【えいえんのいのち】
《暗視がLv(略)になりました》
《暗視がLv10になりました》
「視るんじゃねえ。視るんじゃねえ。おれ様を視るんじゃねえよおおおおお!!!!」
その言動からは偏執的なものが感じられた。どうやら己の姿を視られることに相当の抵抗があるらしい。
そしてーー
隠れんぼを制したのは残念ながらプレデターだった。
折角、暗視をカンストさせたにも関わらず、相手の認識阻害の効果が更にそれを上回り、姿を眩ませきってしまう。
「ぜぇ……ぜぇ……くそがぁ……かわくぜぇ……」
次第に強くなっていく警鐘。
プレデターが刃物を持って向かってきているらしいが、その姿はもはや捉えることは不可能になっていた。
「さて報酬はーー」
端末をチラ見する。
暗視のカンスト報酬であるスキルの三択が出現していたがどれも微妙なものばかりの様だ。少なくともこの状況で役立ちそうなものはないと判断する。
透明化を看破できるようなスキルが手に入る展開を期待していたのだが読みが外れたな。
「まあ現実はそう甘くないよな……ってことで悪臭」
《発動しました》
最近はこれに頼ってばっかりだなあ。
プレデターと距離をとるように後ずさりしながら、床に向けた指先から悪臭をドロドロと垂れ流していく。
風のないこういった閉鎖空間でこそ本領を発揮するスキルなのだろう。あっという間に劇場全体が紅の煙で満たされていった。
「にげんじゃねえ……てめえの……ちで……のどをうるおすんだ……」
「いや逃げはしないけど?」
勘違いしているようだが、この悪臭は逃走用の煙幕ではない。逆にプレデターさん、貴方をを逃がさない為のものですよ。
当初の予定通り、こいつだけは今ここでしっかりと片をつけておく。その意思に変わりはない。
例え相手がどれだけ高度な迷彩を駆使しようが視覚に捉える方法は幾らでもあるのだ。
例えばこうやって床を這うように薄い紅の煙を広げていけばーー
「ほら炙り出せた」
「あ゛……あ゛……?゛」
煙幕がある場所だけを避けるように虚空を作る。丁度、人形になったそれはどれだけ場所を変えようともはや隠れることはできない。
「あ゛、あ゛、あ゛、あ゛、お゛、て゛、を゛、視゛、る゛、な゛、あ゛、あ゛、あ゛、あ゛、あ゛‼︎‼︎」
「えーとまじで更に消えるの⁉︎」
狂気染みた怒声を上げながら鉤爪を振り回すプレデターが溶けるように消えていくーー
「眼球をくり抜いて殺す。網膜を抉り取って殺す。視神経を引き抜いて殺すううううう‼︎‼︎」
そこまで見られたくないのかよ。
「じゃあ時間分解&縮地」
《起動します》
《最大利用可能時間はコンマ五秒です》
両方のスキルを併用した瞬間ーー押し寄せるこれまでにない強烈な酩酊感と吐き気。
引き換えに視界がモノクロに切り替わり泥沼にはまったような感覚が訪れてもーー足の運びだけが若干緩和されていた。
いや危なかったな。
幾らでも方法があると言ったけどあれは嘘だ。多分、完全に見失ってたらもう見つける術がなかったかも。
この隙に消えいる寸前のプレデターに詰め寄って半身でくるりと鉤爪を避けながらーーその勢いを利用して肩で衝撃を与える。
何だっけこの技。
そうそう鉄山靠だーーからの回し蹴り。
「げこぁ⁉︎」
時間が切り替わった瞬間ーー蛙のような呻きをあげるも怯む間すら与えずにありったけの拳を打ち込んだ。
ステルスと追跡のみに特化しているだけあって、姿が見えればサンドバッグだ。
そしてバウンドしながらサーモグラフィーみたいな変色を伴った後、ついにプレデターはその実体を露わにした。意識を失ってスキルが解除されたのだろう。
