれだけ釘を刺しておいたのに略奪行為に走った挙句、返り討ちにあったらしい。八号さんがついていながら大失態じゃないか。
というかむしろあいつらが悪い。
こんな神にも等しき司祭様に手を出した以上相応の罰が下されるべきだ。もう放っておくべきだな。この戦いも降伏して彼らをコンビニに案内しよう。
ーーいや何故そんな思考になる?
《精神干渉を受けています》《洗脳2が付与されました》《無気力2が付与されました》《多幸感2が付与されました》《思考停止2が付与されました》
僕はチカチカする目眩を堪えながら頷いた。何かが先程からおかしい。
違和感というか焦燥感が湧いているのにどうすることもできない。敵陣にいるにも関わらず警鐘は一向に響かずに寧ろまったくの沈黙には違和感があった。もしかして知らず知らずに何かしらの攻撃を受けているのか。
ただ今はそれを気にしている状況ではない。キッズたちの行方をつかむ方が先決ーー。
「彼らがどうなったか知りたいかね?」
「ええ……是非……」
核心に迫った会話ーーここで逃げ出すわけにはいけない。
「少年らはあの戦車のなかで大切に保管されているよ」
「えっと……生きてるんです……よね?」
「勿論だともーー」
その言葉に僕は安堵した。
良かった。プレデターの言ってた話は嘘ではなかったのだ。だがあの戦車のなかに全員が入るのは定員オーバーではないだろうか。大丈夫だろうな。
何は無くとも錆喰らいのなかにいるのだとしたらドローンたちの攻撃を中止させなければいけない。クオヴァディスさんは無理か。だとしたらドローン先輩に掛け合ってーー。
「彼らはウミガメのスープになってもらっている」
「……ウミ……ガメ?」
「我々は戒律上、生きたもの以外を食することができないからね」
「……えっ……と?」
「何度も言うが死んではいないしとても新鮮な状態だ。なんて言っても大切な食料だ。腐ると味も得られる寿命も落ちるからね」
ああ頭が上手く回らない。
司祭が何かを喋り続けていたが何を言っているのか分からなくなってきていた。
ただ物凄く有り難い教えを説いて貰っているような、耳かきボイスをバイノーラル録音で再生しているような異常な心地良さと同時に喉の奥に魚の小骨が刺さったような違和感だけが増してくる。
「ところで君はカニバリズム症候群を知っているかね?」
「……あ……え?」
司祭が右手をこちらにかざすようにして何かを問いかけてくる。ぼんやりと太陽に似た、工場の地図記号に似た模様が刻まれている。
教団信者だけが得られる病いであり祝福のことだよ。これに罹患すると人間を食べたくなる衝動を抑えきれなくなる。ただね。メリットもあるんだ。それを摂取することで健康を維持できる。圧倒的な寿命を稼ぐことができるんだ。そうしてコツコツため込んだ寿命を注ぎ込んだ成果については今君自身が体験しているはずだ。
「……ふむ君はもはや我が幸福論の虜のようだね?」
《精神支配を受けています》《洗脳3が付与されました》《無気力3が付与されました》《多幸感3が付与されました》《思考停止3が付与されました》
「……」
僕は前のめりに倒れたまま起き上がれなくなっていた。何かを喋ろうにもウーウーとしか唸れず涎だけが垂れてくる。まるで知能指数が大幅下落してマイナス値を突破したみたいだ。
ていうか今、僕は司祭とどういう会話をしていた。あいつらはキッズたちに何かをしたと言っていた。
断片的な言葉だけで話はイマイチ咀嚼できていないが確かに司祭は言った。あの錆喰らいのなかにキッズたちがいると。
それだけはしっかり覚えている。
子供達全員が入れるほどの容積にはまるで見えないが確かにそう言っていた。スープがどうとか言っていたが何か非常に嫌な予感がーーいや余計なことを考えるな今は彼らを助けることだけを考えろ。
とりあえずハッキリしたのは奴の話に耳を傾けてはいけないという事。意識を痛みに委ねなければ、まどろみに落ちそうになるという事。今物凄くまずい状況である事。
だがそれも今忘れてしまいそうだ。司祭の言葉だけを延々と聴き続けていたいという欲求だけが強くなっていた。彼を崇め、彼の言葉だけを聴き続けながら何も考えずに幸せな時間をずっと過ごしていたくなる。まるで洗脳のようなーー。
「安心するといい。洗脳が終わってコンビニの場所さえ確認できたら君もスープにしてあげよう」
幸い司祭はこちらの意識がまだ若干残っていることに気づいておらず喋り続けている。
「……悪……臭」
《干渉を受けました。スキルがキャンセルされます》
掌から出ていたはずの紅い煙が唐突に途切れ途切れになって枯れ果てたようになにも出てこない。どうなってる。干渉ってなんだ。まさかあいつはアクティブスキルを妨害することまでできるのか。
いや違う。正確には妨害しているのは僕自身だ。彼らに、というよりも司祭に対して明確な敵対行動がとれなくなっている。
だが何とか窮地は免れた。悪臭は発動しなかったが、その瞬間だけ洗脳の効果が緩んだからだ。
この隙に自らの左手の甲をナイフで抉る。浅くては意味がない。かといって深すぎては使い物にならない。いつまでも痛みを感覚でき、かつ戦闘に差し支えないだけの傷を負うことで何とか意識を繋ぎ止める。
洗脳。まさか今のこの状態がそうだったとは。昔、マルチ商法の勧誘を受けた時ほどではないにしろとんでもないスキルだ。このままだったら麻袋の言いなりになって延々と有難い仏像とかお札を買わされていたかもしれないな。
「素晴らしい。どのような方法で至ったのかは知らないが君は既に心領防壁を得ているようだ」
「……」
「だが無効化するまでに至らないようだね」
司祭の号令を受け、黒焦げのホッケーマスクたちが掴みかかってくる。銃での攻撃はない。どうやら生かしたままで取り押さえるつもりらしい。
パッシブスキルが使えなくても最大LVの肉体強化と銃拳道だけで十分だ。まずはホッケーマスクたちを死なない程度に行動不能にさせてーー
「では地獄変を上乗せしよう」
司祭が渦巻き模様が描かれた左掌をかざしてくる。
《精神干渉を受けています》《偏頭痛が付与されました》《過呼吸が付与されました》《耳鳴りが付与されました》《錯乱が付与されました》
近距離から精密射撃してるのに全弾かすりもしない。腕や指先にわずかな違和感ーー明らかにまだ洗脳は解かれていない。殴りかかってきたホッケーマスクの攻撃を受け流してーーまともに食らった。よろめきを利用してワンインチパンチーーできない。地獄変とやらの効果で全身に力も入らなくなっていた。
発売前なので明日も更新予定