《ユユユユーウィン》
「おや?」
意外なのは透明野郎がフルフェイスヘルメットを被っていたことだ。メンバーは全員ホッケーマスクーというわけではないらしい。
後頭部からはウネウネしたドレッドヘア似の触手。バイザーのひび割れから見えるのは爬虫類に似た滑らかな暗緑の皮膚と鮫に似たギザギザの前歯。鉤爪はそのまま指の先から生えており、指の間には水かきらしきもの。
そこには獣人とはまた違った方向性に進化した人間がノックダウンする姿があった。
「爬虫類系半魚人? 現代にはこんな人種もいるんだなあ」
本人的にはこの緑色の肌とかがコンプレックスなのだろうか。
見るつもりはなかったが見てしまった。というかそんなに見られたくないなら追いかけて来なければいいのに。
《働かざる者には死を――……》
「いやいや待て待て」
《?》と斜めに傾くドローン先輩。
いや幾ら襲撃してきた相手とはいえさすがに目の前で射殺されるのは後味が悪すぎるだろ。
「色々聞きたいことがあるので尋問して宜しいでしょうか?」
《ゴゴゴゴッチャ!》
どうやらお許しを頂けたようだ。
さて先輩が銃を収めてくれたところでキッズたちと八号さんの行方を訊かなくてはね。
◆◇◆◇
「申し訳ありません。猟犬と連絡が途絶えました」
「……であるか」
屍食晩餐教の司祭は頷いた。
どうやらいざり火からの逸れものは役目を果たせなかったようだ。
それから配下であるホッケーマスクーー下級教徒たちに社畜捕獲中止の指示を下す。
「『コンビニ店員』は我々の知る社畜とは違うようだな」
社畜とは本来、脆弱な生物のはず。
だが報告によれば治安維持戦闘機を操るだけでなく、強力な戦闘技能を使いこなし同胞たちと渡り合ったという。
「……まあいい。確保できなかったのは残念だが、目的はあくまでコンビニだ」
社畜と遭遇したことで、この池袋近辺に「営業中のコンビニ」が存在するという更なる確信を得ることができた。
コンビニを接収できればいつでも物資の補給が可能な教会が手に入る。
池袋という環状六号線のなかで兵站が整えばより一層、都心への開拓が進むだろう。
「虱潰しに探そうではないか。我々にはゆっくりと確実に時間をかけるだけの寿命と戦力があるのだから」
「仰せのままに」
司祭は使徒ミケランジェローー錆喰らいの鋼鉄の肌をそっと撫でる。
手なづけたこの野生の戦車は物音や動きに過敏に反応し過ぎる嫌いはあったものの、探索の供として何よりも心強い存在だった。
その証拠に逞しい鋼鉄の脚が、アスファルトに血溜まりを作って転がる無数の巨大な饅頭に似た死骸を容赦なく踏み潰し、臓物を撒き散らしながら歩き出した。
それはこの界隈では最強種と謳われる怪物のひとつーー巨大首狩兎だったものたちだ。
ビル影に隠れ、一斉に奇襲を試みてきたが、錆喰らいに一瞬で返り討ちにあい肉と血の塊に成り果てたのだった。
「諸君、我々は危険地帯と言われているはずの池袋を短期間で踏破した」
司祭は立ち上がり、追従する同胞らーーホッケーマスクに向かって大きく手を広げる。
「巡礼の旅路は順調だ」
この戦車然り、工場襲撃で得た再生薬然り、そしてコンビニエンスストア然り。それはまるで目的を果たせと神ーーモルディギアンが背中を押してくれている様だった。
「悲願の日は近い」
「「「おお」」」
「環状第1号線ーー東京の中心にこそ我々の求めるものはある」
「「「おおお」」」
それは屍食晩餐教にとっての最終的教義であり願い。
そして司祭は厳かに祈りの言葉を口にする。
「えいえんのいのち」
「「「えいえんのいのち‼︎」」」